第33話 末妹と幼馴染は繋がる
「ん?」
「よろしければ、連絡先を教えていただけませんか?」
「連絡先? ……いいけど」
「ありがとうございますっ」
「LINE? インスタ?」
同じように満月もスマホを取り出し、紅羽に問いかける。
「あっ、わたし、InstagramなどのSNSはやっていないんです。LINEのIDと電話番号、教えてください」
「インスタやってないんだ……? そっか。おっけー」
おそらく可愛い紅羽の自撮り写真などが見たかったんだろう、満月は少し残念そうにしつつ、了承した。
そういえば、生粋の一般美人ほどSNSをやっていない、と
芸能人やインフルエンサーというわけじゃない一般美人は、幼い頃から現在にかけてずっと「可愛い」「綺麗」と称賛され続けるおかげで、自己顕示欲や承認欲求が常に満たされている状態──注目を浴びたり褒められたりすることに慣れているので、わざわざ私的にSNSをする必要性を感じないんだとか。
義兄としては、紅羽がインスタをやっていないのは正直かなりほっとした。
これだけ可愛すぎる上にスタイルも抜群とくれば、ナンパやセクハラのDMだってわんさか送られてきそうだ。
投稿した写真もなにに使われるかわかったもんじゃない。絶っっっ対にやらせたくない。
ちなみに、満月のインスタは友人とだけ繋がっている非公開アカウントなので、その点は安心ではある。
一応まだ俺も繋がった状態ではあるのだが、さすがにどの分際で過ぎて、別れてから満月の投稿に対するリアクションは滅多にしていない。
なんなら俺自身は面倒くさくて、開設して一ヶ月くらいでもうストーリー投稿すらしなくなった。
……ところで。
目の前で、満月と紅羽が連絡先を交換しているこの光景を、俺はどういう視点から受けとめればいいのか。
幼馴染と義妹が繋がった──と考えれば、まあ、取り立てて特別なことではないのだが。
元カノでかついまだ片想い中の相手と、いま俺を好きでいてくれている女の子が繋がった──と思うと、なんだか一気に心が落ち着かなくなってくる。
紅羽も……どういう意図で満月の連絡先を欲しがったんだろう。
やっぱり犯人についての情報を得やすくするため、だろうか。
正直、この件にはあんまり進んで関わってほしくねえんだけど……。
「じゃ、……送ってくれて、ありがと。あと、ミルクティーも」
紅羽と連絡先を交換したあと、満月はミルクティーの缶を掲げて俺を見た。
勝手なお節介を鬱陶しそうにしていたはずなのに、不愛想ながらも俺の目を見て、律儀にお礼を言ってくれる。
こういう些細なポイントもいまだに刺さっちゃうんだよな……などとくだらないことを考えながら、「いや」と軽く首を振った。
「ふたりも気をつけて帰って。おやすみ」
「ん……、おやすみ」
「おやすみなさいっ」
別れて以来しばらく疎遠だったから、満月とまたこんなやり取りができることすら、感激だ。
でも、……あんまり調子に乗るわけにはいかない。
自惚れるなんて以ての外だ。
理由はなんであれ、俺は満月に拒否権を与えず付き合ってもらった挙句、一方的に別れを告げた側で、またあの頃の距離に戻れるんじゃないか──なんて、思い上がっていい立場じゃない。
いまはただ生徒会として動いてくれているから関わりを持てているだけで、俺に許されるのはせいぜい、おとなしく好きでいること、それくらいだ。
「……じゃ、帰ろっか。紅羽」
「はいっ」
満月が家に入り、音を立てずにドアが閉まった(たぶん両親に気づかれないようかなり慎重に閉じてる)のを見送ってから、紅羽と帰路についた。
「一緒に来てくれてありがとう」
「いえっ。スマートにお優しいおにぃちゃんに、とってもきゅんとしました」
「キュッ……」
うれしそうな笑顔に、ついどきりとしてしまった。
この子は油断したところで、いや油断していなくてもぶち込んでくる。
こんなふうにストレートに好意を示してくれる女の子なんて紅羽がはじめてだから、毎回まんまとどぎまぎさせられてしまう。
マジで一向に慣れねえ……。
「それに……、満月さんにお会いできたおかげで、おにぃちゃんの心配ごとも聞き出せました」
「あーっ……んんん……。話しといてなんだけどそれ、聞かなかったことには」
「できませんっ。おにぃちゃんに不愉快な思いをさせた犯人にわたしは怒ってるんですっ……! 匿名で卑劣な犯行に及ぶのは最弱者の証です。必ず犯人を引きずりだして、相応の報いを受けさせますっ」
「た……、頼もしいっすね……」
……やはり、深入りする気満々のようだ……。
メラメラと闘志を燃やしているようにさえ見える。
満月といい
いまのところ、実害が出ているのは俺だけで済んでいるわけだし、できれば紅羽には自ら危険性を被るようなことはしてほしくないのだが。
この様子じゃ、聞く耳を持ってはくれなさそうだ。
こうなってしまえば、犯人にとっての天使なのであろう義妹たちに危害が及ぶ前に、一刻も早く犯人を特定しなければいけない。
それにしても、負の感情をこんなに顕わにする紅羽なんて珍しい。
……って、これは、ついさっきも思ったんだった。
「あのさ……、話変わるんだけど。紅羽って
真っ先に容疑者として挙げたほどだ。
もっともらしい根拠があるのでないなら、ぶっちゃけ嫌っているからだとしか思えない。
気になったのでなんとなく問いかけると、紅羽は表情を曇らせ、俯いた。
──安易に踏み込まないほうがよかったかもしれない。といまさら、気づく。
「苦手──というか、言ってしまえば同族嫌悪です。わたしと彼は、似ているところがあるから……」
「……え?」
同族? 紅羽と、あの会長が? 似てる?
……どこが? ? ?
「一滴も血の繋がっていない赤の他人なのに、似通ってるなんて。皮肉ですよね」
紅羽は自嘲的な笑みを見せたが、こちらとしてはまったく合点がいかない。
思考を巡らせてそれらしい共通点を探してみても、ふたりとも成績が学年主席であること……くらいしか浮かばない。
「俺にとっては全然、似ても似つかねえけど……」
紅羽は言うまでもなく天使で、会長は言うなれば、閻魔だ。
文字通り、イメージに天と地ほどの差がある。
ただの本心、というか客観的事実のつもりでぼそっと呟いたのだが、
「……ふふ。ありがとうございます」
紅羽はほっとしたのか、うれしそうに柔らかくほほ笑んだ。
褒め言葉、として受け取られたらしい。
まあ、会長と似ていないという事実が紅羽にとって喜ばしいことなら、よかった。
紅羽が会長に同族嫌悪をいだいている理由は聞けなかったが……、これ以上は言及しないことにしよう。
まだ
せっかく話しているなら、いやな気持ちを味わわせるのではなく、いつものように笑っていてほしいと思う。
……それはまぎれもなく、俺の自己満足だ。
※ ※ ※
次の日。
いつも通りの時間帯に登校すると、生徒玄関には満月と、先に家を出ていた紅羽の姿があった。
「おはよ。陽富」
「おはようございます、陽富せんぱいっ」
「お、はよ……え?」
俺を待ち構えていたのか、ふたりともちょうど俺の靴箱の前に立ち塞がっている。
「なんでふたり、一緒にいんの? 昨日の今日でそんな仲良く……?」
「そんなことより。……頼みたいことが、あるの」
「頼みたいこと?」
「はいっ。陽富せんぱいにしか、お願いできないことなんです」
真剣な表情で立っている満月と、その隣でにこやかに頷く紅羽。
困惑しつつ、また個人的な事情で目の前のふたりの組み合わせに内心ざわつきつつ、首を捻った。
お願いの内容を想像してみるが、皆目見当がつかない。
が……、なんだろう、この胸騒ぎは。
「……陽富」
「陽富せんぱいっ」
それぞれから名前を呼ばれ、俺は思わず、身構えた。
彼女たちはお互いの意思を再確認するように目配せし、改めて俺をまっすぐに見据えて──
「──デートして」
「──デートしてくださいっ」
……ふたり揃って、デートを申し込んできた。
「……………………はい?」
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