第11話 長妹は重いを分け合う

 本人は無自覚なんだろうが、眉を下げて瞳を潤ませての上目遣いが可愛すぎる。……じゃなくて。


 それは、つまり。

 これからも俺を、呼んでくれる機会があるということ。

 ──これからも俺と、関わってくれるつもり、ということ。


 たとえ兄として認めてもらえなくとも、俺にとってはそれだけで、充分すぎるほどうれしい。

 これはもうこの先なにがあっても全力で守るしかない。

 人知れず義妹への庇護欲をさらに強めた俺は、不安そうにしている彼女を安心させるように、破顔した。


「いいもなにも。さっき、そう呼んでくれただろ? 俺、すげえうれしかったよ」


 名前を呼んで、腕を引いて、助けてくれたこと。

 俺の酷すぎる話を聞いても軽蔑せず、おそらくかなりの勇気を振り絞って、嫌いじゃないと教えてくれたこと。

 こんなに優しくて寛大な子が、義理とはいえ俺の妹だなんて、この上なく幸せ者だと思う。

 断固として俺を兄と認めてくれない、ちょっとツンツンしたところすらも愛らしく感じてくる。


「これからずっと、よろしくな。白羽しらは

「~~っ……!」


 だから、いつかは家族のひとりとして受け入れてもらえるように、頑張ろう。


「……や、やっぱり私もっ、荷物、持つ!」


 耐え切れないといった感じで、俺の服の袖から指を離した白羽は、誤魔化すみたいに俺の持つエコバッグのひとつに手を伸ばしてきた。


「えっ? いやいや、重いよ?」


 家まではもう五分もかからないし、兄としてというか男として荷物を持つくらいは当然だから(それに筋トレが日課の俺にとってはさほど重くない)、申し出を断ろうとしたのだが。


 顔を伏せている白羽は手を伸ばしたまま、ふるふるっと首を振った。



「……重いから、……持つの」



 ……なるほど。

 たしかに家族なら、負担も分け合うものだろう。いや、白羽は認めてくれていないのだから、これは俺の都合のよすぎる勝手な解釈なのだが。

 本当に、なんて優しい子だ……。天使すぎにも程があるな……。


「ありがとう。じゃあ、こっちだけ持ってくれる?」

「……うん」


 お言葉に甘え、右手で掴んでいたエコバッグの片方の持ち手だけを、白羽に引き受けてもらった。

 つまりひとつのエコバッグを半分ずつ持っている状態だ。

 俺は左手にも持っているし、重量的にはそこまで変わらないものの、白羽の心遣いがなによりうれしいので結果ゼログラビティー状態である。

 ドーナツは穴が空いているからカロリーゼロとかいう理論と同じだ。


 俯きがちに隣を歩く白羽の、肩につかないくらいの長さの黒髪が、一定のテンポで軽やかに揺れている。

 彼女を眺めながら、俺は再度既視感を認めた。


 やはり────去年の夏頃に会ったのは紅羽くれはではなく、白羽なんじゃないだろうか。


 ……でも。

 リビングでは勢いで尋ねそうになったが、前に会ったことないか、なんてよく考えたらナンパの常套句みたいな質問だよな。

 白羽が憶えていなかったり、それこそ人違いだったりしたら、せっかく打ち解けてきたところなのにまた警戒されてしまうかもしれない。


 それは、かなりいやすぎる。訊くのはやめておこう……。



 ※ ※ ※



 それから数分ほど、他愛ない会話をしつつ家に着いた。


「──ふたりとも、おかえりなさいっ」


 両手が塞がっている俺の代わりに玄関のドアを開けてくれた白羽にお礼を言い、帰宅すると、階段を下りてきた紅羽が穏やかな微笑で出迎えてくれた。


「たくさんお願いしちゃってごめんなさい。重かったですよね?」

「いや、白羽が手伝ってくれたから全然重くなかった」

「う、うそだっ……。私、荷物半分も持ってないのに」

「ほら、ドーナツはカロリーゼロって言うだろ? それと同じだよ」

「えっ、同じ……えっ!? ど、ドーナツはカロリー高いよ……」

「……ふふっ、よかった! その様子じゃ、ふたり仲よくなれたんですねっ?」


 俺たちの掛け合いを聞いた紅羽は、口元で手のひらを合わせ、ぱあっとうれしそうに明るい笑顔を見せた。

 俺たちが上手くやれているか心配してくれていたのかもしれない。

 紅羽の言っていた“おにぃちゃんアピール”は、あまりできなかった気がするが。


「俺はなれたと思ってるんだけど、白羽は?」


 靴を脱いで上がりかまちに足を踏み入れながら振り返る。

 俺とちゃんと目が合うなり、白羽はややびっくりした表情を浮かべ、真っ赤になって顔を背けてしまった。

 そのあと、おずおずと人差し指と親指の間にほんのわずかな隙間をつくり、


「ちょっと……だけ」


 程度を表し、小さな声で答えてくれる白羽。

 ……こんなふうに言ってはいるが、じつは彼女は俺のことを嫌いではないのである。

 好きとも言われてないけど。嫌われてないのであれば全然いい!


「あはは、ちょっとだけかあ」


 なかなか心を開いてくれないところも猫みたいで可愛いな〜と余裕を持って思えるようになった俺は、和やかな気持ちで受けとめた。

 すぐ赤面してしまうのもツンツンした態度も、いまとなっては緊張というよりは照れによるものなんじゃないかという気がしてくる。

 うん、い。全力で守ろう。


「ふふ……。なんだか妬けてきちゃいますね」


 紅羽は俺たちを見て、眉を下げてほほ笑んだ。


 かと思うと、「じゃあ、これから昼食つくりますので、休んでいてくださいっ」とにこやかに俺の両手からエコバッグをふたつとも取り上げてしまった。

 当然キッチンまで持っていくつもりだった俺は、先々歩いていく紅羽に虚を突かれる。


「え、紅羽っ、重いだろ? 俺持っていくよ?」

「いえ、重くてもこれくらいはひとりで持てますよ。言ったでしょう、わたし結構力あるんですっ」

「……………………」


 強がりではないようで、その華奢な身体のどこにそんな筋力があるのかと思うほどしっかりとした足取りでリビングへと入っていく紅羽。

 そんな彼女を、白羽がぱたぱたと追いかけていく。


「紅羽っ、……私も、お昼ご飯つくるの手伝いたい」

「白羽姉さんも?」

「あ、味付けは紅羽にお願いするけど……野菜切ったりとかしたい」

「ふふっ、ありがとうございます。じゃあ一緒につくりましょうっ」


 彼女たちのあとを追って俺もリビングに入る。

 ドアを閉めた時、キッチンにエコバッグを置いた紅羽が、ふわりと天使のごとく柔らかに笑いかけてきた。


「美味しいものつくりますから。おにぃちゃんは待っていてくださいねっ」

「……ありがとうな。楽しみにしてる」


 こちらもちょっと笑って返事をしつつ、胸の奥底で、不安に似たそこはかとないざわめきを感じた。



 ──『重いから、……持つの』


 ──『重くてもこれくらいはひとりで持てますよ』



 ……双子だというのに、……本当に。

 天使すぎる義妹たちは容姿だけでなく内面も、あまりにも、どこまでも似ていない。

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