第34話 末妹は根回しする
予想だにしなかった頼みごとに、束の間、頭がフリーズ状態に陥る。
その後、真っ先に浮かんだ疑問は、これだった。
────どっちと?
相手は元カノと義妹だ。個人的な事情により、もちろん訊くに訊けない。
ただ……、どちらが相手だとしても本来の意味でのデート──恋愛ありきの行いではなく、俗的な意味での、単なるお出かけになるのは間違いない……はず。
というところまで思案してやっと、俺は再び口を開いた。
「えーと、……どっか、行きたいとこでもあるの?」
身勝手に生じた一抹の期待は絶対に悟られないよう、冷静を装って遠回しに、真意を聞き出そうとした。
すっとぼけたつもりはないが、結果的にそうなってしまった気がする。
「いえ、そうじゃないんです。正確には、デートっぽく見せてほしいんですっ」
「どっ……どういうこと……」
もっと意味がわからない。
ただ出かける用事があるというわけではなく、わざわざ疑似デートをしろ、と?
なんのために……と当惑する俺を、見かねたように
「順を追って説明するから。場所変えよう」
たしかに、人の入りが激しい生徒玄関じゃ落ち着いて話はできない。
とりあえず靴を履き替え、教室棟とは別の棟の、
「昨日と今日、紅羽と話してて、嫌がらせの犯人の目星がついたの」
「……、えっ? ……え!?」
満月があっけらかんと言い放った台詞に、驚きのあまり反応が遅れた。
昨日嫌がらせを受けたばっかなのに、もう犯人が特定できたってこと?
いくらなんでも進展が早すぎない!?
さらには満月は紅羽のこと名前呼びしてるし、渦中のはずなのに完全に置いてけぼりだ。
しかもここからデートの話にどう繋がるのか、てんで見当がつかない。
目を白黒させざるを得ないが、まず一番に、これははっきり確認しておかなくてはいけない。
「犯人誰!?」
「それはまだ言わない」
なんでだよ!?
ばっさり切り捨てた満月は、こちらに差し出すみたいにして、おもむろに右の手のひらを開いた。
その上に載っていたのは──たったふたつだけの、画鋲。
「また、
「えええ、マジで……」
満月が俺の上履きに手を突っ込んだことにはなんかちょっと思うところがあるが、昨日の話なんて忘れてふつうに履いてた可能性大だから、取り除いてくれたのは助かった。
あわや昨日以上の惨事が起こるところだった。
「いや、てか、待て……。満月、もし上履きに画鋲入ってなかったら犯人が来るまで張るつもりだったのかよ。危ねえだろ」
「もーほんっとうるさい。そこ本題じゃないし、まだ話終わってないから。重要なのは今回ふたつしか入ってなかったってこと」
面倒そうに一刀両断された上に、速やかに話を軌道修正された。
……ちょっと、どきりとする。
なんか、付き合ってる時──いや、付き合う前くらいの気楽なノリを彷彿とさせる、ピシャリ具合だったから。
いやでも、ふつうにひどくね?
昨夜といい、そんなに俺に心配されるのいやなの?
じゃあ心配させるような危ないこと、しないでほしいんですけど……。
と心の中ではぼやきつつ、おとなしく黙って満月の話の続きを促した。
「しかも、目視できない奥底にひとつずつ取り付けてあったの。……これ、
「それって……つまり、昨日の話が聞こえる場所にいた、クラスの誰かの犯行ってこと?」
「うん。大量の画鋲を入れるあからさまな精神攻撃よりも、怪我させてダメージを負わせるほうが効くと思い直して、切り替えたんじゃないかな。いまさら女子の犯行を装うのもおかしいし。だとしたら昨日も考えた通り、犯人はそんなに頭が回らない、直情的な人。……実際、あたしが陽富の上履きを確認したあと教室に見に行ったら、ひとりだけすでに登校してきてる人がいた」
「え!? それが犯人!?」
「予想どおりの人物だったし、あいつでほぼ確定だと思ってる」
ほぼ犯人確定の容疑者とはいえ、クラスメイトになって一ヶ月も経ってない相手を不躾にあいつ呼ばわり……。
「でも、あいつが画鋲入れてる現場を直接見たわけじゃないから、問い詰めたところでいくらでも言い逃れされる可能性がある」
「じゃあ……、明日もっと早く来て、待ち伏せるとか? また嫌がらせしてくる前提だけど」
「──いえ。もうこれ以上、おにぃちゃんに嫌がらせなんてさせません」
紅羽が、静かながらも強い声を出した。
満月も同調するように頷く。
「できれば今日……、現行犯で捕まえたいと思ってる」
「今日?」
「わかりやすく動けば、犯人は誘導されてくれるはず。たとえば、犯人にとっての“天使”と、陽富がずっとふたりで仲良さそうにしてる──とか、犯人を煽れる状況をつくりたいの」
「あー……なるほど。それでデートか」
犯人を刺激しておびきだす──その手段が疑似デートということなのだと、やっと納得した。
「ごめん。ほんとはこんなこと、陽富に頼みたくないんだけど。……手伝って、くれる?」
後半にかけて歯切れ悪くなった満月は、あまり乗り気じゃなさそうな表情を浮かべていた。
まるで苦渋の決断をしたかのようだ。
……まあ……、そりゃ気が乗らねえよな、満月の性格的に。
あまつさえ二年前のことだって、ある。
それでも。
「……うん、それは、全然いいよ。ずっと嫌がらせ続くのもやだし。俺にできることならなんでもする」
好きな女の子から頼まれることなら、なんだって断りたくないと思ってしまうものだ。
それに、俺がその“天使”のすぐそばにいられるなら、万が一、いざという時も守れるだろう。
もちろんそんな状況にならないことを祈るが。
気負わせないよう二つ返事で了承したものの、満月の表情は晴れないままだった。
俺が引き受けることをわかっていたからこそかもしれない。
けれど、……その隣にいる紅羽の微笑にも、ほんのわずかに陰りがさしていたことに、俺は気がつけなかった。
※ ※ ※
日中は通常どおり過ごし、終礼が済んだ直後。
つまり放課後になった瞬間、──俺は鞄を持って、ガタリとクラスの誰よりもはやく立ち上がった。
「お? 陽富、今日なんか用事あるのか?」
いつもはバイトへ急ぐ
俺は背後を振り返り、ぽけら~っとした顔で見上げてくる時雨を、内心緊張しつつしっかりと見据えた。
「──今日これから、デートなんだよ」
そう告げた途端、時雨の顔色が驚愕一色に塗り替わる。
「はっ……? はあ!? デートって誰とだよ!? 俺なんも聞いてねえぞ!?」
逆になんでお前に逐一報告すると思ってんだよ!
想像以上に大仰に騒いでくれた時雨のおかげで、うっかり羞恥心が込み上げてきてしまった。
これで無事、確実に、犯人含めクラスメイト全員に俺がデートすることが伝わってしまったわけだ。
視界の端では、里砂ちぃと
しかしすでに知っている満月は、我関せずというふうに帰りの支度をしている。
……と、見せかけて、さり気なく犯人の様子を窺っているのかもしれない。
結局誰かは教えてもらえなかったが、ある程度推測できるくらいの情報は、前もって知らされている。
「おいコラ陽富! デートの相手誰なんだよって! 俺というものがありながらっ!!」
「ちょっ、そういう語弊のある発言はマジでやめろ……!」
ゾッとして、両肩を掴んで揺さぶってくる時雨の手から即座に逃れた。
俺にそういう趣味はないし誤解されるのも絶対勘弁だ。
「……っし、……
「え? 誰だって!?」
「白羽だよ、
恥ずかしさと居たたまれなさが勝って、デートの相手をしっかり宣言するが早いか、俺は教室を飛び出した。
なんで満月含むクラスメイトがいる場で、個人的なデートの予定を暴露しなきゃなんないんだよ……!
いや……、これも頼まれた計画の一部だから、なんだけど!
今朝、満月から『放課後になったらすぐ、犯人──クラスメイトに聞こえるように、
マジで恥ずかしすぎる、コレ。
もともと開けっぴろげに
あの場にいなかった白羽への罪悪感まで募る。
……しかし、あそこで馬鹿正直に白羽の名前を出したのも、もちろん計画のうちなのだ。
※ ※ ※
今朝、デートの理由に納得した俺は、紅羽のほうを見た。
『じゃあ、俺は紅羽と疑似デートすればいいの?』
犯人にとっての“天使”とは、俺の義妹のはずだ。
ということは、満月ではなく、紅羽がデート相手になるんだろう。
満月もいる手前、疑似の部分をやや強調して尋ねたが、俺の予想に反して紅羽は首を振った。
『いえ。おにぃちゃんにデートしてほしい相手は、わたしではなく白羽姉さんです』
『えっ、白羽?』
まさかの、この場にいない義妹のほうだった。
……つまりふたりは、どちらも俺にデートを申し込んできたわけじゃなく、ほんとにただ依頼しただけってことかよ。
なんだそのオチ!
『そう。紅羽から聞いたんだけど、白羽さん、放課後誰かにあとを
『……え?』
『あたしが犯人として目星つけてるクラスメイトも、白羽さんを気にしてる素振りがあったから、“天使”は白羽さんと見て間違いないと思う』
『え、いやっ、ちょ、ちょっと待て!? 白羽が、尾けられてるって……!?』
『…………、はい。じつは、白羽姉さんからそう聞いていて』
「……………………」
今朝の階段前での会話を思い返して、いましがたの羞恥をかき消しつつ。
階段を上って普通科の一年生の階へ向かった。
まだ終礼中のクラスが大半のようで、廊下に一年生の姿はまばらだ。
学年ごとにネクタイの色が指定されていることもあり、すれ違う一年生からちらちらと視線を受けながら、白羽の教室であるB組へ足を進めた。
到着と同時にちょうど終礼が済んだようで、ドアが開かれて生徒が出てくる。
邪魔にならないよう入口から少し顔を覗かせてみれば、窓際の前のほうの席に、白羽の姿を見つけた。
……高嶺の花、って感じの孤高の美少女だ。
話してみると全然違うけど、遠目で見ているだけだとやっぱりすごくクールで大人っぽい子に映る。
こっち見ないかな~としばらく眺めるが、伏し目がちに黙々と帰り支度をしている白羽は、まったく気づいてくれそうにない。
……うーん……。
さすがに、あそこまで入っていく勇気はない。
そう思うと、上級生の教室に入ってまで弁当届けに来てくれた白羽すげえな。
マジでありがとう。
「ね、そこの子。悪いんだけど、神薙白羽さん呼んでもらっていい?」
やむを得ず、廊下側の一番前の席の女の子に声を掛けた。
見知らぬ上級生の男に突然話しかけられたら怖いだろうから、できるだけ優しめに。
「えっ、神薙さん……? わっ、わかりました」
「ありがとう」
戸惑いつつも引き受けてくれた彼女が、白羽のもとへ駆け寄っていく。
彼女から話しかけられた白羽は、一瞬で表情を硬化させ、身構えるように相手を見た。
……あ、と、俺は時雨が言っていたことを思い出す。
──『話しかけてきたやつ睨むとか無視するとか、すっげえ冷血な子らしいんだよな』
……やっぱり……違う。
一緒に生活している俺からすれば、もうふつうにわかる。
単純に、いきなり声を掛けられたことに緊張して、顔が強張ってしまっているだけだ。
「……………………」
呼ばれていることを女の子から聞いたであろう白羽が、おそるおそるといったふうに、こちらへと顔を向けた。
ぱちっとお互いの視線がぶつかる。
白羽は俺の姿を視界に捉えた、その瞬間。
────ぱあああっ!
と瞳を大きく見開き、笑顔とまではいかないが、まるで花が咲いたみたいに一気に表情を明るくさせた。
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