第27話 幼馴染はツンデレを認めない

 ※ ※ ※



「要するに、これ書いた陰険なストーカーが、陽富ひとみの上履きの中にありったけの画鋲を詰めて嫌がらせしてきたわけだ……。ほんっとさいあく……」


 ひとまず、地面に散らばった大量の画鋲をふたりで回収しつつ(上履きは奥まで念入りに確認してから履いた)、ぶちギレ満月みつきさんの状況整理を聞いた。

 悪態のオマケ付き。


「これやったの男なのかな、やっぱり」

「……まあ一人称が“ぼく”の女子の可能性もあるけど。でも字と折り目の荒さとか、短絡的な卑劣さとか、なにより文面からほとばしおぞましさとか、ふつうにキモ男の仕業だと思う。これで女だったら逆に巧妙すぎてキモいし」


 ……めちゃくちゃ気が立ってるからとはいえ、俺の元カノ兼幼馴染、お口がはちゃめちゃに悪すぎません?


 最近は礼儀正しい義妹たちと会話してるおかげでなおさらそう感じられてくるし、なんか超グサグサくる。

 まあ歯に衣着せないぶん遠慮しなくてよくて、昔から楽ではあったんだけど……、別れるまでは……。


「その言われよう、なんか同じ男としてものすごく悲しくなってくるわ……」

「陽富は絶対こんなことしないじゃん。……ってか、理不尽な被害に遭ってることに悲しくなってくれる? 一方的な難癖つけられたせいでいまこうしてちまちま画鋲拾ってんだけど」


 ……そこは、ごもっともすぎる。

 わざわざ足元のも移動させなきゃいけないし、手汚れるし、地味に面倒すぎる作業だし。


「ごめん。こんなことに付き合わせて」


 言っちゃえば、箒とか……持ってくれば済む話なんだけど。

 少なくとも、この時間は満月と会話できるわけだから、相手が気づくまでは気づいていないふりをしていたい。

 ……という姑息さも含めて、謝罪で返す。


「べつに、……いい。自分の意思でやってるもん。……それよりも、陽富はなんでそんな平気そうなの」


 悔しさが滲んだ声で、まるで責めるように問われた。

 もちろん、手紙を読んだ時はかなりビビったけど……。


 俺としては、満月と久々にこうして目を合わせて話せてる上に、満月が俺を純粋に心配してくれてる事実に内心舞い上がっちゃってるから、いまぶっちゃけそれどころじゃない。

 気が抜くと頬が緩みそうになるのを、だいぶ必死に堪えているくらいだ。


 ……とか、別れを切り出した側の男が元カノにいだく感情としては、それこそキモすぎて言えるわけねえ……。


「……満月が、俺の分まで怒ってくれてるから」


 嘘は、言ってない。

 自分より感情を顕にしてくれる人がいると、当事者でもいくらか心が落ち着くものだ。


 昔からそうだった気がする。

 満月が俺よりもちゃんと怒ったり悲しんだりしてくれるから、救われていた部分は本当に大きい。


「かっ……んちがいしないでくれる? べつに、陽富だからじゃなくて、……っ、生徒会役員としてっ、見過ごせないってだけだから。……ツンデレとかじゃないからこれ!」

「う、っん……。そうだよ、な。生徒会だもんなっ、うん」


 深く俯いて声を震わせながら、やっとのことで言葉を返した。


「……む、ムカつくっ。ニヤけんな。ばかっ」

「っに、やけてねえよ……」


 俺の反応が気に障ったようで、拗ねた声で怒られ、ぺしっと手の甲で二の腕を弱く叩かれた。


 ……ば、『ばか』の言い方、可愛すぎん……?

 いやこれニヤけ抑えんの、本気でキッツい……。

 かろうじて否定を返したものの、正直ギリギリだ。


 状況が状況なのと関係が関係なので素直に感情を出せない苦しみに耐えつつ、登校してきたクラスメイトにたびたび「ふたりともなにやってんの?」と不審がられつつ、また「お前、神薙かんなぎ紅羽くれはさんとどういう関係だよ!?」と主に男子から昨日の放課後のことについて詰め寄られつつ。

 どうにかすべての画鋲を拾い終え、すのこを元に戻した。


「マジで助かった、ありがとう……。手、怪我してない?」

「……気をつけてたから、大丈夫。陽富は?」

「俺も大丈夫」


 ちょうど鞄の底でくしゃくしゃに潰れていた小さめのコンビニ袋で大量の画鋲をひとつにまとめ、手を洗ってから、疲労感を携えてやっと教室へ向かう。

 ……満月と、肩を並べて。


 さっきからなんだこの、願望が具現化したような状況。

 ほんとに、夢でもみてんじゃねえの俺……?

 これまだ布団の中だろ絶対……。


「……犯人、絶対特定するから」


 現状のオチを想像していたら、やはり嫌がらせについて深刻に考えてくれていたらしい満月が、神妙に告げた。

 ……これが、単に俺だけの問題だったなら、しばらく様子を見ようとかなんとか言って面倒がっているところだが。


 ──【ぼくの天使に近づくな】


 ぼくの天使、というのが俺の義妹たちのことを示しているんだとしたら、放置するわけにはいかない。

 ていうかもし彼女たちのことだったら、どこの誰かもわからない野郎に“ぼくの天使”と形容されていることが腹立たしすぎる。

 お前の天使じゃねえ俺の妹だ。


 とはいえ、まあ……、仮に犯人捜しをするとしても、それに満月を巻き込むつもりはない。


「手伝ってもらっといてなんだけど、あんま気にしなくていいよ。満月は」

「…………。はあ」


 俺の答えは満月には想定内だったようで、ため息を吐かれた。

 どうでもいいが、一緒にいる時にため息を吐かれるとそれがなんの脈絡もない場合でもなんか自分がものすごく悪いことをしてしまった気になるのは俺だけだろうか。

 ただ今回はこれ見よがしのため息だったので、確実に俺が悪い。

 満月は冷めた瞳で俺を見上げ、


「どうせ逆の立場だったら、陽富だって気にしたでしょ。……違う?」


 真剣な声で、そう問いを投げかけてきた。

 お互いわかりきった、確認だ。


「違わない」


 もし、他でもない満月がこんな目に遭っていたら、間違いなく助けになりたいと思う。

 ただ、それは俺にとっての満月が特別だからであって、決して等号で結ばれる命題ではないのではないだろうか。


「……じゃあ、ちょっとくらい、返させて」


 満月はもうこちらを見ない。

 ぶっきらぼうだし硬い声を発しているが、それでも心配してくれていることは、ちゃんと伝わってくる。

 ……俺としては、過去に恋人として付き合ってくれた時点でお釣りが大量に返ってくるほど、もうもらった気でいるんだけど。


 正義感が強いから放っておけないというのもあるだろうが、律儀というか、お人好しというか、……そういうところがいちいち刺さる……、というか。


 ペラ、と手元の手紙を開き、たった二行の文面をもう一度読み返した。

 さっきは真っ先に、“ぼくの天使”というのは、俺の義妹のどちらかのことじゃないかと思ったが。


「……満月が、天使って可能性もあんのかな。これ」

「はあっ? っ、キモい!」


 ぼそっとひとりごちたら、勢いよくこちらを向いた満月がすごい剣幕で毒づいてきた。

 ……え、いま俺が言われたのこれ? 俺への痛罵なの?


 同年代の女の子諸君にもの申したいのですが、なに気ない暴言に男の子たちは実はわりと傷ついてるからできれば控えていただけるとありがたいです。


「絶対、ないに決まってんでしょ。あたしたち……、去年からずっと、ろくに話もできてなかったんだから」

「……まあ、そ、っか」


 できてなかった、……って。

 まるで話したかったって言われてるように聞こえるけど……、さすがにそれは、自惚れすぎだよな。


 ……だから、……勝手に鼓動速まんの、頼むからやめてほしい。


「それに、あたしが天使とかいう柄じゃないの、……陽富が一番わかってるでしょ」

「……そうだな、満月は、天使ではねえわ……全然」

「…………あっそっ」

「満月は俺の、……、幼馴染だよ」


 そして、元カノで。

 それから、────いまでもずっと好きな、たったひとりの女の子だ。


 とか。

 ほんっとマジで我ながらキモすぎて言えるわけがない絶対……。


「…………あっ、そ」


 満月はもう一度そう短く吐き捨て、一足先に教室の入り口をくぐった。

 その近すぎた背中に手を伸ばして呼びとめること、たったそれすらも。

 いまの俺には──月を手に入れることと同じくらいに、実現不可能なのだ。



 ※ ※ ※



「あーそれは間違いなくキモ男の犯行だわ」

「だよね」


 俺の持つずっしりとした凶器袋に興味を示して集まってきた里砂りさちぃと堀池ほりいけさんに、満月が先ほどの大量画鋲 in 上履き事件を話してしまったところ。


「犯人が女だったら、目視できない靴の奥に少量の画鋲だけ取り付けて確実にブッ刺してやるに決まってるもん」

「コッッッワ」


 ……里砂ちぃが物騒極まりない発想を展開した。

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