第25話 末妹は人前でも誘惑する
なんと廊下の角から、
コッワ!?
「はっ? なにっ……お、お前ら、見て……!?」
「見てた見てた。ばっちり見てた」
里砂ちぃがなぜか鋭い眼光と刺々しい声で認める。怖い!
「どこから!?」
「
今度はショートボブに青縁眼鏡がトレードマークの堀池さんがにこにこと笑って答える。
普段はおっとりしたキャラのはずなのに、なぜかいまは目元がほの暗い。
ゴゴゴ……とバックから地響きが聴こえてきそうだ。怖い!
ただ、褒め合っているところから──ということは、その直前の『家を出る前に弁当を渡せなかったから
危機一髪、一発アウトは免れたらしい。
そこは、心底ほっとした。
……のも、束の間。
「“付き合ってた幼馴染の人”の話聞いて、
「…………え?」
これでもかというほど怒気を孕んだ里砂ちぃの、そのひと言に、思考停止した。
交際期間は中三から高一までだったから、時雨と里砂ちぃはもちろん、高校からの付き合いである堀池さんも、現在の俺と満月の微妙な
……満月も、聞いてた、のか?
俺と
──『同じクラス……だけど、俺とあいつが気まずい仲なのは知ってるだろ? 話すどころか目も合わねえし、あいつにとって俺は、空気らしいから。たぶんいてもいなくても同じだと思われてるよ』
……俺の台詞、余計でしかねえっ……!!
「あーあ、知ーらねっ。元カノの前で他の女といちゃつくとかどんな神経してんの? お前には幻滅したわマジ」
「ど、どこがいちゃついてたんだよ! っつーか、百歩譲ってお前らが聞き耳立てにくる出歯亀気質なのはわかるけどっ」
「オッメ失礼だなどつきまわすぞ?」
「でもそこに満月までついてくるなんて思わねえじゃん!!」
「はいはい言い訳言い訳~。戻ろ戻ろ~」
無慈悲すぎる!!
聞く耳も持たないという態度で、青筋を立てた里砂ちぃとその背中を押す堀池さんが、さっさと廊下を引き返していく。
取り付く島もなく青ざめていると、さっきからひと言も発していない時雨が、背後から鬼気迫る表情でガシッと肩を掴んできた。
……マ──ジで面倒な予感しかしない。
「お、お前の弁当……
「うぐっ、それは、だからっ……白羽とは、ちょっとだけ親しいの!!」
「ちょっとだけ親しい関係で弁当なんか持ってきてくれるかよ!! ……ってか、さっき」
時雨のギラギラと血走った目に圧倒される。
さらなる面倒な予感に襲われる。
「く……『紅羽にもお礼言っとく』って、言ってなかったか……!?」
的中した。
や……っぱ最後の聞かれてた~~!!
「い……言ってない言ってない、マジで言ってない絶対言ってない」
「お、おまっ、お前な!? はぐらかしてんじゃねえぞ!? なにちゃっかり新入生の美少女たちとお近づきになってんだよ!? お前は生涯
「うううるっせ……!!」
未練たらったらとか女々しい男とか言うなよ!!
事実だから傷つくだろ!!
廊下を引き返す道中、しつこく問い詰められても精一杯しらを切りとおした。
白羽とも紅羽とも、親しいどころか
こちらは家族としての距離感を定着させようと必死に頑張っている真っ最中だというのに、おかしなふうに勘繰られるのは真っ平御免だ。
教室に戻れば、時雨もこれ以上騒いで得られるものはないと悟ったようで、なにも訊いてこなくなった。
その代わりめちゃくちゃガン飛ばされたけど。
……しかしそれ以上に、里砂ちぃたちのグループからの鋭い視線が、ずーっと背中に突き刺さっていた。
俺は尋常でない居たたまれなさに苛まれながら、昼休みを過ごすのだった。
──それでも紅羽の手づくり弁当は、品数が多く色鮮やかでバランスも抜群で、そして冷めていても針の
※ ※ ※
紅羽の弁当で補給したエネルギーで午後の授業を乗り越え、時は放課後。
「──おにぃちゃんっ」
……心臓が止まるかと思った。
後方から突然可憐な声をかけられたことではなく、学校の正門を出たところで、その呼び名を口にされたことに。
「おにっ、ちょっ、呼び方……!」
慌てて周囲を見回しつつ、振り返って注意した俺に、
「はわ! そうでしたっ……!」
駆け寄ってきた紅羽は両手の先で口元を隠し、ぱちぱちっと大きな瞳を瞬かせた。
なんっだそのリアクション? 意味わかんないくらい可愛すぎるな。
……けど、なんかわざとらしいな……?
幸い、近くには誰もいなかった。
驚いた顔だけしといて紅羽は見渡していないところを見るに、あらかじめ人がいないのを確認してから呼んできたに違いない。
「結構、悪戯好きだよな、紅羽……」
「えへっ。ばれちゃいましたね」
……んんんっ……可愛いから許しちゃうな~~……。
「でも……、こうやって話してんのも、周りからヘンに思われねえかな。学校で接点ないし」
「いいんじゃないですか? わたしとも、“ちょっとだけ仲いい関係”ってことにすれば」
紅羽は肩を竦め、やはり悪戯っぽくほほ笑んだ。
……それは今日、白羽が教室に来てくれた時に、俺が苦し紛れに放った言い回しのはずだ。
「白羽から聞いたの?」
「ふふっ、いいえ? 盗み聞きしちゃっただけですよ」
「? ……あ、そうだ。LINEでも言ったけど、弁当ほんとありがとう。全部美味しかった」
とりあえず、正門前の隅に移動し、心持ち小さめの声量で話すことにした。
帰る家は同じとはいえ、いや同じだからこそ、このまま連れだって帰路を歩く訳にはいかないのだ。
「喜んでもらえてよかったですっ。これから学校がある日は毎日つくりますから、登校前に持っていくの忘れないでくださいね」
「それはめちゃくちゃありがたいけど……毎朝だとしんどくない? 紅羽にばっか負担かけんの申し訳ないんだけど」
「そんな、負担だなんてとんでもないです。わたしがやりたいからやってるんですよっ」
「そう……? じゃあ、ありがとう」
「……ふふっ。
たまに生徒がそばを通るからだろう、呼び方が変わった。
いまとなっては、こちらの呼称のほうが若干違和感を覚える。
「律儀……? そうかな」
……ちなみに、生徒がそばを通るたび、すれ違いざまがっつり注目されている。
そりゃこんな可愛い子が立ってたら自然と目が吸い寄せられるよな……。
大丈夫かなこの状況。
幸いなのは、時雨はバイトのためすでに学校を出ているので、鉢合わせる恐れがないことだ。
「そうですよ。ありがとうって、よく伝えてくれます」
「ふつうじゃない?」
「ふつうって、人によって異なるものでしょう?」
まあ、それは、そうか……。
納得していると、俯きがちになった紅羽が、おもむろにこちらへ手を伸ばしてきた。
俺のブレザーの袖部分をきゅっと指先で掴んで、軽く引っ張ってくる。
え?
「陽富せんぱいの、そういうところ。すごく、好きだなぁ……って思います」
一歩分だけ距離を詰め、甘やかな笑みを浮かべて囁いてくる紅羽に、ドクリと心臓が強く反応した。
「紅羽っ……だめ、だって」
「いまここではわたしたち、ただの先輩後輩でしょう? だめな理由なんて、ないですよ」
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