第38話 長妹は迷子になる
「……えっ!? 好きっ?」
素でびっくりしたのと、聞き間違いかと思ったのとで、反射的にそのままオウム返ししてしまった。
その声が思いのほか大きかったらしく、俺の腕に頭をくっつけている
え、好き?
好きって言った……んだよな?
……え、俺のこと?
………………俺のこと!? !?
「白羽、好きって──」
「────ち、ちがっ、違うっっ……!!」
戸惑って確認しようとしたら、バッと顔を上げた白羽が、声を裏返らせて全力否定した。
違うの!?
湯気が出そうなくらい顔を上気させ、いままで見たことないほど勢いよくぶんぶんと首を振る白羽に、呆気に取られる。
「す、好き……じゃなくてっ!! す……っすき………………好きな人、いるの……?って、訊いたのっ……!!」
「えっ、ああ! そっか、ごめん、ちゃんと聞こえてなかった」
「ううんっ、わ、私の声が小さかったからっ……!!」
び……、びっくりした……。
白羽の中で嫌いじゃない、から好き、に昇格できたのかと舞い上がるところだった。
『好きって俺のこと?』とか筋違いなこと訊いちゃう前に白羽が否定してくれてマジでよかった。
そんな質問してくる義兄なんてキモすぎて、さすがに優しい白羽といえどドン引きしちゃうだろう。
「す、好きな人、か……。うーん……」
勘違いして白羽を焦らせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、心を落ち着ける。
気を取り直してレバーを掴み──自己嫌悪しながら、頭に浮かんだもうひとつの可能性についても速やかに消し去った。
白羽の否定がもう少し遅ければ、うっかり赤面してしまうところだ。
我ながら恥ずかしすぎる。
……ところで、なんでいきなり好きな人なんか訊いてきたんだろう。
デートの予行演習なんてしてるからだろうか。
正直……、ものすごく答えづらいが……。
「……ひ、
「よく憶えてんな……」
特に後半、その幼馴染本人にばっちり聞かれていた、俺の余計でしかない言葉たちを……。
「じゃあ、陽富くんの気持ちは……、どう、なの……?」
「……………………」
慎重に、こちらの心の奥を探ってくる白羽の問いかけに、すぐには答えられなかった。
ドクリと心臓が音を立て、わずかに冷や汗を感じる。
あえて明言せずにいたのは、胸の内に留め続けていたのは、……あまりにも自分が情けないからだ。
“借りを返す”という名目で付き合ってもらって、それでも心を通わせ合えていると勝手にひとりで思い込んで、彼女が俺を好きじゃないと言っているのをはっきりと聞いてしまってからも長く長く悩み続けて、その末にやっと自分から別れを告げて終わらせた──にも拘わらず。
……なのに。
それでも、なお。
「────好きだよ」
彼女への積年の想いを、いまでも少しも断ち切れずにいる女々しい自分が。
痛々しくて、心底、馬鹿げているからだ。
「……いまでも、めちゃくちゃ好き」
吐露する声は、熱よりも、どうしようもない自嘲を孕んでいた。
でも、いまさら取り繕うこともないかと開き直った。
俺の黒歴史を聞いても軽蔑せずにいてくれた白羽になら、いっそ素直に話してしまっても、構わないんじゃないかと思えた。
「……諦めたほうがいいのは、わかってるんだけど。たぶん、あいつに彼氏ができるとか、そういうことがない限り無理かな」
俺だから駄目だったのだと、そうはっきり証明されたら、きっときっぱり踏ん切りもつく。
たとえば、俺じゃまったく太刀打ちできない──清廉潔白で、威風堂々とした男とか。
……なんて、絶対にいやだと思っているのに、反面そうなることを心のどこかで願っている自分もいるのだ。
なぜなら、どう足掻いてももう二度と、満月が俺の恋人になることはないのだから。
「……………………」
「……………………」
重い空気にしてしまったせいか、白羽からの反応はない。
かける言葉が見つからないのかもしれない。
そりゃそう、だろうな……。
かと言って、俺もさすがにいますぐ笑って空気変えたりはできねえ……。
実際に声に出すと、案外気持ちが引きずられて身動きが取れなくなってしまう。
ちょっと申し訳なく思ったけど、ここで隣を見たりしたらなんらかのリアクションを求めているみたいだから、しばらく黙ってレバーを動かした。
ほぼ無心で行う作業だったためか、ぽちっと決定ボタンを押して、降下したアームの先がぬいぐるみを押し込むまで、あと一歩のところに来ていることに気づかなかった。
重力に従い、──ドサッと取り出し口へと真っ逆さまに落ちたうさぎのぬいぐるみに、はっと意識を取り戻す。
「……あ! 白羽っ、獲れ──」
足元の取り出し口から、無事予算内にゲットできたぬいぐるみを抱き上げた。
そしてやっと隣を見やった俺は。
──目を見開いて、息を忘れた。
エ!?
白羽いないんだけど!?
「白羽!?」
あたりを見渡してみるがどこにも白羽の姿がない。
虚無に話しかけてしまっていた恥ずかしさは一瞬で、すぐに焦りに変わった。
いつから?
いつから、いなかった……!?
慌ててゲームコーナーをひと通り見てまわる。やはり、どこにもいない。
「す、すみません! これ預かっててもらっていいですか!? あとで取りに来るんで!」
「えっ? ああ、はい……」
代わりに見つけた店員に、ぬいぐるみを半ば強引に押し付け、その場から離れてスマホを取り出した。
すぐに白羽に電話をかけようとしたが、そういえば
思考を止める間もなく、別の人物を呼び出してスマホを耳に当てた。
相手は大抵、ワンコールで出てくれる。
『どうかしたの?』
それはいまでも、変わっていなかった。
「みみ満月!! 白羽いなくなっちゃったんだけど、どこいるかわかる!?」
『はっ? なんでデート中にはぐれてんの……。少女漫画か?』
「いやいや冗談言ってる場合じゃなくて!! 目離しちゃってたんだよ! 満月たち犯人見張ってんだよな!? そっち動きなかった!?」
犯人が白羽を尾けているなら、いなくなった白羽の近くに、そいつはいるんじゃないだろうか。
そしてそれを、満月たち生徒会が追ってくれているはずだ。
しかし、返ってきた言葉は予想に反していた。
『それがね、ちょっと前にあいつ、突然陽富たち覗くのやめて苛立った感じで歩き出して。たぶん学校に戻る気なのかな、鞄漁ったりしててなにかしそうだから、いま追いかけてるところなんだけど、……あっ、誰かとぶつかっ──』
満月の声に耳を傾けながら、しきりに周囲を見渡して捜しまわっていたら、
ほっとした──のも束の間、
『うわっ、やばっ。あいつにぶつかったのよりによって白羽さんだ』
白羽の腕を掴んでいる、見覚えのある長身のクラスメイトも、ほぼ同時に視界に飛び込んできた。
……やっぱり、あいつだった。
『行かなきゃ──』
「満月。いい」
焦る満月の言葉を遮った自分の声は、思うよりも硬く冷え切っていた。
だからといって冷静なわけではなく、むしろ憤りの感情が沸き起こって、居ても立ってもいられない。
「見つけたから俺が捕まえるわ」
『は!? ちょっ、ひとみっ──』
身体が勝手に動いて、満月の声が遠くなる。
通話を切ることも忘れ、スマホを持ったまま、俺は躊躇なくふたりの間に割って入った。
「なっ……!?」
白羽を背に庇うように立ち、気安くうちの大切な義妹に触れた身の程知らずなそいつの腕を、問答無用で強く掴みあげる。
高い身長に見合う太い腕ではあるものの、そこまでの筋肉は感じない。
ここにいるということは帰宅部だろうし、無骨な体躯に見えるが武道経験もなさそうだ。
──よかった。二年前よりはまだ、全然、危険じゃない。
「
俺を見て一気に目の色を変えたそいつ──たしかヤマキタだったかヤマシタだったか……同じクラスになってまだ一ヶ月も経ってないのでろくに話したことないし名前もちゃんと把握できてないが……──を、俺は怒りを以て睨みつけた。
「
意識せずとも威嚇になった牽制に、ヤマキタ(仮)が怯んだようにやや顔を強ばらせる。
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