第14話 長妹は胸の好みが気になる

 白羽の表情は、驚いたまま変わらない。こんなことを言われるなんて思ってもみなかったんだろう。

 ならばなおさら、俺が心配してる理由がどうか伝わってほしい。


「とにかく、頼むからもっとちゃんと、自分が可愛いってこと自覚して。……自分を大切にしてほしい」


 駄目押しで真面目に続けると、白羽は大きく目を見開き──みるみるうちに湯気が出そうなくらい顔を紅潮させた。

 俯いてふるふると小刻みに震えているのは、羞恥からなのか怒りからなのか……。

 かと思うと、きゅっと震える唇を引き結び、俯いて俺の腕を両手で掴んでくる。


白羽しらは?」

「ひ……陽富ひとみくんに、なら、いいんでしょっ……?」

「え、……いやまあ、そう……なんだけど、それも百歩譲っての話であってですね……?」


 俺が義妹に──というか彼女でもない女の子に手を出すなんてことは、天地がひっくり返ってもあり得ないと断言できる。

 俺が白羽を可愛いと思うのも、飽くまで兄貴の立場としての感想だし、いわゆるは起こらない。

 厳密には、起こってしまわないように意識を逸らしている、のだが。


 ……仮に相手が彼女みつきだったとしても、同意を得ない限りは──ほとんどなにもしなかったのだ。


「……じゃあっ……、大丈夫だもん」


 だから、そこはまあ、白羽の言う通り大丈夫……ではあるのだが……。


「薄着で会うのも……、ベッドに座るのも、陽富くん相手だけだもん。……陽富くんにしか、こんな……大胆なこと、しないもんっ……!」


 白羽はちょっと怒りの混じったような、消え入りそうな声で呟き、俺の腕をぐいぐい強めに引っ張ってくる。


「だから、隣、来て……」


 ……ん、んんっ……?

 分別はちゃんとできる、ということ……だろうか。

 なるほど、だったら、俺の忠告は余計なお世話だったのかもしれない。


「……お、おお……?」


 何とはなしに引っかかりを感じつつも、決して確信的ではないので、あえて言語化するのも躊躇われる。

 それはそうと、白羽なりにいまの自分の言動が大胆だと理解してくれていることには、ほっとした。

 もし無自覚でやっていたらこんな危なっかしいことはない。


「それで……、えっと、どしたの? なんか話があるとか?」


 俺相手ならいいと言ってしまった手前、ヘンに避けるほうがおかしいかと思い、促されるまま隣に座った。

 とはいえ適切な距離は空けている。

 白羽の様子からして、用もなく部屋を訪ねてきたわけではないだろうと問いかけると。


「…………っ」


 いまだ頬の赤みが引かないままの白羽は、途端に表情にわずかに緊張の色を走らせ、視線を彷徨わせた。

 パーカーの合わせの部分をぎゅっと掴んでいた手が、心を落ち着けるように胸に押し当てられる。


 彼女の手のひらは、そのまま。

 自身の胸の輪郭を這うように──するり、となだらかに滑り落ちた。


 その動きを目にしてしまい、どきりと思わず動揺した俺を、白羽は恥じらいからか熱の篭った瞳で隣から捕らえてくる。

 そして。



「ひ、陽富くんは……、胸のおっきい女の子のほうが、すきなの……?」



 投げかけられた爆弾──もとい、その質問の意味を理解するのに、まる五秒を費やした。

 き、聞き間違い……じゃ、ないよな?


「む、胸っ……!? 突然なにを言いだすの、白羽さん……」

「だってっ……陽富くんと一時期付き合ってたっていう幼馴染の人、……胸、おっきかったもん」


 そ、そりゃまあ……デカいほうだけども。あと形も綺麗……。

 いや、じゃなくて! なんでそんな話を俺にする!?

 てか白羽も初対面の同性の胸とか見るんだ!?


 いろいろツッコミたいところはあるが、こういうのはどういうつもりで見るかが問題なのであって、白羽は満月に対して微塵もやましい気持ちがないからこんな話題も口にできてしまうんだろう。

 その話題を振られる俺としてはたまったもんじゃないのだが!


紅羽くれはも、胸すっごくおっきいでしょ……? 触るとふにゅふにゅで気持ちいいし……」

「……………………」


 同意を求めないでほしいし、さっきまで紅羽と一緒に風呂に入っていた白羽の発言だと思うと、めちゃくちゃリアクションに困る。

 冷や汗を流しながら黙するしかない俺に、気づく由もなく白羽は続けた。


「でも私は、そんなにないから……。やっぱり、男の人からしたら、おっきいほうがいいの……?」


 本人は至って真剣に悩んでいるようで、その声は力ない。


 たしかに白羽と紅羽は、体つきすらも似ていない。

 紅羽のほうが五センチほど背が高いし、腕や脚は華奢ながらもすらっと長く、胸もなんというべきか……、とにかくとてつもなく女性っぽいスタイルをしている。

 対して白羽は、背が低めだからか全体的に小さいイメージだ。胸の膨らみも傍から見る限りは控えめで、しかし、それでいて──。


 ネグリジェの裾から露わになった、白い太腿へと視線が滑ってしまい、慌てて顔を背けた。


「んんんっ……。そりゃあ本来男にはないものだから、そういう肉付きの良さにはどうしても憧れたり、夢みたりしちまうもんだけど……。でも、好みなんて人それぞれだし、身体がすべてな訳でもねえし、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかな……?」


 白羽に将来できるであろう彼氏のことを考慮し、最大限、言葉を選んだ。

 世界は広い。好みのタイプなんて十人十色、多種多様。巨乳が苦手な男だって世の中にはいるのだ。


 ただ、兄の立場から理想論を唱えるとすれば──白羽の内面を好きになってくれるやつにとって、胸の大きさなんて些末なことなんじゃないかと思う。

 というかそういう、スタイル云々より中身のほうを重視してくれるやつじゃないと、義兄としては嫁にやるどころか恋人としても認めない所存である。


「……陽富くんの、好みは?」


 完全に兄貴視点で考えていたら、白羽が頬を赤らめながら尋ねてきた。


「俺っ? ……俺の好みなんか聞いて、参考になる?」

「な、なるっ……! なるから……教えて?」

「うーん、俺の好みなあ……」


 そう言われると連想されてしまうのは、やはり──幼馴染兼元カノの満月の姿だ。


 別に俺は、仮に満月が貧乳だったとしても、なんら残念に思わないだろう。

 言うなれば、好きな子の身体がタイプ……というやつだ。


 そもそも、俺にとって重要なのは大きさや柔らかさよりも、触れた時に彼女がどんな表情で恥じらってくれるかとか、どんなふうに感じて反応してくれるかとか、そういうことであって────ってこんな生々しいこと義妹相手に言えるかあああ!! !!


「好きな子の胸ならなんでもいいよ! 俺は!」

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