第41話 末妹はあの嘘を白状する
※ ※ ※
またちまちま画鋲を拾うことになるかと思いきや、会長が店員に声をかけてくれていたらしく、後始末は清掃員に任せる流れとなった。
俺への敵意はともかく、デキる男なのは間違いない……くそ〜〜……。
……とか、悔しがっていたら。
「……ねえ、
「ん?」
「
途中まで帰り道が同じ
「はっ? タクシー?」
「【自動決済だから遠慮せず四人で乗れ】だって」
えっ? なにっ……? デキすぎて逆に、馬鹿じゃねえの!?
な、なんなの……満月がいるからこんなにも手厚いの……?
それにしたって同じ高校二年生にあるまじき気の回し方と財力に恐怖──を通り越して感心、──も通り越して心底ドン引きしてしまう。
な、なんかちょっと……俺は、乗りたくないんですけど……。
「……あ」
さすがに気が引けまくってどう遠慮しようか考えた時、ふと思い出す。
「ごめん、用事あるからタクシーには三人で乗って。俺はふつうに徒歩で帰るわ」
「「「……えっ」」」
「じゃあ気をつけて!」
きょとんとする三人に告げ、俺は急ぎ足で来た道を引き返した。
※ ※ ※
預けていた景品を取りにゲームコーナーへ戻れば、先ほどと同じ店員が俺に気づいて、カウンターの奥からぬいぐるみを差し出してくれた。
ご丁寧に大きめの袋に入れてくれている。ありがたい。
これならさっきみたいな恥を掻かずに済む……。会長めマジ許すまじ。
「すみません。ありがとうございます」
「いえいえ。彼女さんは、無事見つかりました?」
事情を察してくれていたらしく、にこやかに尋ねられる。
「あ、はい。見つかりました……けど」
……そ、っか。そうだよな。
周囲からは、俺と
まあデート(予行演習)のつもりで一緒に遊んでたんだし、恋人同士だと思われるほうが自然だ。
……自然、……なんだけど。
「──あの子、彼女じゃなくて、俺の妹なんですよ。めっちゃ可愛かったでしょ」
笑ってそう返してみると、店員は目を瞬かせた。
「あ、兄妹でしたか。たしかにすごく可愛らしかったです。……お兄さん、あれですね。シスコンってやつですね」
「シスコン……」
疑いなく受け入れられた上、なんとも爽やかにシスコン認定された。
これまでずっとひとりっ子だった俺には、まるで馴染みのなかった言葉だ。
なんて新鮮で────なんて胸が高鳴る、響きなのか。
「はい……、そうですね! シスコンなんですっ」
「ものっすごいうれしそうに認めますね」
「はじめて言われてテンション上がりました。ありがとうございます」
「フッ、いえいえ。じゃあよかったらまた妹さんと遊びに来てくださいね」
苦笑しつつも神対応をしてくれた優しい店員に、はい、と頭を下げて別れた。
なんの事情も知らない人に純粋に兄妹として見てもらえるの、思ってたよりだいぶうれしいな……。
なんてホクホクしながらゲームコーナーを去る間際、俺がプレイしていたクレーンゲームの機体を見つけた。
そちらに目を向け、……数秒、思考が止まる。
──『も、もしかして……、憶えて……る……?』
期待するように、それでいて不安げに問いかけてきた、白羽の表情と声がふっと脳裏に蘇った。
そして、その直後に。
つい先週の放課後の──期待に満ちた、
──『もしかしてせんぱい、わたしと出会った日のこと憶えてますか?』
「……………………」
かろうじて歩は進めつつ、数秒前とは打って変わって、頭を抱えそうな気分で考え込んだ。
どう……すればいいんだ、マジで。
ちゃんと確認しといたほうがいいのか、それとも忘れたふりして、触れずにいたほうがお互いのためなのか。
紅羽があんな嘘をついた理由も、わかんねえし……。
「……………………」
────いや。
もしかしたら、という心当たりは、ひとつだけ────
「──陽富せんぱい」
俯いて思案を巡らせながら歩いていたら、足元を映していた視界の上のほうに、艶のある小さなローファーが入り込んだ。
同時に聞こえた、その清らかで綺麗な声に、顔を持ち上げる。
可憐な微笑を浮かべた天使──もとい俺の義妹である紅羽が、目の前に立っていた。
「紅羽。あれ……、タクシーは?」
頭を切り替えて問いかけると、紅羽は眉を下げて笑った。
「生徒会長さんの手配したタクシーに乗るのは、なんというか……癪で」
紅羽も『癪』なんて言葉使うんだ……。
そういや犯人にも、『万死に値する』とか言ってたっけ。『万死に値する』って言葉さらっと使えんの、ちょっとかっこいいよな。
「それはわかる、俺も。……じゃあ歩いて帰ろっか」
「はいっ」
苦笑し合って、ふつうに並んで歩き出した。
なんかもうここまで来たら全部いまさらな気がして、別々に帰るべきなのでは、という気持ちもあまりない。
たぶん明日になればまたなんらかの噂は立っているんだろうが、そんなことにいちいち気を回すのも面倒になってきた。
なに言われても引き続き全部『軽く世間話しただけだ』の一点張りで押し切ってやろう。主に対
「……てか、タクシー乗ってんの、満月と白羽だけってことだよな? 大丈夫そうだった?」
白羽のほうが、ちょっと満月のこと気にしてるそぶりあったんだよな……。
スーパーでの初対面は俺のせいであんまりよくなかったし、車内の空気が重くなってないといいけど……。
「満月せんぱい、お優しいですから。きっと、大丈夫ですよ」
「そっか」
白羽のことをよく理解しているであろう紅羽が言うなら、心配ないだろう。
ナチュラルに満月のことを褒めてもらえて、つい頬が緩んだ俺に。
……紅羽は対照的に、憂えた表情を返してきた。
ん……?
「……ごめんなさい。陽富せんぱいを、利用しました」
その深刻な声になにごとかと思ったのは一瞬で、すぐに今回のことかと、思い当たる。
「デートで犯人をおびきだす計画は、わたしが考えたんです。『誰かに尾けられている』と白羽姉さんから聞いたというのは嘘で……、わたし自身が、白羽姉さんがストーキングされているのを見つけて。その時はわたしが白羽姉さんに話しかけたら、すぐに逃げていったので、白羽姉さんはなにも知らなかったはずです」
「……じゃあ、俺が心配ごとがないか訊いた時も、やっぱり嘘ついてたんだ?」
「はい……。犯人の学年もクラスも名前も把握していたので、ひとりで、解決する気だったんです。……ちゃんと、相談するべきでした。ごめんなさい」
「……うんんん……。うん。自分でわかってて偉いね」
かなり、思うところはある。
危ないだろ、とか、ひとりで解決ってどんな方法取るつもりだったんだよ、とか、犯人を知っていたなら会長を容疑者に挙げたのは本当にただ単純に嫌悪しているからだったのかよ、とか。
……けれど、俺が注意するまでもなくすでに深く反省している様子なので、すべて腹の内に収めて代わりに褒めておいた。
それが意外だったのか紅羽は少し目を丸くし、そのあと曖昧にはにかんだ。
「犯人と授業終了時間が被る時は、絶対に白羽姉さんと一緒に帰るようにしていて。どうお灸を据えようか考えていたところへ、陽富せんぱいへの嫌がらせのことを聞いたので、同一犯だろうと踏んで……、満月せんぱいに連絡して、協力してもらったんです。……満月せんぱいは、陽富せんぱいに囮の役目を押し付けてしまうことを、すごく渋っていましたが」
「……そっか。まあ、そうだよな」
笑い混じりに、ほぼ無意識に自分の左脇腹あたりに触れていた。
目敏く紅羽がそこへ視線を向けてくる。
「……陽富せんぱいのその腹部の傷は、満月せんぱいを守ってつけられた、名誉の負傷だったんですね」
「なにそれ、めっちゃかっこいい言い方してくれるじゃん……。二年前のこと、満月が教えたの?」
「詳しいことは、あまり……。でも、言われなくてもわかります」
会話しつつショッピングモールを出ると、辺りはもう真っ暗だった。
微かに風が吹いていて、ブレザーを着ていないから少し肌寒い。
「トラウマがあるのに……、白羽姉さんを守ってくれて、本当にありがとうございました」
紅羽はその台詞に反して、悔やむみたいな表情を浮かべ俺を見上げた。
暗い中でもほんのり発光しているふうに見える、紅羽の白銀の長い髪が、そよ風にゆるやかに靡く。
なんだか……いまこの瞬間にでも、夜闇に溶けて消えてしまいそうだ。
儚げな美人は桜に攫われそうに見えると言うが、夜中の紅羽はまるで手で触れられない存在に感じられる。
そんなわけ、ないんだけど。
「いや……兄貴が妹を守るのは当然のことじゃん、そんな気にしなくていいよ」
自分の内に生じた不安の芽を摘むように、軽い口調で返した。
俺が了承して引き受けたんだから、紅羽が気に病む必要はない。
二年前とは違って無傷だし、なんなら犯人のが痛い思いはしただろうし。
……正直、俺も絶対一発は殴ってやりたかったし、もっとしっかり懲らしめてやりたかった気持ちはあるけど、そこはまあ……満月に止められちゃったからしょうがない。
「紅羽も、あそこで来てくれてありがとうな。あと、お互い、ちゃんと思い留まれて偉かったね、……ってことでこれ、はい」
帰路を歩きながら、持っていた袋を紅羽に手渡した。
「白羽と俺からの、プレゼント。白羽とお揃いのぬいぐるみ」
本当は白羽もいる時に渡すべきなんだろうが、気落ちしている様子の紅羽を和ませる手段が、いまこれしか思いつかなかった。
袋からそっと中身を出した紅羽は、フワッフワのうさぎのぬいぐるみを見て、花が弛むようにほほ笑んだ。
「……可愛い。ありがとう、ございます……」
静かに目を閉じ、うさぎの額に口づけるみたいにして、大切そうに抱きしめてくれる。
やっぱり……めちゃくちゃ似合いすぎてる。
美少女とぬいぐるみって、ほんと親和性高いな。
紅羽の表情が柔らかくなったことにも内心ほっとしつつ、その愛らしい姿に、俺まで癒された。
のも、──束の間だった。
ゆっくりと開かれた紅羽の大きな瞳の縁にほんの一瞬だけ、光るなにかが見えたかと、思うと。
「陽富せんぱいはもう、確信していますよね。──去年の夏、あなたが出会った相手が、わたしではなく白羽姉さんだったこと」
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