第12話 姉妹は可愛いを欲しがる

 ※ ※ ※



 ふたりがつくってくれた厚切りベーコンとじゃがいもと卵の載ったガレットは、驚くほど美味だった。生地にはそば粉を使っているためもちもち食感で腹持ちもいい。

 昼食を済ませてからはふたりは引き続き荷解きに取り掛かり(俺は禁制だったため、せめてもと皿洗いやダンボールの片付け等を引き受けた)、完了した頃には日が落ちる時間帯だった。

 疲れているだろうし夜は出前でもとるかと提案したのだが、紅羽くれはは夕食も自分がつくると申し出た。


「せっかく夕食分の食材も買ってきていただきましたし、料理は趣味みたいなものなので、時間と気力と体力がある時はできるだけつくりたいんです」


 そう言って振る舞ってくれた料理は、醬油ベースにブルーベリージャムとバターを使ったソースの、華やかな味わいのチキンソテーだった。

 はじめて口にした味だったのだが、言うまでもなく抜群に美味しすぎたし、これまで庶民的な家庭料理で育ってきたのにこんな店で出せそうなレベルの料理ばかり食べていたら舌が肥えまくる自信しかない。

 というか、母さんの威厳に関わってしまうのではなかろうかと心配になる。

 褒め言葉のつもりでそう話すと、紅羽は「今日は初日だから張り切りすぎちゃったんです。いわゆる家庭料理も、よくつくりますよ」と笑っていた。



「あ、風呂もうすぐ沸くはずだから。ふたり順番に入って」


 紅羽が食事をつくってくれる限り俺にできるのは片付けくらいしかないなと思いつつ、食器の油をゆすいで食洗機に放り込んでいた俺は、彼女らが荷解きしている間に風呂掃除を済ませてお湯張り予約をしていたことを思い出し、ソファーにいるふたりに声をかけた。


「お先にいただいていいんですか?」

「いいよ、もちろん。あ、シャワーの使い方とか説明しとく?」

「じゃあ念のためお願いしますっ」


 食洗機のスイッチを押してから、彼女らを浴室へと案内する。

 すると洗面所の空いていたはずの棚に、見慣れない大小さまざまなボトルやシート類の入ったピンクのカゴを見つけた。

 シャンプーやボディーソープなんかは自分たちで使っているものを持ってきたと聞いていたが、他にも化粧水、美容液、ジェル、オイル、乳液、スクラブ、バーム、パック、トリートメント……。英語はもちろん韓国語表記の容器もある。

 同じ用途らしきものでも種類が多くて、ちょっとした店が開けそうだなとか馬鹿みたいなことを考えた。


「これ全部、ふたりの?」

「はい、美容用品です。スペース取っちゃって申し訳ないです」

「いや、それは全然構わないけど、女の子ってこんなにいろいろ使うんだな」

「わたしたちは気分や体調に合わせて使い分けてますよ。おにぃちゃんもスキンケアされているのでは?」

「俺はメンズ用のオールインワンのしか使わねえからなあ」

「ふふ、無理のない範囲でご自身に合ったスキンケアをされてるならいいと思います。するのとしないのとじゃ大違いですから」


 にこやかに話す紅羽も、そのやや後方で控えめに俺を見ている白羽しらはも、ニキビやしみどころか毛穴ひとつ見当たらないくらい滑らかで艶やかな肌をしている。触れればさぞすべすべで柔らかいのだろう。

 紅羽は栄養を考えて料理していると白羽も言っていたし、毎日のスキンケアも怠らないのだろうし、彼女らの美貌は一朝一夕で得られるものではなく日々の努力の結晶なのだろうなと感心した。


「元々可愛い上に手間暇もかけてるから、ふたりともそんなに綺麗なんだな」


 どちらかというと自分は無頓着な人間だから、常日頃から継続して気を遣っていることが、とんでもなくすごいことのように感じられる。

 だから、素直に言葉にしたのだが。


 ……直後に、まずかったかもしれないと焦った。

 なぜなら、白羽だけではなく紅羽までも、ぽかんとした表情で俺を見ていたから。


「ハッ、ごめんつい! キモかった!? 俺に言われてもって感じだよな!!」


 同級生の女子に言うのとは訳がまったく違うから案外さらっと口をついて出たが、女の子からしたらセクハラ紛いな発言だったかもしれない。

 というか、上から目線のように思われたかもしれない。

 こちらがそんなつもりなくても、こういうのは受け取り手の解釈がすべてだ。

 口を押さえて謝った俺に対し、慌てたように勢いよく首を振ったのは、白羽だった。


「う、ううんっ!! も、もっと言って、ほしい……っ!!」


 俺が危惧したものとは真逆の答えが返ってきて、今度はこちらが目を見開く。


「お、俺でもいいの?」


 嫌悪したり、しないのだろうか。

 正直、白羽は真っ先に拒絶のリアクションを示しそうなイメージだった。

 好きな男から褒められるのと、血も繋がっていない義兄(しかも認めてない)から褒められるのとじゃ、同じ言葉でもまったく違うはずだ。


「ひ、陽富ひとみくんだからっ……いい、の……」


 消え入りそうな声で言ったかと思うと、耳まで真っ赤になって俯き、紅羽の背を盾にして隠れてしまう白羽。


「お、そ、そっか……? 嫌じゃねえならよかった」


 な、なんか、びっくりするくらいデレてくれたんだが……。

 俺の義妹がこんなにも可愛すぎる。嫁にやりたくないくらい。

 ……という本音はもちろん心に留めておくが。


 紅羽は自分の背後で縮こまる白羽を見てふふっとほほ笑み、それから俺にも笑いかけた。


「わたしも、おにぃちゃんに褒めてもらえてすごくうれしいですよっ。どうして失言したような顔したんですか?」

「いやだって、ほら、よく言うじゃん。女の子は自分のために頑張ってるとかって」

「……ああ。そんなのは、女の子のことなにもわかってない、わかろうともしない無神経な男の人に否定されるのがいやだからですよ? 余計な言葉で傷つけられないよう、心のバリアを何重にも張ってるんです」


 笑顔を浮かべてはいるが、言葉の端々から棘を感じるのは、気のせいじゃないよな……。天真爛漫な彼女の声に怒気が孕んでいるのをはじめて聞いた。

 もしかして、過去にそういう男に傷つけられたことがあるのだろうか、などと勘繰ってしまう。だとしたら許せん。うちの可愛すぎる義妹を。

 ……という本音ももちろん、心に留めておくが。


「そ、そっか。たしかに否定されんのはきついな……」

「はい。もちろん自信をつけたいとか、気分を上げたいとか、自分のための理由もたくさんありますけどね。好きな人に可愛い、綺麗だと思ってもらえたらうれしいから、女の子は自分磨きに励めるんですよっ。なので、褒め言葉はどんどんくださいっ」

「う……うん」


 本当に嫌がられてはいないようで、ほっとしたものの……。

 どんどんと言われても、俺、今日だけで何回ふたりのこと可愛いと思ったかわからないくらいなんだが。

 ことあるごとに可愛い可愛い言ってたらさすがにキモくない? 自分の脳内がキモい自覚はある。


「おにぃちゃんなら、妹を喜ばせるためにたくさん褒めてあげるのも義務ですよっ!」


 言葉に詰まる俺に、紅羽は自分の頬に指をあてて笑顔で追い打ちをかけてくる。

 そんな仕草も当然ながら、愛らしくて仕方がない。


 いままできょうだいはいなかったし、世間一般の兄妹のこともよく知らないけど、まあ、彼女らの気分を害さない──むしろ喜んでもらえるのなら、声にして伝えたほうがいいのかもしれない。

 可愛いも綺麗もポジティブな言葉だし。

 植物も褒めながら育てると瑞々しく成長するというし(?)。


「そう、だよな」


 納得し、ふたりを見据える。

 紅羽も、その肩越しに白羽も、それぞれ期待の籠った可憐な瞳でじーっと俺を見つめてくる。


 本当に、何度見ても天使かと思うくらい、ふたりとも可愛すぎる。

 その本心を、そのまま伝えてしまえばいいのだ、さっきみたいに、なんの気なしに──


「……………………」

「……………………」

「……………………」


 ──っっっいや、改まってみるとめちゃくちゃ言いづれえ!!

 なんか、照れる!!

 さっきよくさらっと言えたな俺……!!


「じゃっ、じゃあこれから、褒め言葉はできるだけ口に出すようにするな……!」


 思えば付き合っていた満月みつきにすら、可愛いなんて台詞、片手で数えるほどしか言えたことがないのだ。

 さすがに、いま面と向かって伝えるには羞恥が込み上げすぎた。


 尻込みした俺は笑って誤魔化すという強硬手段を取り、さあシャワーなどの使い方を説明しようと浴室の扉を開いた。


「……………………」

「……………………」


 ……背中にふたりぶんの不満げな視線が突き刺さっている気がする。

 が、この時ばかりはちょっと……、女の子のことをなにもわかっていない、無神経な男であらざるを得なかった……。

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