第28話 幼馴染は関係を知らない

 想像しただけで戦慄して、つい悲鳴をあげた。

 短絡的じゃない分、卑劣さはそっちのが格段に上だろ……。犯人、男でよかった。


「う~ん、いんの女だったら、嫌がらせはしたいけど直接の危害を与えるほどの度胸はないから潰した虫とか入れるかなぁ~。『えっ、もしかしていままで虫の死骸を下敷きにして靴履いてた……!?』っていうプチ絶望もセットでお値段据え置きお買い得」

「それもまごうことなき危害ですよ堀池ほりいけさん? そもそも人に嫌がらせすんなよって話なのよ」


 堀池さんも堀池さんで、おっとりした話し方なのに発想がエグすぎる。

 ゾワッと総毛だって自分の腕を抱き締めた。

 犯人、男でよかった。マジで。


 机に置いていた画鋲入りのレジ袋を見て胸を撫で下ろしていたら、里砂りさちぃが机をバンと叩いてきた。

 鋭い眼光で睨みつけられる。


「そもそも人に嫌がらせされるようなことすんなよって話なんだけど?」

「えええ……、なにその虐められた側にも原因があるみたいな物議を醸しそうな言われよう……。マジで俺なんもしてねえよ」

「あのね~、天野あまのくん? 数多あまたの女といちゃついてる野郎は最後に刺される運命なんだよ?」

「誰ともいちゃついてねえし堀池さん猟奇的ギャルゲーの話してない?」


 まだ時雨しぐれは登校してきていないから見事に集中砲火だ。

 満月みつきはふたりに事情を話すだけ話して、途中からなんか誰かと電話しに廊下に出ちゃったし。

 嫌がらせされた側だってのに誰ひとり味方がいねえ……。


 今朝家で別れたばっかなのに、心優しい義妹たちがもう恋しい。


「ってか、そういえばこの大量の画鋲どうしよ。先生に渡して活用してもらうべき?」

「犯人とっ捕まえて頭からぶちまけてやれ」

「え~パンツの中に流し込んじゃえばいいんだよ~」

「もうこの人たちほんと怖い! 怖すぎる! 同じ男として許してやってほしい!」

「お前はその犯人にゆるされてないけどな」

「Laugh Out Loud」


 ふたりともケラケラ笑ってやがる。

 さっきからこぞってネタにしすぎだろ。

 ところでめちゃくちゃ発音よかったけどそれ口語表現じゃなくてチャットで使うネットスラングですよ堀池さん。

 頭文字のLOLじゃないあたり故意だろうけど。


 ここまで来ると、犯人まで可哀そうに思えてくる。

 おそらく真剣に文面を考えて犯行に及んだろうに、女子たちにこんな笑いものにされて。

 本当に気の毒だ。俺も含めて。


陽富ひとみ


 自分と犯人に心底同情していたら、誰かとの通話を終えたらしい満月が帰ってきた。

 真面目な表情で名前を呼ばれ、性懲りもなくどきりと心臓が反応してしまう。


 しかし、満月が次に放った台詞に、俺の心臓はさらに驚くこととなる。



「──今日のお昼休み、一緒にご飯食べよ」



 ※ ※ ※



 時は流れ、昼休み。

 俺は満月に連れられるがまま、弁当片手に生徒会室へ出向いた。

 ……出向いてしまった。


「天野陽富。君はプライドというものを知らないのか?」


 開口一番、会長席に座る生徒会長さまがゲンドウポーズで放ったのは、オブラートに包んだ──いやたいして包まれていない気もする──俺への侮辱だった。


 スクエアの銀縁眼鏡越しに、蔑みの視線を寄越されている。

 いま相手は座っているから完全にこちらが見下ろしている状態なのに、威圧感がすさまじい。

 目の敵にされていることがビシバシ伝わってくる。

 うっ……。

 これだから苦手なんだよ、鷹羽たかばね白夜びゃくや……。


 穏和な義妹たちがほんっとに恋しい。


「自身がされた嫌がらせの対処を幼馴染で元恋人の生徒会役員に任せようとするなんて、君は一体どういう神経をしている?」

「い、いや、ね……俺もまさか生徒会室ここに連れてこられるなんて思わなかったんですよ……」


 会長とは同学年だが、恐縮して敬語を遣ってしまう。

 もちろん紅羽くれはのような癖ではなく、彼の貫禄がそうさせるのだ。

 俺に限らず、大半の生徒は同様だと思う。


「鷹羽会長、あたしの独断です。生徒間の問題とはいえこれは度を越した嫌がらせです。生徒会が一助となるべき事案だと思ったので、今朝連絡したんです」


 同じ生徒会役員である満月ですら敬語なのだ。

 とはいえ会長に物怖じすることなく、毅然と話している。すっごい。かっこいい。

 かっこいい……けど、今朝電話してた相手って会長だったのかよ……くそ~~……。


「陽富、そこ」

「アッ、ハイ」


 心の中で悔しがりつつ、満月に短く促されるまま硬めのソファーに着席した。

 会長の席がいわゆる誕生日席で、そこから一番近い斜め左にあたる席だ。


 せめて緩衝材になってくれる満月を間に挟んで座りたかったが、会長が見ている前で席を代わってほしいなんて言えるはずもない。

 ……たしかに俺にはプライドとかないのかもしれない。


 会長に大量の画鋲が入った袋と四つ折りの手紙を渡した満月は、ごく自然な流れで俺の隣に腰かけた。

 そんなことにすら、いちいち脈が速まってしまう始末だ。


「……ふうん。この、“ぼくの天使”──というのは?」


 会長が手紙の二行を見ながら眉ひとつ動かさずに問いかけてくる。

 なんかとんでもない人にとんでもないフレーズを言わせてしまったような奇妙な背徳感に駆られつつ、「わかりません」と首を振る。

 厳密に言えば、義妹たちのうちのどちらなのか……がわからない。


「話によると、君は昨日の放課後、正門の傍で一年生の神薙かんなぎ紅羽と言葉を交わしていたようだが」

「それは、まあ、ただ世間話しただけなんですけど……。詳しすぎません? 誰の話によってんすかそれ……」


 満月発信かと思ったが、それなら紅羽だけでなく白羽しらはのことも話すだろう。


「特定の人物の情報じゃない。噂になっているのを小耳に挟んだだけだ」

「噂……」


 今日はクラスメイトから昨日紅羽と話していたことについて尋ねられたり、朝登校してきた時や、ついさっき生徒会室に来るまでの道のりで周囲からの視線を感じたりはしていたから、寝耳に水というわけでもない。

 おかげで時雨にもすごい剣幕でばっちり問い詰められた。

 その際も『軽く世間話しただけ』ということでどうにか押し切っ──乗り切ったが。


 ただ、生徒会長の耳に入るほどの噂が立っているとは思わなかった。

 紅羽でなければあり得ないだろう。

 恐るべし、天使すぎる新入生の注目度……。


「彼女は優れた知性はもとより、人目を引く容姿と物腰の柔らかさから、天使と称されているほどの人物だ。僕も生徒会長として一目を置いている。君が彼女と話していたことを火種とするのが自然だろう」

「つまり、その神薙紅羽さんに想いを寄せる生徒の仕業ではないか、ということですね」

「紅羽を好きなやつなんて星の数ほどいると思うけど……」


 しかも会話しただけで恨まれるなんてたまったもんじゃない。過激派ガチ恋勢コワイ……。

 小声で零しつつ、満月がランチバッグから弁当箱を取り出したので、俺も倣った。

 ちなみに会長はすでに厳かな重箱を開いている。

 昼飯を食うには謎メンツすぎるっていうか、俺が場違いすぎる。

 腹減ってるから食べるけど……。


 パカッと弁当箱の蓋を開けて「いただきます」と手を合わせた。

 紅羽お手製の弁当は今日も色鮮やかかつバラエティー豊かで視覚的にも美味しい。


「その……お弁当」

「え?」


 ふと、満月が横から声をかけてきた。


「……あの子が、つくったの」

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