第29話 幼馴染は忘れられない
弁当箱の中身を注視し、上手く感情を読み取れない声で尋ねてくる。
あの子……というのは
「あー……、これは……」
昨日は、白羽が代わりに持ってきてくれたのであって、これは紅羽がつくってくれた弁当で──とか、せっかく義妹がふたりできたこと説明するチャンスなのに会長がいるから迂闊に言えねえ……!
あ。
いや待てよ、ここはあえて言っておいたほうがいいのか?
現状に無関係なわけではないし、満月も会長も、誰かに言いふらすようなタイプでは断じてないはずだし……。
「
あれこれ悩んでいたら、会長から呼ばれた。
「僕個人としては、君のプライベートには毛ほども関心がないが」
嫌味っぽく強調された前置きが余計すぎる。
……会長が俺のプライベートに関心持ってたらそれはそれで怖すぎるが。
「こんな事態に陥っているからには確認しておきたい。君は、
頭の片隅でくだらないことを考えつつ、やはり、伝えておくべきだと思い至った。
「じつは──
ちらりと満月の顔を窺うと、案の定、目を丸くして驚いていた。
俺がいままでずっとひとりっ子だったことはもちろん知っているから、予想だにしなかったんだろう。
意外だったのは、俺の告白に、さっきからずっと表情を変えなかった会長まで、微かに目を見開いたことだ。
「兄妹?」
「つい最近、親同士が再婚して。連れ子同士なんでもちろん血は繋がってないし、苗字もそのままですけど」
「……、ふむ」
会長は口元に指を添え、なにやら考え込みはじめた。
そんな真剣な表情でなにを考えることがあるのか、さっぱり見当がつかない。
わかるのは彼の思案する顔がめちゃくちゃさまになってることくらいだ。
くそう、カリスマインテリ生徒会長さまめ……。
恨めしく思っていたら、会長が顔を上げて、目を合わせてきた。
「神薙紅羽には、同学年に姉がひとりいるはずだが」
「え、……あ、はい。姉の白羽も、俺の妹です」
会長も、白羽と紅羽が姉妹であることは知っているらしい。
そこで、はっと気づいた。
いまならスムーズな流れで満月の誤解を解ける!
「あっ、昨日弁当持ってきてくれた子が、白羽な。つくってくれたのは紅羽なんだけど。ほら、家族だから!」
ついでを装い、弁当を指さしてしっかり説明すれば、隣でミニハンバーグをもぐもぐしている満月はただ無言で、俺をギロリと睨んできた。
なぜ!?
「嫌がらせをはたらいた生徒が、彼女たちに近づかない保証もない。
「はあ、たしかに……。わかりました」
「もし明日以降もなにかあれば
会長は言い終えると、キリッとした顔のまま白米をもぐもぐしだした。
……心配、してくれているわけでは全然ないんだろうが、一応動いてくれるつもりらしい。腐っても生徒会長だ。
満月直々の申し出だからというのが大きそうだから、手放しで喜べはしないものの。
「……ありがとうございます、会長」
義妹たちのためを思うとめちゃくちゃ心強いので感謝はしつつ、俺も弁当箱の中から綺麗なだし巻きたまごを箸でつまみ、口に放り込んでもぐもぐした。
こんなアウェー極まりない状況でも、紅羽の手料理はやはり抜群に美味いのである。
※ ※ ※
「陽富」
満月は会長と少し話があるというので先に教室へ向かっていたら、数分後、廊下の途中で追いかけてきた満月が呼びとめてきた。
「満月、会長となに話してたの」
「……内緒」
「……そう、……ですか……」
なに気なく訊いただけだったのに、伏せられた途端めっちゃ気になってくる。訊かなきゃよかった……。
立ち止まると、満月は隣に並んできた。
名前を呼んでくれることも、こんなに近くに歩み寄って来てくれることも、いまだに夢なんじゃないかと思ってしまう。
嫌がらせによって受けた恩恵、デカすぎやしないか。
……それによって見えてくる会長の影も、一段と濃いが。
「それより、
「ああ、そうそう……。かなり急に決まって、俺ですらびっくりしたくらい」
なんなら事後報告だったからな。マジで解せない。
とはいえ、孤立した環境下にいた白羽と紅羽を一刻も早くうちに住まわせるための速断だったのかなとも思うから、もう文句を言うつもりはない。
義妹たちとの共同生活は楽しいし、目の保養で癒されるし、楽しいし、癒されるし。
「だからさ、白羽は俺の彼女とかそういうんじゃねえからな。妹だから一緒にスーパー行ったり、弁当届けたりもしてくれたんだよ」
歩みを再開させながら念を押すと、満月は眉根を寄せてまた不機嫌な顔を見せた。
「さっきから、そうやって……言い訳してるみたいな話し方するの、なんなの?」
「え」
言い訳じみてた!?
事実しか言ってないけど、必死さが隠せていなかったのかもしれない。恥ず!
「あの子が、陽富の彼女だろうが妹だろうが……、あたしにはどうでも、いいし」
満月は俺から視線を逸らし、ため息でもつきたげに声を落とした。
グッサリと見事に心臓を抉られる。何度目のしくじりだ、これ。
「そう、……だよな」
「……………………」
ここまで無関心を貫かれているのに、いまだに断ち切れていない俺もなんなんだ。
我ながら本当に女々しすぎて情けない。
あまつさえ、この満月の反応もすべて──自業自得だというのに。
さめざめ悲しみに打ちひしがれているうちに、満月に合わせていたはずの歩幅が、次第にずれてしまったらしい。
いつの間にか満月は俺の斜めうしろを歩いていて、それに気づいて立ち止まったのと、同時。
……満月の手は俺のシャツを掴んで、引き留めてきていた。
「……一緒に、住んでる、の? その子たちと……」
ぼそりと呟くように、尋ねられた。
驚いて振り返っても、満月は深く俯いている。
「一緒に住んで、る……けど」
でも、俺の部屋のドアにはちゃんと鍵取り付けたし、適切な距離は常に取るように心がけてるから──とか、そんな話をしたらまた、言い訳みたいに受け取られるだろうか。
そんなこと訊いてないし自分には関係ない、って突き放されるのがオチ、かな……。
「……じゃあ、もう……、晴芽さんが出張行っちゃっても、寂しくないんだね」
「えっ? いやいや、いつの話それ……」
家にひとりでいる寂しさから満月が救ってくれたのは、いまは昔、小学四年生の時のことだ。
冗談のつもりかと思って苦笑したが、満月は一切笑ったりしていない。
「……………………」
「……………………」
引き留められて立ち止まったまま、再び歩き出すこともできない。
満月がいまなにを考えているのかもわからず、それでもなんとなくこの異様な空気に落ち着かなくなってきて、
「……それより、満月。嫌がらせのこと、会長にまで掛け合ってくれてありがとうな」
やむを得ず、話をガラッと変えた。
「でもさ、生徒会室に連れてくならあらかじめ言っといてよ。俺マジで怖いんだよあの会長」
満月は俺のシャツから手を離し、しばらく黙り込んだあと、顔を上げた。
「陽富、怖いの苦手だもんね」
笑っているわけでも、不機嫌なわけでもない。
からかっているような、懐かしんでいるような、それでいて──悔やんでいるような、感情が迷子になったそのちぐはぐな表情と声に、また苦笑を漏らす。
「……まあ、怖いのは、ずっと苦手だよ」
素直に認めると、満月はわずかに目を細めた。
満月相手に強がっても意味がない。
おそらくいまでも一番、俺のことを知っている彼女に、嘘も隠しごとも器用にできるはずがない。
寂しさは成長につれて克服できても、恐怖だけはいつまで経ってもだめだ。
といっても、俺が本当に怖いのは、自分への脅威なんかじゃなくて────
「ヒワッ」
次の瞬間、満月の突拍子もない行動に身体が跳ねた。
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