第22話 姉妹はよしよしに照れまくる
椅子から立ち上がり、兄貴面の笑顔でふたりを手招いた。
すんなり許可したわりには若干緊張した面持ちで、彼女たちがこちらへ歩み寄ってくる。
そんなふたりの華奢な身体を、俺は抱き寄せようと躊躇いなく腕を伸ばした────と、見せかけて。
ぽふっ、とただ、それぞれの小さな頭に軽く手を置いた。
「「っ!」」
髪質は違えど、どちらも丁寧に手入れされているのが、やはり手のひらに伝わってくる。
ふたりがぴくりと、少し反応したのも。
そして──。
「よしよし、いい子いい子。ほんと可愛いなあ、ふたりとも」
俺はあたかも幼い子どもを慈しむみたいに優しく、よしよしとふたりの頭を撫でてやった。
どさくさに紛れて、ちゃんと褒め言葉のオプション付きだ。はやくも昨夜の脱衣所でのリベンジを果たした。
俺はやればできる男──いや、やればできる義兄なのである。
それにしても……兄っぽさを意識したあまり、不自然でわざとらしい感じになっちゃうかと思ったら、意外としっくりくるな。
たぶん、本心だからだろう。ふたりをいい子だと思うのも、可愛いと思うのも、
「……俺の妹になってくれて、ありがとう」
異性ではなく妹として大切にしたいというのも、なにひとつ嘘偽りのない、本心だから。
抱きしめるまでしなくとも、ただ頭を撫でてやるだけで、持て余していた庇護欲が満たされるのを感じる。
「……………………」
「……………………」
しかし義妹たちにとっては自然なこととは到底言いがたいようで、ふたり揃って黙り込み、深く俯いてしまった。
お気に召さなかったのかと思いきや、いやがる素振りはまったくなく──耳朶まで真っ赤に染めて、時折こちらをちらりと困ったような上目遣いで見つめてくる。
……照れ、て、いるのだろうか。
照れ屋な
そういや昨夜頭に手置いた時も、なんかちょっと戸惑ってたっけ。
…………正直…………、めっっっちゃくちゃ可愛すぎる。
癒しでしかない。
永遠に撫で続けたいくらいだ。
「うんうん、三人とも上手くやっていけそうでよかったぁ」
俺たちを見守っていた母さんが、手を合わせてうれしそうに安堵している。
傍目からも、ちゃんと
よし。俺の勝ち。
「
「……うん。ふたりとも、すげえいい子だと思うよ。礼儀正しいし、優しいし、家事とかも進んで引き受けてくれるし」
可愛すぎる義妹たちに対して評価が甘くなってしまっているところもあるかもしれないが、非の打ちどころがない、としか言いようがない。
「……でも」
──というのは、表向きでは、の話だ。
それはそれ、として。
「……べつの側面ではふたりとも問題児すぎて、昨日はめちゃくちゃ疲れた」
「「なっ……!?」」
昨夜の、俺の気苦労が闇に葬られるのはちょっと解せない。
ので、紅羽の『なにごともなかった』という虚偽の報告は訂正させてもらった。
勢いよく顔を上げたふたりは、がーん!と効果音の付きそうな表情で俺を凝視してくる。
……いや、ふたり揃ってなんでそんな心外そうな顔ができるんだよ。
こっちがびっくりするわ!
「んっ? えっ? ほんとはなにかあったの?」
「うんんん、それぞれの名誉のためにも詳細は伏せるけど……なんつーか、ある種のカルチャーショックを受けたというか……。でも、ふたりが悪い子じゃないことはちゃんとわかってるし。俺は兄貴だから、寛容な心で受け入れるとしますよ。だから、母さんは安心していいよ。俺は、兄貴だからな」
大切なことなので二回言った。最後はこれでもかというくらい強調してやった。
「お、おにぃちゃん……ひどいですっ。わたしたちのどこが問題児だっていうんですかっ」
「な、なんか、すっごく偉そうにしてるし……っ!」
ら、案の定、反感を買ってしまった。ふたりともむくれた様子で睨んでくる。
しかし「ハイハイ、よしよし」と笑顔で撫でるのを再開すれば、ふたりとも不満げな顔はしつつもおとなしく口を噤んでしまうのだ。
……なんだこれ。あまりにも可愛い。
しかしそろそろ腕が疲れてきたので、名残惜しくもふたりから手を離した。
そんな俺たちをほほ笑ましそうに見ていた母さんが、
「あっ、安心っていえば。陽富がね、姉妹の部屋には鍵つけたほうが安心できるんじゃない?って言ってたんだけど、一応そうしよっか?」
ふと思い出したらしく、ふたりに提案を投げかけた。
ふたりは顔を見合わせ、また例の無言の交信を経て──紅羽のほうが母さんに笑いかけた。
「いえ。お気遣いはうれしいですが、わたしたちには必要ないですっ。おにぃちゃんのことは信用していますから」
「そっか! うんうん、そうだよね。親が言うのもなんだけど、陽富はそういうとこ安心安全の人畜無害系男子だから心配するようなことはないかなって思うの」
「おいおい人畜無害は悪口の域じゃん」
まあ、ふたりが信じてくれているというなら、それはうれしい限りなのだが。
……が。
「……母さん。俺の部屋には鍵つけたいんですけど」
申し出ると、母さんはこちらを向いて目を瞬かせた。
ちなみに義妹たちは俺を見上げてまたがーん!という顔をしている。
「ええっ? 陽富の部屋には要らないでしょ~、男の子なんだから」
「それ男女差別だからね? 男の子だってセキュリティー強化する権利はあるでしょうよ」
冗談だと思ったのかコロコロ笑っている母さんに、苦言を呈する。
こちらは昨夜のこともあり真剣なのだ。
すると母さんはなにかに思い至ったのか、ハッとしたように息を呑み、
「……たしかに、一理あるね。ひょっとすると男の子のほうが、部屋のセキュリティーは重要だったりするのかも……?」
折り曲げた人差し指を顎に添え、探偵ばりに迫真の推理をしている。
ぴんときてないっぽい義妹たちが首傾げてるけど、ろくでもない思考をしてるのは火を見るより明らかだ。
しかしここは否定しないでおこう。同じように神妙な顔で同調する。
「うんうん。そうでしょう。めちゃくちゃ重要でしょう母さん」
「めちゃくちゃ重要ですね息子よ」
「そういうことだから、よろしくお願いします」
警戒心を剥き出しにするつもりはないが、防犯意識を持っておくに越したことがないのは、俺も同様なのだ。
俺は彼女たちと、健全に、家族でありたい。
そのためには、もう──俺のベッドには、義妹ふたりとも座らせない。
昨夜、白羽にはつい『百歩譲って俺相手ならいい』と言ってしまったが、やはりまったくよろしくない。
というか紅羽の暴走によって強まってしまった俺の警戒心が許さない。
家族として馴染むまでは、自分のためにも彼女たちのためにも危なっかしい状況は絶対につくらないぞ──と、俺は固く心に誓うのだった。
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