第15話 長妹は柔い部分を押しつける

「……、むー……っ」

「な、なに!?」


 逃げに走った回答なのは認めるが、ちゃんと本心を伝えたというのに白羽しらはは不服そうだ。


「なんか、誤魔化してる感じの答え方っ……。私が……貧乳、だから遠慮してるの……?」

「え!? いや! 違う、そうじゃない、断じて!」

「……む。あんな胸のおっきい美人さんと付き合ってたのに、なんでもいいなんて納得できない……」

「いや、マジで……! 満月みつきは物心ついた時から幼馴染だから容姿もスタイルもあんま関係ないっつーかっ……どちらかというと中身、そうっ、性格とかフィーリングが合うから好きなんだよ!」

「……………………」


 必死に弁明する俺を、ぎゅっと唇を引き結んで、思い詰めるように睨んでくる白羽。

 ま、まだ疑われてる!? どう言えば納得してもらえるんだこれ!?

 まさか『恥じらったり感じたりしてるところを見せてくれるならどんな胸でもいい』とか明け透けに言えるはずもないし!!


「……つーか、ほらっ! 女の子は胸以外にも、柔らかいところなんていくらでもあるだろ!? 二の腕とか、太腿とか……そもそも男と比べれば女の子なんてどこもかしこも柔らかいんだから、そんな気にする必要性っ──」


 中途半端に声が途切れたのは、己の論じている内容が恥ずかしくなってきたから──では、ない。


 白羽がおもむろに俺の手を両手で掴み、そのままなんの躊躇いもなく。

 自身の白い太腿に、むにゅうっと押し当ててきたからだ。


 手のひら全体に、むき出しだからか少し冷たい肌表面の温度と、なめらかで柔く吸いつくような──まるで大きなマシュマロを揉んでいるみたいななんとも蠱惑的な肉感が、ありありと伝わってくる。


「やわらか、い……?」


 緊張した面持ちで、もじ……と擦り合わせるように脚の間を閉じる白羽。

 そのぎこちなくも自然な動きによって、内腿あたりに触れていた俺の指先が、両脚にふにっと挟み込まれて────ああ。


「……………………柔らかい……な」


 否定する余地などない。

 半ば呆然としたまま、答える声が、掠れた。


 白眼視される可能性を恐れずに、先ほど太腿に視線が滑った時の思考を、素直に白状するとすれば。

 白羽は全体的に小さく、もちろん確実に細いほうではあるのだが、しかしそれでいて、二の腕や太腿、おそらく見えない部位なんかも──巨乳に匹敵するくらいの、上質な肉付きの良さが見て窺えるのだ。


 ただ、どうか、言い訳させてほしい。

 これは俺個人の主観というよりは、男なら誰でも無意識に考えてしまうような、あくまで客観的な分析であって──




「っ……えっち……」




「っっっ────……!! !!」


 ────本っっっ当に、申し訳ございませんでした!! !!


 頬を染めた白羽が囁くようにその言葉を──心做しか、ほんの少しうれしそうに──口にした瞬間、まるで心臓をタコ殴りにされたかのごとくものっっっすごい罪悪感が俺を襲った。


「ごめんっ!! いまのは忘れて、マジで……!!」


 我に返った俺は白羽の太腿から即座に手を離し、本日二度目の両手を挙げて降参ポーズを取った。


 っていうか!? もとはと言えば白羽が触らせてきたんだよな!?

 俺から自発的に触った訳じゃないからな!?

 だから冤罪だ──と全力で主張したいところなのだが、一瞬でも邪な本能に支配されたのは事実で、従って白羽から『えっち』と窘められるのも決して不当な処遇ではなく、とどのつまり俺はひたすら懺悔するしか為す術がない。

 兄貴面でおとがいを叩いておいてなんという醜態だ!!


「……忘れないもんっ。私は陽富くんの手をここに押し当てただけだけど、陽富くんがちょっと揉んできたの、ちゃんと感じたもん」

「ちょっ、白羽っ、反省してるからほんとに勘弁して……!」


 丁寧に言語化されると、本能に抗えず不誠実な行為に及んだ愚兄極まりない自分を呪いたくなると同時に、まるで女の子を辱めた罪を陳述されたようでじわじわと頬が熱を帯びてくる。

 マジでこんなの初めてなんだが……!


 しかし猛省しつつ嘆願する俺を見て白羽は、なぜか。


「やだ」


 その猫目をすうっと上機嫌に細め、とびっきりに楽しげな笑顔を浮かべてみせたのだ。


 意外な表情と、はじめて唇から覗いた可愛らしい八重歯に、俺は虚をつかれた。

 それは、スーパーで目にした、紅羽の話をしている時のような穏やかな微笑ではなく。

 めちゃくちゃ満足げで、なんとも愛らしくて──それでいて悪戯っぽさを存分に含んだ、言うなれば、小悪魔のような表情だった。


 少なくとも今日会ったばかりの頃なら絶対に見られない、気を許している相手にだけ向ける一面にしか、思えない。

 ……なんて、自惚れ、だろうか。


「……へへ。よかっ、たぁ……」


 初めて目の当たりにした表情に動揺していると、白羽は笑みを浮かべたまま少し顔を俯かせ、徐々に瞼を閉じていった。


「……とに、なっちゃ……ら、もう……んなのことして、……らえないのかと、おも……」


 ところどころ聞き取れないほど静かに声を落とし、ゆっくりと俺の肩に頭を預けてくる。

 ふわりと鼻腔をくすぐる、シャンプーの甘やかな香りが、強まる。


「し、白羽? 俺さっきちょっと汗かいたから、汚い……」


 戸惑いつつ、声をかけている途中で気づいた。

 ……すやすやと、寝息を立てているのが微かに聞こえてくる。


 ……………………えっ?

 寝ちゃっ……た?

 この体勢で? 数秒前まで会話してたのに? そんなことある!?


 急な寝落ちに唖然とした……ものの、まあ慣れない環境やら引っ越し作業やら義兄とのコミュニケーションやらで相当気疲れしたんだろうことは容易に想像がつくし、起こすのも忍びない。


 し、しかし、どうしようか……?

 ちゃんとベッドに運んで寝かせてやるべきだが、無断で義妹たちの部屋に入るのもかなり気が引ける。


 ……ああそうだ、紅羽くれはに──



「────おにぃちゃん」



 脳内に彼女の顔が浮かんだのと、実際に彼女の声が届いたのは、ほぼ同じタイミングだった。


 全開にしたままのドアの、手前。

 白羽よりも丈の長い真っ白なネグリジェを身に纏った紅羽が──廊下の暗がりから、こちらを無表情で見つめていた。



「おにぃちゃんの部屋で、白羽姉さんとふたりきりで。……なに、してるんですか……?」

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