第21話 姉妹は抱擁を欲しがる

 ※ ※ ※



白羽しらはちゃんっ、紅羽くれはちゃんっ、一日遅れちゃったけどようこそ我が家へ!」


 翌日、朝方に仕事から帰ってきた母さんが、双子姉妹と対面した。

 両手を広げて幼児のようにテテテと歩み寄り、ごくごく自然な流れでふたりをぎゅーっと抱き寄せている。

 彼女たちからの癒しを全身で受けとめているのが傍目でもわかる。


晴芽はるめさん、これからお世話になりますっ」

「よ……よろしく、お願いします……っ」


 紅羽はマイナスイオン全開の笑顔で抱きしめ返し、白羽は硬い表情ながらも頬を赤らめ、母さんの服をきゅっと控えめに握った。

 天使たちかな? 天使たちだな。

 ……昨夜の出来事が嘘だったみたいにな。


 ダイニングの椅子に腰かけている俺は、ほのぼのした三人の抱擁をほのぼのした気持ちで眺めた。

 ……俺も彼女たちと同性だったなら、家族として、あんなふうになんの気兼ねもなくスキンシップを取れていたんだろうか。

 庇護欲を持て余している身なのでガチで羨ましい。

 ……ちょっと妙な言い方をしてしまったかもしれない。断っておくが健全に義妹たちを愛でたいだけであって、ヘンな意味では決してない。


「んんんふたりとも超かぁわぁいぃいぃ〜〜! 母さんずっとずっとずーっと娘が欲しかったの〜~! うちに来てくれて本当にありがとうっ!」


 年甲斐もなくはしゃいでいる点には共感性羞恥が発動しかねないが、母さんが喜んでいるのもふつうにほほ笑ましい。

 娘を欲しがっていたことも知っているから。

 さっきは女性である母さんが羨ましくなったとはいえ、残念ながら俺は娘になる気はさらさらないので、白羽と紅羽が来てくれてよかったと思う。

 そこまで心配はしていなかったが、ふたりも、母さんのことを受け入れてくれたようだ。


「昨日はお仕事でお出迎えできなくてごめんね。トラブルとかなかった?」

「いえ、なにごともありませんでしたよ。おにぃちゃんも優しく迎え入れてくれて、とっても穏やかで和やかで平和な一日でした。ねっ、おにぃちゃん!」


 とんでもなく明るく愛らしい声で不意に呼びかけられた。

 ニッコニコの天使がこちらに視線を送ってくる。


「……………………」


 ……はい?

 と思わず怪訝な声を発しそうになった。いま、なんだって?



 ──『“お兄ちゃん”は──妹に恋をするもの、なんですよ?』


 ……とっても、穏やかで?


 ──『可愛い女の子に縛られて襲われるのって、男の人の夢なんでしょう?』


 和やかで?


 ──『おにぃちゃんが責任を持ってわたしに性教育を施してくれるんでしょう? 知らないことがたくさんなので、男の人のことは隅々まで全部ぜーんぶ、手取り足取り教えてくださいね、おにぃちゃんっ』


 平和な一日?



「おにぃちゃん?」

「……あ~~~~…………うん。ソウダネ」


 どのお口が仰ってんだ──とは思いつつ、もちろん昨夜のアレコレは墓まで持っていく覚悟なので、本心を抑えて当たり障りなく返した。

 しかし隠し損ねた含みを感じ取られてしまったのか、母さんが不思議そうな顔を浮かべる。


「なぁに陽富ひとみ、そのリアクション。……あっ! もしかして羨ましいの~?」

「えっ!?」


 何故バレた!?


「ははーんっ、さては陽富も、何年かぶりに母さんにぎゅーされたいんだなっ!?」

「いや、なんでそっちなんだよ」


 義妹たちの前でひぃちゃん呼びを控えてくれた配慮はありがたいが、その推測は見当違いも甚だしい。

 呆れ混じりに真顔で否定すると、また不思議がられた。


「そっちじゃないの? ……んっ? あ、もしかして、この天使ちゃんたちをぎゅーしたいの?」

「……っ……!」


 抱擁を解いた母さんの台詞に、白羽まで弾かれたようにこちらを見た。

 そのめちゃくちゃ仰天した表情に、ぎくりとする。


「っえ、いや違」

「おにぃちゃんっ、わたしたちのことぎゅーってしたいんですかっ?」


 義妹たちを抱きしめたいなんて我ながら気持ち悪いからちゃんと否定しようとしたのに、紅羽がすかさず目を輝かせて遮ってきた。

 違うそうじゃない、と改めて首を振ろうとしたが──


「遠慮なんて、しなくていいんですよ? 兄として、わたしたちをたくさんでしてくださいっ」


 愛くるしい声で許可を出されてしまった。なんなら推奨までされている。

 とはいえ、いざ本当に抱きしめていい状況になると、いいな~と蚊帳の外から眺めているだけだった俺としては気が引けてくるわけで。


「やっ……紅羽がよくても、白羽がいやかもしれないしな?」

「……わ、私は、……いいっ……」

「あ、ほらっ、白羽はいらないって!」

「そ、そうじゃなくてっ……! 陽富くんに、なら……ぎゅぅってされても、いいっ……!」


 ……正気か!?

 義兄として認めてもいない男に抱擁を許すなんて、これはまた叱ってやらねばならない事案なんじゃないだろうか。

 それとも、母さんがいる手前、義兄を慕う義妹を演じようとしてくれているのか?

 真っ赤になってすぐに俯いてしまったから表情がわからない。読めなさすぎる……!


「ほらっ、白羽姉さんもこう言ってることですし。家族でハグはなんにもおかしなことじゃないでしょう? わたしたちは、おにぃちゃんの妹──なんですから。ねっ?」


 紅羽は紅羽で、溢れんばかりの笑顔で俺に向かって両手を広げてくる。もう、間違いなく可愛い。

 しかし俺を映すその大きな瞳には──挑戦的な色がたしかに、見え隠れしていた。


 これは……確実に、俺を試してきている。

 ここまで言われて断ろうものなら、『あれ? 昨夜わたしたちのこと恋愛対象じゃないって断言してたのに、もしかして異性として意識しちゃってるんですか? あれれ?』みたいな顔されること請け合いだ。

 こうなってしまえばもう、腹を括るしかない。受けて立とう。


 ────毅然とした兄たる態度で、とことんふたりを妹扱いしてやる。


「……じゃあ遠慮なく。ふたりともおいで?」

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