第10話 長妹は関係を怪しむ
見ると、
「い、行こうっ……?」
ぐいぐいと俺の腕を両手で引っ張り、彼女から遠ざけようと反対の方向へ歩き出す白羽。
強く根を張っていた情けない俺の足を、精一杯の力と気遣いで動かしてくれた。
「白羽……」
お……俺の名前を、白羽がちゃんと憶えてくれている……!
と、またひとつ密かに感激しつつ。
「……………………」
「……………………」
「……っ……」
俺は無意識に、背後の彼女を振り返ろうとして──しかし意識的に思いとどまって、白羽に腕を引かれるまま、その場をあとにした。
角を曲がるまで背中にずっと視線を感じていたが、それも……俺の気のせいかもしれない。
※ ※ ※
「──ありがとう、白羽」
スーパーからの帰り道、
「さっきの……、マジで助かった。なんかもう気まずすぎて、息できなくなるとこだったから」
空気が重くならないよう冗談ぽく笑うと、白羽はふるふると首を振った。
あれから幸い生徒会長さまと鉢合わせすることはなく、また幼馴染と会うこともなく、俺たちは買いものを終えて帰路につくことができた。
「でも、ごめん。ちゃんと否定できなかったから、あいつに彼女って誤解されたかも……」
「そ、それはいいっ……! けど」
い、いや、よくはないと思うけど……。
案外こういう誤解を気にしないらしい白羽は、一度躊躇いがちに視線を地面に落としたあと、意を決したようにこちらを見上げてくる。
「それ、よりも……あの綺麗な人と、ど、どういう関係なのっ……!?」
……こ、これは、俺に関心を持ってくれている……!?
言い回しのせいか、なんか浮気を疑われて責められてるっぽく聞こえるけど!
「あー……うんん」
正直に言うと、あまり触れられたくない話題ではあるのだが、せっかく質問してくれた白羽からの興味を無下にはしたくない。
しばし考えてから、やや重い口を開いた。
「あいつは……、俺の幼馴染なんだよ」
「……おさななじみ……そ、それだけ?」
「いや、まあ……それだけでは、ないのかもな……」
言いづらくて、明後日の方向に視線を飛ばしてついとぼけてしまう。
「……………………」
ちゃんと答えろという無言の圧を隣からひしひしと感じる。ごめんなさい。
明後日に飛ばしていた視線を、力なく地面に落下させた。
「……一時期、付き合ってたんだよ」
彼女──
昔から明朗快活で文武両道だったにも拘らず、たいした個性も特技もない、自他ともに認める平々凡々な俺の告白を受けてくれた満月。
遠くも近くもない、あの頃の思い出が脳裏に蘇ってくる。
最初のほうはずっと舞い上がっていた。
しかしその記憶が最後にもたらすのは甘酸っぱい切なさではなく、鉛のように凝り固まった罪悪感だけだ。
「……………………」
白羽は俺の答えを聞くなり、俯いて口を閉ざしてしまった。
まずい……、義兄の恋愛の話なんて興味なかっただろうか……。いや、そもそも白羽は俺のことを義兄としても認めてくれていないんだった。
話題を変えてこの妙な空気を消そうにも、とっさになにも思い浮かばない。
……あっ。そうだ紅羽の名前を出せば、
「わ、私は」
と思いついた時には、白羽が再び会話の主導権を握っていた。
「んっ?」
「私は、男の人と付き合ったことがないから、よくわからないけれど……。どうして、恋人同士だった相手に、……あの人はあんな、冷たい顔して……」
その疑問はどこか、非難じみた響きを帯びていた。
まあ……たしかに傍から見たら、そう思われるのも無理はないのかもしれない。
……でも、あいつはむしろ、被害者だ。
「それは、俺が悪いんだよ、全面的に……。嫌われるのも当然っつーか」
「……どう、して?」
どうして、か。
話してしまったら、白羽からも白い目を向けられそうな気がするが、ここでまた曖昧な答え方をするのもそれはそれで不信感をいだかせてしまいそうだ。
ふたつにひとつなら、もう腹を括って、正直に打ち明けてしまおうか。
「……──絶対に断れないような状況で告白して、付き合ってもらったのに、……結局、俺から別れようって言ったから」
いま振り返っても過去の自分が愚か者の極みで、あまりにも馬鹿げていて、思わず自虐的な笑みが漏れた。
上手く表情をつくれているかもわからないが。
あの時、自分の欲望を優先させなければ、彼女の中でもうちょっとかっこいい幼馴染として存在できたかもしれないのに。
……などと、そんなくだらないことを考えて後悔する俺は、つくづく。
「あいつにとって、最悪な幼馴染なんだよ俺は」
「……………………」
白羽は目を丸くして、俺を見ている。言葉を失っているようだ。
……やっぱ、こんな男が自分の義兄になるとか、ふつうに考えていやだよな。
「ごめんな、こんなやつが兄貴で……。嫌いになった? ……いや、そもそも白羽は……」
「──っ、嫌いじゃないっ!」
苦笑して言いかけた俺の声を、立ち止まった白羽の強い否定が遮った。
「し、嫌いになんて、……ならないっ、ぜったい……!」
声を上擦らせながらもはっきりと断言され、戸惑った。
確実に失望させてしまう話をしたはずだし、なんなら俺も改めて自分に失望したくらい酷すぎる黒歴史、なのに。
「だからっ、自分を悪者みたいに……言わないで」
頬を赤らめた白羽は白い目ではなく、潤んだ瞳を俺に向けた。
よく見ると、引き結んだ唇は小さく震えている。
……こんなにも、緊張しているのに。
それでも嫌いじゃないと伝えてくれたことに、自分を貶すなと諭してくれたことに、遅れて白羽の言葉の意味を受けとめた俺は、じわじわと胸の内側が熱くなっていくのを感じた。
「し、白羽……」
っ、やばい……。どうしよう。
白羽から嫌われていなかったことが、自分でも引くくらいに、うれしすぎる。
感激のあまり視界までちょっとぼやけてきた。
「それじゃあ……俺のこと、兄として認め──」
「そっそれはやだっっっ!!」
それはやなんだ!? !?
またもや食い気味に、しかもいままでで一番本気の全力拒絶が返ってきて、うれし涙も一瞬で引っ込んだ。
嫌いじゃない、けど、意地でも俺を家族として受け入れるのは断固拒否らしい。
いや、なんでだ!? やっぱ愚劣な人間性で本当は失望させちゃったのでは……!?
「あ、兄として、見ることなんて……絶対できないっ、から」
訳がわからず脳内に大量の感嘆符と疑問符を浮かべていると、白羽は真っ赤な顔のまま──俺の服の袖を、細い指先できゅっと小さく掴んできた。
「……
呼んでくれるのは二度目にも拘わらず、ものすごく恥ずかしそうに、おそるおそる俺からの許可を求めてくる白羽。
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