第54話 おっさん、迷宮を突っ走る

 クレアさんを抱えた俺は、全速力で都市を疾走する。


 道行く人に当たらぬように、屋根や壁などを伝って。


 そして、あっという間に迷宮に到着する。


「クレアさん、着きましたよ」


「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った」


 ふと気づく、クレアさんが思いきり抱きついていることに。

 当然、あれやこれが当たったり、良い匂いがしたり。

 ……って、そんなことを考えてる場合かっ!

 ただ、お陰で少し冷静になれたか。


「すみません、加減ができなくて」


「い、いや、平気だ。しかし、あれが本気の走りか……よし、では降ろしてくれ。おかげで、傷も塞がった。こっからは、私が案内しよう」


「はい、お願いします。クレアさんの身は、俺が守りますから」


「う、うむ、しかし私だって……」


「いえ、今は装備も充分ではないので。蹴散らします——何が出てこようと」


「頼もしい限りだな……わかった、私は案内に徹しよう」


 そうして、俺たちは迷宮へといき、すぐに一階のワープゾーンに入る。

 そこは地下五階、つまりボス部屋というやつだ。


「ここのボスの注意点……いらんな。ただ、ボスを倒せば増援は終わる。私は防御に徹するので、ソーマ殿は気にせず暴れてくれ」


「わかりました。では、行きましょう」


 重厚な雰囲気の扉に近づくと、自動で開き……中に入ると扉が閉じる。

 そこはだだっ広い白い空間になっていて、見渡す限りのゴブリンと一際目立つ鎧をきたゴブリンがいた。

 あれがボスか……さあ、ささっと片付けてソラの元に向かうとしよう。




 ◇


 ……なんという男だ。


 開始早々に、ゴブリンソルジャーに突っ込んだかと思えば……。


 刀を抜いた時には、もうゴブリンソルジャーの首が落ちていた。


 そのまま刀を振り回し、あっという間にゴブリンも倒してしまったし。


「クレアさん、扉が開きましたよ」


「あ、ああ」


「では、案内をお願いします」


 そうだ、呆けてる場合か。

 私のミスで攫われてしまったのだ、気合いを入れないと。


「うむ、任せてくれ。私が後ろから指示しよう」


「了解です」


 私は脚に力を込めて、足手纏いにならぬように出来る限り速く走り出す。

 そして、洞窟のような迷宮を進んでいくが……。


「グァァ!」


「邪魔だ」


「グゲェェ!」


「退け」


 ……コボルトとはいえ、一瞬で片付けてしまう。

 その華麗な動きは、美しさすら感じる。


「クレアさん! 次は!」


「ここから右回りに迂回した先に階段がある!」


「そうなると時間がかかりますね……この壁を壊せば早くないですか?」


「なに? か、壁を?」


「これって破壊不可能なんですか? もしくは、ダメとか」


「い、いや、破壊はできるとは聞いたことがある。それに、再生するのでダメということもない」


 しかし、それには上級魔法などを使うとか。

 多分、生身の人間では無理だろう。

 そう思い、声をかけようとした瞬間……言葉を失う。


「……へっ?」


「おっ、斬れた。それでは、行きましょう」


「な、何をした?」


 ちょっと目を離した隙に、横にあった壁がなくなっていた。

 まるで、何か鋭利なもので切り取られたように。


「なんかいけるかと思ったので、刀で斬ってみました。これで時間短縮ができますよね?」


「う、うむ……そこを曲がればすぐに階段があるはずだ」


「了解です」


 ま、まさか、壁を切り裂いてしまうとは……。

 ソーマ殿の強さは知っているが、よく武器が耐えられたものだ。

 そんなことを考えていると、すぐに階段に到着する。


「よし、見つけた」


「そーソーマ殿、刃こぼれとは平気なのだろうか?」


「ええ、平気みたいですね。本当に、良い業物を頂きました」


「そ、そうか」


 そういう問題ではない気がするのだが……。

 いや、今はどうでも良い。

 私も、ソラを助けることに専念しよう。





 その後も、ソーマ殿は走り続ける。


 魔物や魔獣が出るが、一瞬で片付けて。


 時に壁を破壊し、罠を物ともせずに。


 迷宮探索に苦労していた私にとっては、信じられない光景だった。


 そして、私の予想より早く地下10階前に到着する。


「ここを降りれば、ソラがいるんですね?」


「あ、ああ、この先の安全地帯にいるはずだ」


「時間は平気ですか?」


「うむ、まだ日付は変わっていない。昼過ぎにあそこを出てから五時間というところだ。普通なら、丸一日か二日かかるというのに……」


「ならば、相手も油断しているはずですね。ここからは静かに行きます。ソラの安全が最優先ですから」


 言葉とは裏腹に、その目からは静かな怒りを感じ……思わず震えそうになる。


 ブライよ……喧嘩を売る相手を間違えたな。


 お主は竜の怒りに触れてしまったようだぞ。

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