第4話 姉妹は義妹になる

「ついでにふたりとも、ひぃちゃんと同じ高校なんだよ! すごい偶然だよねぇ」

「……あのさ、なんも考えてないはずないだろうけど、高校生の男女をひとつ屋根の下で暮らさせるつもりなのマジで保護者としてどうかと思いますよ」

「うんうん、そこをちゃんと口にしてくれる時点で、ひぃちゃんの倫理観は信頼を置くに値するって裏付けられたから大丈夫だねっ。それに心配しなくても、ひぃちゃんは昔っから盲目的なくらいみつきち一筋でしょ?」

「あーだからもう、その名前出すなって! あと盲目的とか言うな!」


 食器棚の一番上に戻す大皿は引き受けつつ、おもしろがってくる母さんにツッコむ。


 そりゃあ俺は、一般的な倫理観は持ち合わせているつもりだけど……。

 義妹たちの心の安寧のためにも、使ってもらう部屋のドアには一応鍵を取り付けといたほうがいいんじゃないだろうか。

 というか、こちらが受け入れたところで、義妹らのほうはひとつ上の義兄ができることについてどう思ってるかわかんないじゃん……。

 と不安をそのまま零すと、母さんから「ふたりとも快く了承してくれたって先方の秘書さんから聞いたよ~」と返された。

 ……いや伝聞だし。やっぱりあまりにも不安すぎる。


 そんな解消し得ない心配ごとを抱えつつ、あっという間に土曜日を迎えてしまった。



 これまた休日の習慣である朝の軽いランニングを終え、シャワーで汗を流し、身なりを整えたタイミングで、インターフォンが鳴った。

 時計を見ると時刻は九時前だ。

 インターフォンのモニター画面を確認するには、わざわざリビングへ入らなければならない。

 義妹らがやってくるのはこのくらいの時間だとあらかじめ伝えられていたから、自室を出て階段を下りた俺は、そのまま直接玄関へ向かった。


「はあーい、ようこそいらっしゃ──」


 ガチャッと玄関ドアを開け、第一印象は大切だから愛想よく挨拶しようとして──俺は硬直した。


「おはようございます、陽富ひとみせんぱいっ」


 門扉の前にはにこやかな白銀の髪の美少女と。

 その少し後ろに、うつむきがちの黒髪の美少女が立っていた。


 そのうちのひとり──言うまでもなく白銀の髪の美少女──には、見覚えがありすぎた。

 というか、ふつうに名前呼ばれた。

 聞き覚えのありすぎる、あの鈴を転がしたみたいな綺麗な声で。


 天使と見紛うような真っ白なシフォンワンピースに身を包み、長い髪の一部を両サイドで編み込んだヘアスタイルの彼女は。

 つい昨日の放課後、俺に告白してくれた──


「か、カンナギ……クレハさん」


 動揺しつつこちらからも名前を呼び返す。

 そこではじめて、昨夜母さんに義妹たちの名前をうっかり聞きそびれていたことを思い出した。

 一番大事な情報だというのに。


 俺の仰天ぶりに、彼女は肩をすくめてふふっと楽しそうに笑いを零した。

 そして彼女の背後に隠れるように立っている黒髪の美少女も、おずおずと顔を上げてこちらを見てきた。


 強く引き結ばれた唇と鋭く射抜いてくる大きな猫目に、睨まれたのかと一瞬ぎくりとしたものの、よくよく見ると前髪の向こうの細い眉は若干八の字になっていて不安そうな表情だ。

 スラリとしたベージュのブラウスにサスペンダーがついた黒のワイドパンツという出で立ち、肩につかないくらいのミックス巻きのボブで、右耳にサイドの髪をかけている一見クールな雰囲気の女の子だが、両手を握り込んでいて過度に緊張しているのが見て取れた。


 ……ん?

 っていうかこの子も、なんか、見たことある気が……。


「──陽富せんぱいっ!」


 なんて考える俺の思考を遮断するように、カンナギクレハさんが笑顔で一歩前に出た。


「うれしいです、わたしの名前、覚えててくれたんですねっ。……でも、お互い、もうそんな他人行儀な呼び方は相応しくありませんね?」

「え、……あの、ちょっと待って? まさか、妹になるのって」

「ふふっ。──はい」


 彼女は白いシフォン生地を柔らかく押し上げる胸の真ん中に行儀よく手を添え──それはそれは天使のように麗しい微笑を、俺に向けた。


「改めまして、神薙かんなぎ紅羽くれはです。そしてこちらがわたしの姉の、神薙白羽しらは。──今日から家族として、よろしくお願いしますね、陽富おにぃちゃんっ」


 自然な流れで俺を兄として呼んだ、カンナギクレハさん。

 彼女から手のひらで指し示されたカンナギシラハさんも、目を泳がせつつ、ぺこりと小さく会釈してくれた。


「え、ああ……、改めて、俺は天野あまの陽富です……。よろしく」


 目を丸くするばかりの俺は、ぎこちなく頷く他なかった。



 ※ ※ ※



 もしかしなくとも、とんでもないことになってしまったのではないか、これ。

 冷静に考えてやばくないか? こんなことがあり得ていいのか?

 昨日告白してくれた美少女と今日からは義兄妹って、どんなジェットコースターラブコメだよ。


 ……百歩譲って、告白を受けた側の俺はだいぶ頑張れば平静のフリを装えるとして、彼女のほうはどうなんだろう。

 彼女は──本当にこれから俺を兄として、家族として見てくれるつもり、なんだろうか?



「外から見ても大きなおうちだなぁと思ってましたが、広いリビングですね」

「うん、マジで広いよな……。いまは春だから必要ないけど、吹き抜けなぶん冷暖房がききづらいから、設定温度は遠慮なく調節してくれていいよ」

「はいっ、ありがとうございます」


 彼女らを家に通し、とりあえず二階の空き部屋を見せてからリビングに案内すると、ふたりとも部屋を見たときと同じように興味津々に室内を見渡した。

 吹き抜けになっている上、家具やインテリアが少ないから余計に広く見えるんだろう。


 そういえば先週末の休みに母さんがリビングを掃除していたようだが、もしかして新しい家族を迎え入れるからだったんだろうか。

 頼むからそのタイミングで俺にも伝えといてほしかった。

 ちなみに二階の空き部屋も、母さんが事前に綺麗に掃除してくれていたらしい。

 昨日の今日なのでドアの鍵はまだ取り付けられていないが。


「引っ越し業者が来るのはもう少し後だよな。とりあえずソファーにでも座って。お茶かなにか淹れるから」

「はっ、そうだっ。これ、お近づきのしるしに持ってきたんです。甘いもの大丈夫ですか?」


 クレハさんからずっと持っていた紙袋を思い出したように渡された。

 受け取ると、思ったよりずっしりしている。


「甘いものは好きだけど……え、これ高級洋菓子店のやつじゃん」

「えへへっ、自己紹介がてら、わたしたちの好きなものを選びました。わたしはクレームブリュレが、白羽姉さんはホワイトチョコのラングドシャとマカロンが大好きなんですっ。自分たちでつくるくらい大好物なんですよ。すーっごく大切なことなので、ちゃんと憶えてくださいね、おにぃちゃん?」


 話の最後にちょっといたずらっぽい笑みを覗かせた彼女に、不覚にもどきりと胸の内で鼓動が響く。

 あざとさの加減が絶妙で、文句なしに可愛すぎる。こんなの、大抵の男はイチコロだろう。

 ……なんて、そりゃそうだ。彼女は数多の敬意と好意を向けられ、全人類に愛されて然るべき天使なのだから(友人談)。


 こんな子と家族になるだなんて、世の男からすれば身の程を弁えろって話だろう。

 ……ちょっと怖くなってきたから考えるのはよそう。


「ん、わかった。憶えとくよ」


 クレームブリュレ、ラングドシャ(ホワイトチョコ)、マカロン……。なんとも女の子らしい、甘々としたラインナップだ。

 俺でもぎりぎり存じ上げている名称のお菓子でよかった。

 そんなことを考えながら紙袋を持ってアイランドキッチンへ向かい、お茶の用意をしつつソファーに並んで座った彼女らの容姿をさりげなく見比べた。


「えっと、シラハさんとクレハさんは、双子……で、いいのかな?」


 それにしては、どこからどう見てもなにもかもが似ていない──と、さすがにまだ打ち解けていない仲で口にするには不躾すぎるので、事実確認を装った。


「「……………………」」


 暫定双子のふたりが、ただ顔を見合わせる。

 表情は、こちらからはよく見えない。

 会話のない交信のあと、クレハさんのほうが俺を見てほほ笑んだ。

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