第26話 幼馴染は放っておけない
柔らかに言いくるめられて、一瞬、反論を見失う。
でも、……違う。
「……っ、俺は……」
それでも──。
「……うーんっ。難しいですね。どうすれば、せんぱいを籠絡できるんでしょう?」
どうにか断ろうとしている気配を感じ取ったのか、ぱ、と冗談ぽく指はすぐに離された。
「ろっ……籠絡って、言い方……っ」
ほっとしたけど、それと同時に、ハラハラとした危機感にいまさらながら襲われる。
いまの、誰かに見られたら確実に噂になる空気だったんじゃないか。
ほんとにこの子、いつでもどこでも危険すぎる……!
「ねっ。教えてくださいよ、せんぱい? わたしの知りたいことは、責任を持って全部教えてくれるんでしょう?」
「……っや、籠絡しないでくれると、助かります……という気持ちですね、いま……」
顔を覗き込んでくる紅羽の上目遣いが可愛すぎるからこそ、冷や汗を禁じ得ない。
正直に伝えて、そろそろと紅羽から適切な距離を取った。
「むぅ……鉄壁ですね。男の人なのに、身持ちが固すぎます」
「ちょ、ちょい待ち? それは男に対する偏見だよ?」
「もちろん偏見です。だってわたしは男の人のことを全然知らないんですもんっ。第一、常識とは十八歳までに身に着けた偏見のコレクションというでしょう?」
愛らしく、かつ知的に開き直られてしまった。
「あ、アインシュタインの言葉だっけ、それ……。つーか、紅羽はまだ十六歳……いや、十五? ……そういえば俺、ふたりの誕生日聞いてねえよな。いつ?」
本当に知りたいから尋ねたのだが、結果的に、上手く話題を逸らせた気がする。
双子なら
ちゃんと祝いたいし、まだ過ぎていないことを祈るが……。
「……………………」
紅羽は数秒ほど、唇を結んだまま俺を見つめた。
その表情からは、なんの感情も読み取れない。
彼女はそれから口元にそっと人差し指を立て、
「────内緒です」
また、悪戯な笑みを浮かべた。
しかしそれは、先程よりも表面的な顔つきに見えた。
すんなり教えてもらえるものだと思っていた俺は、ぽかんと放心してしまう。
「じゃあ、わたしはお買いものしてから帰りますねっ」
その隙に、紅羽は俺を置いて通学路へ向かいだした。
「え? 買い出しなら俺が……」
「いえっ、個人的なお買いものなんです。それでは、またっ」
「あ、そっか、うん、……気をつけて」
……え?
誕生日の話って、もしかして、タブーなの……?
考えてみても、教えてくれない理由がわからない。
やはり掴めなさすぎる……。
その後──帰宅すると白羽はすでに帰っていたのだが、地雷を踏んでしまう可能性を恐れて、結局ふたりの誕生日を聞き出すことはできなかった。
※ ※ ※
翌日はちゃんと紅羽から弁当を受け取って登校した。
ちなみに、母さんの分の弁当もつくってくれているらしい。母さんもすっかり継娘に胃袋を掴まれてしまったようだ。
もしかしたら母親の威厳というものは、手料理の上手さには拘らないのかもしれない。
「……ん?」
いつも通りパカッと靴箱の蓋を開けると、俺の上履きの上に、ノートの一枚を破いて四つ折りにした紙が入っていた。
なんだこれ……。果たし状?
だ、誰かに喧嘩売られるようなこと、したっけ、俺……。
雑に折り畳まれた手紙を取り出し、おそるおそる開いて、書かれていた文字に目を通してみた。
「……………………」
それは手書きの、たった二行の短い文章だった。
一秒足らずで読めてしまったその内容に、ゆっくりと、心臓の鼓動が鈍くなっていくのがわかる。
冷や汗を感じてきた時──少し離れた視界の左端に、誰かが立つのが映った。
反射的に手紙を閉じ、横に立ったその人物を身構えるようにして確認する。
「……………………」
俺の左隣で、自分の靴箱から上履きを取り出していたのは
挙動不審な態度をとってしまったからか、静かに眉を顰めてこちらを一瞥してくる。
しかし相手から挨拶してくるはずはなく、もちろんこちらから声をかけられるはずも、ない。
き、……気まずっ……。
昨日の昼休みのこともあるし……。とはいえ、盗み聞きされた立場で謝るのもなんか違うだろう。
当然というべきかなんのアクションも起こせず、とりあえず俺も靴を履き替えようと、靴箱の中の上履きに手をかけたタイミングだった。
「…………なに。ラブレターでももらったの」
俺の手元に目を留めたらしい満月が、すげなく口を開いた。
驚き、手を止めてもう一度隣を見てみたが、満月は無表情のまま視線を下に落とし、靴を履き替えている。
「昨日はお昼休みも放課後も違う女の子と仲よく話して、それで今日はラブレターって。……最近、モテ期みたいだね」
目は合わないまま、次いで皮肉っぽい台詞をぶつけられた。
昼休みのことはともかく、なんで放課後に紅羽と話してたことまで知られてるんだ……。
見られてしまっていたのだろうか。
白羽や紅羽のことを完全に誤解されているのはわかるが、事情が事情だけに説明の仕方がわからない。
この様子じゃ聞く耳を持ってくれるようにも、思えない。
……ただ、ひとつ言えるのは、断じてモテ期ではないということだ。
「これは、全然ラブレターじゃねえんだけど……」
いま俺が持っている手紙が恋文なら、あまりにも、屈折しまくっている。
上履きを取り出しつつ否定を呟いた俺に、満月は目を眇めた。
「嘘とか……、べつにつかなくていいから」
「いや、嘘じゃなくて! むしろ真逆──」
────バラバラバラッ!
と音を立て、突如として無数の画鋲がまきびしのように俺の足元に散らばった。
どこからか?
……俺が取り出そうとした、俺の上履きの中から。
「「…………はっ…………?」」
俺も満月も唖然として、思わぬ重力に落っことしてしまった上履きと一緒に、地面に散らばった小さな器具たち──もとい凶器たちに、釘付けになった。
「……なに、それ……なにしてんのっ?」
「えっ? こ、これ俺が生み出したの?」
「ばかっ、待って
「ハイッ」
焦った声で制止され、俺は躾を施された犬みたいにその場で固まった。
……な、名前。
呼ばれたの、いつぶりだ。
俺にはストップを命じておいて、満月は画鋲を蹴散らして迷わずこちらへ歩み寄ってくる。
接近する距離に呑気にどきりとしている間に、持っていた手紙を乱暴に分捕られた。
「あっ、ちょ」
声を上げた時にはすでに、満月は手紙を開いて二行の文章を読んでしまっていた。
彼女の顔が愕然とした表情に変わる。
「はあっ……? なにこれ、きもっちわる……!」
「お、俺が書いたんじゃねえからなそれ」
「んなことわかってるからっ!!」
「ごめんなさい」
八つ当たりみたいに激怒された。
久々に元カノとちゃんと(?)言葉を交わせたことに動悸と動揺が止まらない俺とは対照的に、当の元カノは手紙に書かれていた内容と足元の画鋲にしか気を取られていないらしい。
……ちなみに、俺に届いた手紙の内容はこうだ。
────────────
ぼくの天使に近づくな
お前を絶対に
────────────
まず、どう読んでもラブレターの類ではない。
果たし状──というほど実直でもなく、状況を鑑みて言うならば、脅迫状の類だった。
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