第35話 おっさん、好きなことを実感する
香りに吊られたのか、どんどん人が集まってくる。
その間にも、フライパンの数を増やして、同じように焼き上げていく。
「ところで、ソーマ殿」
「ん? どうしました?」
「ここは一応屋台ではあるのだが……値段はどうするのだ?」
「……あっ」
しまった! それは全く考えてなかった!
とりあえず、誰かに食べてもらいたいということしか。
「まったく、考えてなかったという顔だな?」
「はは……すみません」
「無料はいかんぞ? 自分の店ならいざ知らず、ここでは他の店にも迷惑になる」
「ええ、わかってます。ちなみに、一皿どれくらいですかね? 百五十グラムくらいは入れるつもりなんですけど。できれば、安く提供がしたいです」
「ディアーロは価値は低いが、倒すこと自体が難しい生き物だ……そうだな、最低でも銅貨五枚といったところか。スープは、今回はおまけということにしたらどうだ?」
銅貨五枚ということは……前の世界に例えると五百円くらいか?
ワンコインなら、屋台なら悪くはなさそうだ。
ひとまずは、クレアさんの言う通りにしよう。
こういうのは、追追慣れていけば良い。
「ありがとうございます。それでは、そのようにします」
「なに、気にしなくて良い」
「お父さん! 焼けてきたよ!」
「おっと、そうだな」
肉をひっくり返すと、良い焼き目がついていた。
そしたら、蓋をして少し待つ。
「ソラ、今のうちにスープをよそってくれ」
「うんっ!」
「では、私がお金の管理をしよう」
「あっ、すいません……」
思いつきでやってるから、色々と不手際が多い。
多分、久々に料理を提供できるから嬉しいんだな。
「それくらい平気さ……ミレーユ!」
「はいはい、私も手伝いますよ。では、私はお客さんの整理をしますね」
「ありがとうございます」
「いえいえ。ソーマさんは、今のうちに宣伝をしてください」
その言葉に甘え、俺は噴水広場の中央に立ち……。
「みなさーん!只今より、屋台を開店します! 本日のメニューはディアーロです!一食銅貨五枚となりますが、よろしければお食べください!」
「ど、どうする?」
「た、食べてみるか?」
「銅貨五枚なら、そこまで損はしないよね?」
そんな会話を聞きつつ、屋台に戻る。
気がつけば、空には星が出てきていた。
しかし、この広場はとても明るい。
あちこちに街灯があり、それが都市を照らしている。
「そういえば、あの街灯の明かりってどうなってるのですか?」
「ああ、あれか。あれは光る鉱石というやつだ。ダンジョンから取れるもので、あれのおかげで夜の生活が楽になったな。火と違って、火事になる心配もない」
「なるほど……それは便利ですね」
会話をしつつも、肉の様子を確認すると……香草の香りと香ばしい肉の香りが鼻を通り抜ける!
「おおっ! 良い香りだ!」
「こ、これは……良い香りだな。まずは、味見をしないと……むっ」
口に入れた瞬間、野性味のある味が口の中に広がる。
かみごたえもあるが、それが不快ではなく……食べ応えがあるといったところか。
臭みもなし、これなら出しても平気だ。
「お、お父さん! お客さん達きたよ!」
匂いにつられ、次々と人が押し寄せてくる。
「おっちゃん! 買うぜ!」
「俺もだ!」
「私にも!」
「はい! 順番に配るから並んでください!」
「こっちですよー! 邪魔ならないように一列になってくださいねー!」
ミレーユさんが声をかけ、人々が列をなす。
その間に俺は肉を皿に盛り、仕上げのオレンジソースをかける。
「これで完成だ……ディアーロの香草焼き~オレンジソース添え~ってところか」
「お父さん! スープは!?」
「お金を払った人には渡して良いぞ」
「わかったっ!」
ソラがクレアさんの隣に行き、お客さんにスープを渡していく。
それを確認したら、俺が用意した肉を渡す。
ひたすら、これを繰り返していると……。
「うめぇ!」
「臭みがないぞ!?」
「というか、肉が柔らかい!」
「このソースは何かしら!? すっごく美味しいわ!」
よしよし、良い感じだ。
ディアーロの肉は硬くて臭いという定評を覆すこと。
そして、食材を工夫して美味しくする。
それが、料理人の醍醐味でもある。
「こっちにも!」
「早くちょうだい!」
行列ができる中、次々と肉を焼いていく。
そして、予想外に……足りなくなった。
解体屋さん曰く、ディアーロから百キロはとれたと言っていたが。
つまり、七百人くらいは来たってことか。
「すいません! 品切れです!」
「ええー!? まだ食べてないのに!」
「食べたかったなぁ」
「大丈夫です! また後日改めて屋台を開きますので!」
「皆の者、ひとまず解散せよ!」
クレアさんと俺の声に反応して、人々が去っていく。
すると、横にいたソラが地面に尻をつく。
「……つ、つかれたぁ〜」
「ソラ、よく頑張ったな?」
「えへへ……村にいるときも、こうやって働いて疲れたけど……なんだろ? すっごく楽しい気がする……」
「それは多分、充実感というやつだ」
「充実感?」
「自分で決めて手伝って、それを配ってお礼とかを言われただろ?」
「うんっ! 美味しいとか、ありがとうとか……そっか、これが充実感っていうんだ。いつもは嫌々だったし、お礼なんか言われたことなかったから」
そう言い、少し暗い顔を見せるので……串に刺した肉を口に入れる。
「はにゃ!? ……もぐもぐ……美味しい!」
「だろ? 働いた後の飯は格別だからな」
「でも、売り切れたって……」
「元々売りに出す分はな。少しくらい、俺達も食べて良いだろ。クレアさん、ミレーユさんもどうぞ」
二人にも串に刺した肉を差し出す。
「うむ、ありがたく……ほぉ、これは……柔らかくしっとりして美味い。特に、ソースが良い……まさか、あのオレンジを使うことでこうなるとは」
「ほんとですね……臭みがなくて美味しいし、身体が元気になりそうです」
「ヒレ肉を取ってきましたからね……うめぇ」
クレアさんの言う通り、しっとりして柔らかい。
まるで、上品な赤身肉を食べているようだ。
オレンジソースと相まって、爽やかな味わいになっている。
「しかし、これでディアーロの見方は変わるぞ?」
「乱獲されたら困りますかね?」
「それはそうかもしれないが、そもそも警戒心の強い魔獣だからな。それに、倒すのも大変だ。だから、そこまで心配しなくていい」
「それなら良かったです」
すると、串焼きを食べ終えたソラが俺の服を掴む。
「お父さん! すごいね! みんな笑ってたよ!」
「ああ、料理はすごいんだぞ? 美味しい物を食べれば、みんな笑顔になるからな」
そうだ、この久々の充実感。
結局、異世界に来ようと……俺にはこれしかない。
この世界でも、俺は料理人として生きていこう。
~あとがき~
これにて章が終わりとなります。
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