第35話 長妹は目を輝かせる
そのびっくりするくらい露骨な変化に、思わずどきっと心臓が強く跳ねる。
「
……嫌がらせの犯人の肩を持つつもりは、毛頭ない。
が……、すぐそばから瞳を輝かせてこちらを見上げてくれる白羽が、本気で天使にしか見えない。
これでもかというほどキラッキラが
「……~~……っ」
かっ……、かっわいっ…………。
込み上げてくる悶えとニヤけを、手のひらで目元を覆い俯くことで必死に耐えた。
自分の顔がひどく熱を帯びているのがわかる。
「陽富くん……? ど、どうしたの? ぷるぷるしてる……」
「っ、ごめ……、ちょ……っと、待って……」
不思議そうに訊かれたが、途切れ途切れに声を絞り出すことしかできない。
なんっだ……、いまの一連。
かっっっわいすぎて、心臓ヤられた……。
義兄にあるまじき気持ち悪い感情であることを承知の上で言うと、極度の人見知りな白羽が俺を見た瞬間にめちゃくちゃうれしそうにしてくれるの、特別感満載で最高に幸せすぎる。
ちゃんと……心、開いてくれてるんだよな。
こんな可愛い顔をしてくれる子のどこが冷血だよ、と文句が浮かぶが、おそらく歩み寄れた俺だから向けてもらえる一面なわけで、だったら他のやつには簡単には見せないでほしいとすら考えてしまう。
もちろん、嫌がらせの犯人なんかには、白羽のこんな顔、絶対に見せたくない。
…………うん。
我ながら、ヤバいレベルでキモすぎるな。
俺にだけじゃなくて、
懐いてくれているのは事実だとしても、過度に自惚れるのはよくない。
己を律しろ、俺!
気を取り直し、深呼吸することで心拍数を落ち着けて、改めて白羽と向き合った。
「……ごめん落ち着いた。とりあえず、学校出よっか?」
「う、うん……?」
当然のように促して歩き出す俺に、白羽はきょとんと少し首を傾げつつ、ついてきてくれる。
ん……? あれ。
たしか今朝、別れ際に紅羽が『白羽姉さん今日スマホ忘れちゃったみたいなので、デートのことはわたしから伝えておきますね。陽富せんぱいは放課後、白羽姉さんを教室まで迎えに行ってあげてください!』って言ってたはずだよな。
「今日デートだって、紅羽から聞いてるよな?」
「でっ……!?」
今度は白羽が真っ赤になった。
そのかなり衝撃を受けたリアクションに、ハッといまさら軽率な言葉選びを自覚する。
今朝から三人でデートデート連呼してたから、なんの気なしにさらっと口にしちゃったけど、ふつうに考えて誤解しか生まない言い回しだ。
「や、えっと、俺と出かけるって話聞いてない?」
「く……紅羽からは、『今日は外でゆっくりしてから帰ってきてくださいね』とだけ……」
「あーっ……? そっかそっか……?」
具体的なことは伝達しそびれたんだろうか。
それとも、あえて?
悪戯好きな紅羽のことだから、なにも伝えず俺を寄越して白羽をびっくりさせようっていう魂胆だったのかもしれない。
この様子じゃきっと、白羽は嫌がらせや犯人のことも、なにも聞かされていないだろう。
紅羽には怪しまれたから話してしまったが、できれば白羽には知らずにいてほしい。
……そう思っていたから、今朝、白羽が尾けられているかもしれないという話に、困惑を隠せなかったのだ。
だって、昨夜変わったことがないか訊いた時は、全然ピンときていなさそうだったのに──と思いつつ、白羽を見ていたら。
「で、デートっ……するの……?」
同じようにこちらを見上げてきた白羽に改まって確認されて、言葉に詰まった。
少なくとも、嫌悪感はいだかれていなさそうだが……、さて、どう答えよう。
嫌がらせしてきた犯人を刺激するための疑似デートだ……なんて言えるはずがない。
そして、デートっぽく見せる必要があるのだから、ただの
「……白羽は、さ。これまで男とデートしたことはある?」
考えた末、逆に質問を返した。
個人のデートの定義にもよるが、交際経験がなくともデート経験はある場合だってあるだろう。
しかし白羽は、慌てたようにふるふるふるっと何度も首を振った。
「な、ないっ……! 一度も、したことない」
……そう……、だよなあ~~……。
となると、ただの義兄が記念すべき初デート体験を奪ってしまうのは忍びない。
「じゃあさ、デートはデートでも、今後のための予行演習……ってことで、どう?」
かなり詭弁ぎりぎりな提案だが、これならノーカンにできるし、いざ白羽が好きな人とデートする時のためにもちょっとは備えられるんじゃないだろうか。
「うんっ、それでもいいっ……。デート、したい……!」
もしかしたら、デートに憧れがあったのかもしれない。
案外乗り気になってくれたようで、白羽はまた瞳を輝かせてこくこくこくっと今度は何度も頷いた。
※ ※ ※
予行演習と言ったからには、できるだけ模範的なデートをするべきだろう。
犯人が尾行してこられるよう、徒歩圏内という時点で絞られている上、時間やアクションを拘束される映画やカラオケなどの娯楽は除外すると、高校のすぐ近くのショッピングモールで遊ぶくらいしか思いつかない。
というか立地がよすぎて、放課後遊ぶ生徒は大抵ここを利用するので、定番のデートスポットと言える。
つまり基本的に人目があるのだが、まあエリアによっては過疎ってたりもするから、いい感じに仲良く見せていい感じに犯人を煽って、……そしてあとは生徒会に任せよう。
理想的な形としては、擬似デートをする俺と白羽、を影からストーキングする犯人、を影から見張る満月と生徒会男子一名……という感じだ。
紅羽まで巻き込みたくはなかったので、この計画には参加させていない。
だいぶ他力本願なところには申し訳ない気持ちもありつつ、
『犯人に警戒されたらいけないから、陽富は周りを気にせずにふつうにデート楽しんでて。もし犯人が言い逃れできない怪しい動きを取ったらすぐ、こっちで対処するから。終わったら電話する』
……とあらかじめ釘を刺されているので、周囲に怪しいクラスメイトがいるかはろくに確認できずに、白羽を引き連れて学校をあとにした。
満月としては、俺と犯人を意地でも接触させたくないらしい。
一応こちらからも『満月も絶対無茶はすんなよ』と釘を刺し返したら、『うるさい』とだけ言われた。
なんでやねん。
「白羽、なんかしたいことある? なに食べたいとか、なに見たいとか」
「えっ? えっとっ……うーん。えっとえっと……っ」
ショッピングモールに向かう道中になに気なく尋ねてみると、隣を歩く白羽は必死に考え込みはじめた。
まあ、いきなり訊かれてもすぐに出てこないよな……。
しばらく待ってみたが、かなり迷わせてしまっているようなので、助け舟を出すことにした。
「思いつかなかったらさ、俺のしたいことでもいい? クレープ食べたいんだけど」
「クレープ……! 食べたい!」
笑って提案すれば、俯いていた白羽がぱっと顔を上げた。
やっぱりこういう時、相手に尋ねるからには、こちらも念のため案を用意しておくべきだ。
出かけた際の「どこ行こうか?」とか「なに食べたい?」とか、相手の意思を尊重しているようで選択の責任を押し付けてしまう質問は、相手が答えられなかった時のことも想定しておかないと、双方が優柔不断だった場合、決まるまでちょっと気まずくなったりする。
……まあ満月とは気心が知れているしいつもてきぱき決めてくれていたので、そんなことにはならなかったが。
ということで、フードコート内のクレープ屋で糖分補給することにした。
五十種類以上あるメニューの中から今度も悩みに悩んで決めた白羽は、両手で受け取ったイチゴバナナプリンのクレープを見て目をキラキラさせている。
超可愛い。
かと思うと、店員からイチゴショコラパイのクレープを受け取っている俺を、戸惑ったように見上げてきた。
「お、お金……ほんとにいいの?」
「ん? いいよ。白羽が喜んでくれるならいくらでも出したい」
「……ぁ、ぅ……、ありがとうっ……」
……なんか、推しに貢ぐヲタクみたいなこと言っちゃった気がするな。
それとも白羽のうれしそうな顔が可愛すぎたからか。うん、間違いなく後者だな。
「い、いただきます……っ」
白羽は顔を赤らめたまま、小さな口でぱくっとクレープにかぶりついた。
もぐもぐしながら幸せそうににこにこしているのを見ると、ついこちらも頬が緩む。
「おいし?」
「うんっ」
マジで可愛い。
義妹がクレープ食べてる姿、いつまでも見ていられるかもしれない。
しかも口角のところに白いクリームをつけたまま気づいてないのとか、めちゃくちゃ庇護欲を掻き立てられる。
「白羽、ここ。ついてるよ」
「!」
自分の唇の端を指さして伝えると、白羽は恥ずかしそうに目を丸くした。
教えたそこに慌てて指を触れさせようとして、ふと視線をさ迷わせ、……それから、手を下ろして乞うようにじっと見てくる。
「どこか、わかんないから……と、取って……?」
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