第8話 長妹はちょっぴりデレる

 ※ ※ ※



 というわけで紅羽くれはからの啓示を受けた俺は、白羽しらはを連れ立って徒歩圏内の業務スーパーへ買い出しに来た。

 紅羽からLINEで送られてきた食材リストは思ったより量が多かったが、お金についてはあらかじめ母さんから三人分の食費を多めに受け取っているから問題ない。


 店内をきょろきょろともの珍しそうに見渡す白羽を見て、気づかれないようほっと息をつく。

 俺と一緒に買いものなんて渋られるのではないかと懸念していたが、家を出る前に紅羽から耳打ちされた話によると、意外にもすんなり引き受けてくれたそうだ。

 まだぎくしゃくしてはいるものの、あからさまに距離を取らないでくれているだけでこちらとしてはありがたい。


「スーパー、あんま来たことない?」


 入口付近に置いてあるカゴを取り、さりげなくを意識して白羽に声をかけると、彼女はビクッと小さな肩を跳ねさせてこちらを振り返った。

 視線を右往左往させてから、ぎこちなく頷く。


「う、ん……、は、はい」

「あ、敬語じゃなくて全然いいよ。それとも、白羽も紅羽みたいに敬語が癖とか?」

「……わ、私は、ちがう……」


 ふるふると弱く首を振る白羽は、なかなか緊張をほぐしてはくれないものの、受け答えはしてくれる。


「じゃ、敬語はなしな?」

「っう……うん」


 少しでも心の壁を薄くしようと笑って押してみると、戸惑いつつも頷いてくれた。

 ……よし。

 拒絶されたことなんてまるでなかったかのように振る舞って白羽とどうにかコミュニケーションをとろう作戦は上手くいっているはずだ。たぶん。

 やはりお嬢さまなのだろう、普段スーパーに来ることがないという白羽は、俺の左斜め後ろあたりをつかず離れずの距離でちょこちょことついてくる。雛鳥の親にでもなった気分だ。


「スーパーで買いものしないなら、飯とかはどうしてたの? 外食とか?」


 購入するものリストをスマホで表示させ、目当ての食材を探してカゴに放り込みながら、自然な感じで質問を続けてやりとりを続ける。

 手分けして探したほうが効率がいいのは自明だが、せめて会話のネタが切れるまでは白羽と一緒にいたい。


「しょ、小学校を卒業するまでは、家政婦さんが用意してくれてた……けど」

「うんうん」

「中学からは、必要なものは全部お取り寄せして……紅羽が、いつもつくってくれてた」

「へえー、中一からずっと? すげえな。俺は料理できねえから、親いないと毎日コンビニとかで済ませてるわ……」


 ……ハッ! なにも考えず自分の話しちゃったけど、白羽にとってはどうでもいいのでは!?

 白羽は人を嫌う前に無関心になる、という紅羽の話を思い出した俺は、慌てて彼女の反応を窺おうと隣を確認して──、


「……紅羽がつくるごはんは……、ちゃんと栄養考えてくれてるし、なによりすごく美味しいから。……楽しみに、してて」



 目を、見開いた。


 てっきり俺の話に興味なさげな顔をしているかと思いきや、予想に反して──白羽はまなじりを下げ、慈しむような、優しいほほ笑みを湛えていたのだ。



 ────天使、みたいだ。



 思わずそんな感想が浮かんでしまうほど、それは清らかで柔らかな表情だった。


 硬い表情や不安そうな表情ばかり目にしていたが、妹の──紅羽のことを考えているときは、こんなにも可愛らしい顔を見せるのか。

 声からもあたたかみが感じられて、どれほど紅羽のことを大切に想っているかが窺える。


 ……なんとなく、安心した。


「やっぱ、姉妹なんだな」

「え……?」

「いや……、すげえ仲いいんだなと思ってさ。ずっとふたりで暮らしてきたんだもんな」


 俺の指摘に、白羽はほのかに頬を赤らめた。

 けれど否定することはなく、素直にこくっ……と頷く。


「うんっ……。紅羽はこんな私のこと、お姉ちゃんとして慕ってくれるから……。勉強も、運動も、家事も……なにもかも全部、紅羽のほうが優れてるのに」


 その台詞には卑下も含まれているのかもしれないが、それよりも紅羽への敬愛を強く感じられた。

 俺は野菜コーナーでビニールに包まれた数個入りのじゃがいもを手に取りながら、白羽に視線を投げかける。


「白羽も、料理はすんの?」

「えっ!? わ、私は……紅羽がすごく疲れてる時は、たまに、つくるけど……。でも、おっ、美味しくない」

「美味しくないって」

「ほ、ほんとなの。自分でも味付けが下手なの、わかる。……なのに紅羽は、いつも笑顔で食べてくれる……」


 そう話す白羽は、笑顔こそ浮かべていないものの、やはりまどやかな空気を纏っていた。

 その様子にこちらもつい笑みが零れる。


「そっか。紅羽の手料理も楽しみだけど、いつか白羽の手料理も食べてみたいな」

「ふぇっ……」


 弱々しい声をあげて、白羽は一気に耳まで真っ赤になった。

 距離を詰めすぎたかなと思いつつも一縷の望みにかけて「いつかつくってくれる?」と押し切るように笑いかけてみると、白羽は上気した顔をやんわり両手で隠しつつ、


「れ、れんしゅっ……する」

「おっ、やった。楽しみにしとこ」


 顔を背けられてしまったが、拒絶はされなかった。

 よ、よかった……! ちょっと打ち解けてきたんじゃない、これ!?


 それにしても、料理しないのは俺だけか。

 負担を偏らせるわけにはいかないし、俺も簡単な品目くらいはつくれるようになっといたほうがいいかな。

 卵焼きとかスクランブルエッグとかゆで卵とか卵かけご飯とかならまだつくれるが。どうだろう、だめかな。だめか。


 会話が途切れてしまい、また横目で白羽の様子を窺ってみる。

 忙しなく視線を行き来させては、パッケージの漬物やキムチをしげしげと見つめている。

 こういうのも実際にあんまり見たことなかったんだろうか。

 ……なんか、好奇心旺盛な幼い子どもみたいだ。


「なあ、白羽。ちょっとお使い頼んでいい?」

「へっ? う……うんっ」

「じゃあ、そうだな、ブルーベリージャムと、無塩バターお願いしていいかな」


 スマホに表示されたリストから手頃な品物を指定する。ジャムとバターなら同じゾーンにあるはずだ。

 いつか白羽ひとりで買いものに来ることもあるかもしれないし、ついでに自由にスーパー内を探索してもらおう。

 それから……。


「念のため、連絡先交換しときたいんだけど……」


 紅羽とは家を出る前に交換していたが、白羽とはまだだ。

 紅羽に尋ねることもできたが、こういう個人情報は本人から了承を得て教えてもらうべきだろう。


「ほら、スーパー結構広いから迷子になるといけないし。それでなくともこれから一緒に住むんだから、連絡はとれるようにしといたほうがいいし!」


 真っ当な理由を並べているはずなのに、断られたくない気持ちが先行して我ながら言い訳がましくなってしまった気がする。

 これじゃまた警戒されるかもしれない……と、深く俯いてしまって表情が確認できない白羽を見て、不安が過ぎったものの。


 ──ずいっ、とスマホを眼前に近づけられた。


「うわっ、なにっ?」

「わ……私の、連絡先っ……これ」


 ……どうやら俯いていたのは、スマホを操作していたためだったらしい。気づかなかった。

 驚いて仰け反ってしまったが、たしかに画面には白羽の電話番号が表示されていた。


「あっ、ありがとう!」

「っ、うん……」


 おおお……すんなり教えてくれた……!!

 家では塩対応の連続だったから、態度が軟化していることにかなり感動する。

 ふたりで買い出しに行く提案をしてくれた紅羽に大感謝だ。


 歓喜に打ち震えながら連絡先を登録した。

 俺から白羽のスマホに電話をかけて、白羽にも俺の連絡先を登録してもらう。

 ついでにLINEの交換もすると、白羽はスマホをじっと食い入るように見つめたあと、大切そうに胸に抱いた。

 ……心做しか、うれしそうに口元を綻ばせている。


「じゃっ……、ジャムとバター、探してくる」

「うんうん、頼むな!」


 ぱたぱたと小走りで去っていく白羽を、笑顔で見送った。

 その姿が見えなくなったあと──ポキポキッとLINE特有の通知音が手元から鳴った。


 確認すると白羽からの通知だった。

 よろしくお願いします、と二頭身の黒猫キャラが笑顔で前足を上げている、なんとも愛らしいスタンプが送られてきていた。


 ……なんっだ、これ。


 目にした瞬間、危うくその場に蹲りそうになった。

 周囲から見たら不審極まりないのでそれはぐっと耐えたが。


「……か、可愛っ……すぎる……」

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