第13話 長妹は大胆に接近する

 ※ ※ ※



 姉妹間の仲はめちゃくちゃいいんだと思う。


 二階の部屋はそれぞれ各人に用意していたのだが、彼女たちは一室を勉強部屋、もう一室を寝室として両部屋をふたりで使うことにしたらしい。

 しかもベッドはクイーンサイズを一床しか持ってきておらず、訊いてみれば前の家でもずっとふたり同じベッドで寝ていたのだとか。

 極めつけとして、いまふたりは一緒に風呂に入っている。


 双子姉妹って、こんなにも生活環境や時間を細やかにシェアし合うもんなのか。

 まあ家庭によると言えばそれまでなのだが、なににせよお互いかけがえのない家族であるのだから、関係が良好なのは素敵なことだと思う。



 今夜も日課の筋トレを済ませ、ベッドの上で壁にもたれて座り適当にSNSを眺めていると、コンコンコン……と控えめなノック音が届いた。

 スマホに表示された時刻を確認すれば、ふたりが風呂に入ってからゆうに一時間くらい経っている。


「はーい?」


 返事してドアを開ける。

 その時、嗅ぎ慣れない花のような甘やかな香りに気づいて、──刹那、呼吸が止まった。


 なぜなら廊下には────透け感のある赤の下着姿の白羽しらはが、立っていたから。


 ……いや、違う。寝間着に身を包んだ白羽が、立っていたのだ。

 一瞬、下着姿に見えてぎょっとしてしまったのは、丈が短めのシフォン生地のネグリジェだったからだ。

 惜しげもなく晒された白い脚や腕、から意識的に視線を逸らして持ち上げる。

 やはり日中は黒髪を緩く巻いていたようで、いまはストレートとまではいかないが、ふわりとまとまった髪をしていた。

 薄くメイクもしていたのか、なんとなく、いまのほうが幼く見える。


 ……可愛いな。


 と思ったが、声に出すのは躊躇った。

 言ってほしいと求められるとなぜか逆にもっと言葉にしづらくなってしまう。

 そうでなくとも、風呂上がりの香りを纏った義妹の寝間着姿を褒めるのはさすがに憚られた。


「……………………」

「白羽?」


 ずっと俯きがちに黙り込んでいた白羽は、俺の呼びかけに顔を上げた。

 風呂に入ったからだろう、頬がほのかに火照っている。

 それがさらにあどけなく見せた。


「……あ、の、……部屋、入ってもいい……?」

「え? ああはい、どうぞ……?」


 てっきり風呂から上がったことを知らせに来てくれたんだろうと思っていたが、なにか話でもあるのか。

 そう考えてうっかり了承してしまい、数拍遅れて『……いいのか!?』と脳内で焦った。


 い、いいんだろうか、すんなり部屋に招き入れてしまって。

 なんというか、俺たちの年齢的に。あと白羽の服装的に。

 どこから線引きするべきなのか、どこまで許容していいのか、まだちゃんとわからない。

 家族──とはいえ相手は、血の繋がっていない女の子なのだ。


 こちらがウダウダ考えているうちに、白羽はおそるおそるといった足取りで俺の部屋に足を踏み入れてしまった。

 ……と、とりあえず、部屋のドアは全開にしておくか……。


 というか、白羽のほうも、そんな無防備極まりない格好で実兄でも彼氏でもない男の部屋に立ち入るのは如何いかがなものなのか。

 信頼してくれてるってこと、なのだろうか?

 そうだとしたら、それはまあうれしいことなのだけど……でもそれ以上にめちゃくちゃハラハラしてくる……。


「ドア……閉めないの?」


 心配しつつドアにストッパーをかけた俺に、気づいた白羽が尋ねてきた。


「まあ、一応な……。開けといたほうが白羽も安心だろ?」

「……………………」


 苦笑して答えると、白羽はむくれているような照れているような、なんとも形容しがたい表情を見せた。

 そ、それは一体どういう心境の顔だ……? 難しすぎる。

 白羽の表からは見えづらい心の中も、紅羽くれはなら汲み取れるんだろうか。


「そういや、紅羽は?」

「まだ、髪乾かしてる……」

「ああ、そっか。紅羽は髪が長いもんな」

「……………………」


 長さがあると乾かすだけで一苦労だろうに、傷みひとつ見受けられないのだから手入れも丁寧にしているんだろう。

 みんながみんなそこまで頑張ってるのかは知らないが、つくづくすげえな。


 感心しつつ、さっき筋トレしたところだし、ついでに換気もしとこうかと窓を開けた。

 そして傍にあるクローゼットの中から、ハンガーに引っかけていたパーカーを外して手に取る。

 その間、白羽は俺の部屋をきょろきょろと見渡し──あろうことか、ベッドの端にちょこん……と座ってしまった。


 ……なんでよりによって、そこだ!!


 テーブルのそばに座布団あるじゃん!?

 えっ、これやっぱ注意しといたほうがいいの!? ど、どうやって!?

 いや、でも、信頼してくれてるなら下手に触れないほうが……いや、でも!!


 ほぼ下着みたいな寝間着姿で実兄でも彼氏でもない男のベッドに座る危険性を、『え、そんな思考回路してんの? キモ……』というような不信感や不快感を与えず伝えるにはどんな言い回しをすればいいのかと、必死に必死に頭を回転させる俺をよそに。


「か……髪、長い女の子のほうが……陽富ひとみくんは、すき?」


 白羽は自身の、決して長いとは言えない黒髪の毛先を触りながら、思いもよらない質問を投げかけてきた。


「えっ!? 髪? ……特に、考えたことねえけど……?」


 なんでいきなり?

 あ、さっき髪乾かしてるって話したからか……。


「自分の好きな髪型してたらいい……と思うよ?」

「……そう」


 女子全般に対してはなんのこだわりも持っていないから、当たり障りない回答をしてしまった。

 顔を伏せた白羽の素っ気ない相槌に、期待に添う答えではなかったんだろうなとちょっと申し訳なくなる。

 ……が、ぶっちゃけ俺はそれどころじゃないのだ。


「そ、それよりな、白羽──」

「っ、陽富くん」


 とにかくどうにか注意しようと思ったら、遮られた。


「と、となり……きて……?」


 恥じらいつつも、自身のすぐ隣のスペースを小さな手でぱてぱてと叩く白羽。

 に、俺はさらなる豆鉄砲を食らう。


 えっ、もう、マジでなに考えてんのこの子……?

 なにも考えてない、のか? そんなことある?

 つい半日前、うちに来たばかりの時は警戒しまくりだったというのに?


 俺に対しての警戒心を解いてくれているというならそれは喜ばしい限りなのだが、さすがにこのまま、首を縦に振るわけにはいかない。


「白羽。……その前に、心配すぎるからひとつ言わせて」

「え……? っ、わ……」


 俺は手に持っていた自分のパーカーを、白羽の薄い生地から透けた細い肩にそっとかけた。

 洗濯してからまだ袖を通していないから、清潔なはずだ。

 そして白羽の隣ではなく、真正面に正座し、真剣な顔で俺より上の位置にある彼女の目を真っ直ぐに見つめる。


 もう、この際、気持ち悪がられてもしょうがない。

 義理とはいえ兄貴としては、この子の未来のほうが遥かに大切だ。


「白羽、あのな? 百歩譲って、俺相手ならまあいいとしても……、そういう薄着で男のベッドに座ったり、傍に座らせたり、簡単にしちゃ駄目だよ」

「…………へ」


 威圧的にならないよう優しめに、それでいてはっきりと忠告した。

 白羽は案の定、予期していなかったようでしぱしぱと目を瞬かせる。

 内心『えっキモっ』とかドン引かれてるのかもしれない。

 だとしたら超悲しい。悲しすぎるが、我慢だ……!


「少なくとも、付き合うまでは絶っっっ対に、駄目だからな。白羽にその気がなくとも、なにしてもいいだろうって勘違いするような下賎な輩も世の中にはいるから……いやそういうやつらが存在することがまず駄目なんだけど……」


 話を続けながら、なんか兄貴というより父親みたいなことを言っている気がしてきた。

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