第3話 母親は事後報告する
四十過ぎだが、三十代前半でも通用しそうな童顔で、一見頼りなさげな風貌。
しかしこれでも会社では社長秘書をやっているらしい。息子としては想像もつかないが。
「同じ秘書課の若い子が言ってたけど、いまは無骨なマッチョより中性的で色白な細身男子のが女ウケいい時代らしいよ?」
「いや、べつに女ウケ狙ってやってるわけじゃねえから。いいんだよ」
「んもー、せっかく母さん似の可愛い顔に生んであげたのにぃ」
「……母さんのそういう、自分で可愛いってはっきり言えるところは素直にかっこいいなと思うわ」
「わかる~っ! 圧倒的長所だよね。……あっ! ひぃちゃんもしかして、その裸体をみつきちにまた披露するために鍛えてるのかっ!?」
「あーもう、違う違う違う! その名前出すな。あといつも言ってるけどひぃちゃん呼びもマジでやめて」
「えー、やだぁ。可愛いじゃん、ひぃちゃん」
母さんは唇を尖らせながら俺のベッドの端に無断で腰かけた。キシ、と軽く軋む。
ただでさえヒトミとかいうほぼ確実に女と間違われる名前だってのに、あまつさえちゃん付けなんて切実に勘弁してもらいたいものだ。
「で……え、なに? なんか用事ですか?」
座るということはなにか話したいことがあるからだろうと思い、俺は自分の母親と向き合うようにしてカーペットの上で胡坐をかいた。
問いかけると、彼女は「あっ、うん」と改まって姿勢を正し、真剣な面持ちをつくってみせた。
「ひぃちゃん、あのね。母さんね、なんやかんやあって再婚することにしたのね」
「なんやかんやあって?」
「うん、ちょこーっと放っておけなくってね。まあでも、再婚は些末なことでね?」
「うん? どこが? どのへんが些末なの?」
「相対的にもーっと重大な報告があるのです! あのですねぇ、母さんの再婚に伴いまして、双子……の妹ちゃんたちがあなたにできますっ!! やったーっ!!」
「……………………」
満面の笑みを浮かべ、ぱちぱちぱち……と小さな手で拍手する母さん。
双子、のあとの不自然な間が少し気になったが、それよりも重大報告の内容の咀嚼に手間取った。
「…………え、……、……あ、なるほどっ? お、おめでとう……!?」
数秒後に察した俺は、母さんのブラウス越しでもわかるくびれた腹に視線を向けた。
まだ膨らみは見受けられないが……ここに、ふたり分の命が宿っているということらしい……!?
「やっ……ちがっ、違うぅぅっ! なるほどじゃないよぉ!!」
その
耳まで真っ赤だ。なんで四十過ぎの母親のそんなウブっぽい反応を目の当たりにせにゃならんのだ。
さっきまで裸体がどうとか言っていたわりに、自分の話となるとだめらしい。
心の底からどうでもいい。
「ちっ、違うからねっ! オメデタじゃないからっ! 先方の娘ちゃんたちなんですっ!!」
「ああ、そういうこと……。連れ子なのね」
いや、これから夫になる相手を先方とか言う? 取引先かよ。
「そういうことですっ! それでね、今週末からこの家に住んでもらうことになったから。そのつもりでいてね」
「今週末って、え? 今日金曜だけど」
「うん、だから明日かな。引っ越し屋さんももう手配してるはずだし。母さんはお仕事で帰れないから、娘ちゃんたちに会えるのは日曜日なんだけど、先に三人で仲良くなってくれてるとうれしいなぁ」
「母さんのその、決定事項だけ報告して相手に異論があるとは毛頭考えねえところ、マジですげえなと息子はいまかなり愕然としてますよ」
「わかる~っ! 圧倒的長所だよね!!」
わかってねえよ、致命的短所だよ。……とは思っても言えないものである。
父さんがいなくなってからほぼ女手ひとつで俺を育ててくれた彼女には、頭が上がらないところがある。
だから母さんがいい人と出会えたというのなら、再婚を反対するつもりはないのだが……。
それにしても、いかんせん、ツッコみどころが多すぎる。
「そういうのって、ふつうは一緒に住む前に、顔合わせとかするもんじゃないの」
「そうだよね、ふつうは。……でも先方も、娘ちゃんたちともう何年も会ってないらしいの。それでいまさら父親面するのも抵抗あるみたいで、一任されちゃって」
「おいおいおい? それだけ聞くと俺の父親になるセンポウさん、かなり人間性に問題ある印象なんだけど? 会えばちゃんと払拭されるんだろうな?」
「うーん、それがねぇ、名ばかりの父親だからって、いまのところはひぃちゃんとも顔合わせる気はないみたい」
おいおいおいそんなことある!?
なんかもうオブラートに包めねえんだけど、紛うことなき最悪親父じゃねえか。
「イメージが急降下しまくって地中突き抜けた。悪いけどさすがに再婚反対するわ」
「うんん……ごめんね。婚姻届はもう出しちゃった」
「……………………」
絶句した。
決定事項、どころか事後報告かよ。
なんだこれ、なんかのドッキリか? そうじゃなければ自分の母親の神経も疑わざるを得ない。
「……とりあえず、風呂入ってくるわ……」
これ以上まともに話し合える気がしない、というかキャパオーバーしているので一旦整理したい。
あらかじめベッドの上に用意していた着替えを持ち、よろよろとした足取りでドアへ向かう。
「はぁーい、行ってらっしゃい~」
俺のベッドに腰かけたまま、フワッフワに浮ついた声と笑顔で両手を振ってくる母さん。
「……いや。母さんも出てって」
どこの世界に母親だけ残して自分の部屋出る男子高校生がいるんだよ。
※ ※ ※
俺の住む家は結構広めの一軒家だ。
両親は結婚当時子どもを三人つくるつもりだったらしく、それを想定してゆうに二十畳はある広々としたリビングルームと、二階にはこれまた広い個室が三つ設けられている。
両親の寝室は一階にあるため、ずっと二部屋空いているという訳だ。
莫大なローンは父さんの貯金で十年もかからずすべて返済し終えたらしい。
いまでは俺と母さんのふたり暮らし、しかも母さんは仕事柄よく出張に行くので、持て余しているどころの話ではない。
だから突然家族がふたり増えたところで、窮屈な生活空間になるとか、部屋に困るとかの懸念はないのだが。
「……ちゃんと聞いときたいんだけど、その妹になる子たちって何歳?」
湯舟の中である程度の整理をつけた俺は、母さんの重大事後報告をもういっそ潔く受け入れてしまい、明日から一緒に住むという義妹らを迎える心の準備をはじめることにした。
どうせ俺が異論を唱えても覆らないのは確定なのだから前向きに考えたほうがよほど建設的だ。処世術というやつである。
というわけで、義妹となる双子姉妹の基本情報を事前に知っておこうと尋ねてみたところ、
「娘ちゃんたちの年齢? ひぃちゃんのひとつ下だよ〜」
乾燥までひと通りの仕事を終えた食洗器から食器を棚に戻している母さんから、耳を疑う答えが返ってきた。
「え……歳近すぎだろ……」
俺のひとつ下って、つまり高校一年生になったばかりってことだ。
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