第34話 おっさん、料理を仕込む

 ソラを抱いたまま、広場に向かうと……噴水の前に、なにやら調理台が置いてあった。


 周りには人だかりが出来ており、めちゃくちゃ目立っている。


 ……屋台もあるし、思ったより大掛かりな感じだ。


「あっ、ソーマさん」


「ミ、ミレーユさん、これは……?」


「はは……すみません。頼んだのは良いんですけど、結構大掛かりになってしまって」


「いえいえ、むしろ有り難いですね。これで、いい意味で名前が広められます」


 ここで料理をすれば、それが良いパフォーマンスになる。

 いずれ料理屋を出すときにも宣伝になるかもしれない。


「それなら良かったです。領主の方にも許可は取っているので、好きにやってくださいね」


「ミレーユさん、ありがとうございます」


「いえいえ、これくらいのことはさせてください。では、あとはのんびり見てますね。クレアはどうするのですか?」


「わ、私か? ……邪魔じゃなければ、見ていて良いだろうか?」


「ええ、もちろんですよ。では、行きますか」


 注目を浴びたまま、調理台の前に立つ。

 そして、担いで来たディアーロを乗せる。


「うん、良い解体具合だ」


 血抜きもしっかりされてるし、小分けもされている。

 これなら、俺のやる仕事は大分少なくなる。


「……うん、確かに臭みはある」


 嗅ぐと、獣特有の独特な匂いがする。

 だが、この程度なら平気だろう。

 何より、鮮度が良い。


「お父さん! 何から手伝ったら良い!?」


「まずは玉ねぎをすりおろしてくれるか?」


「うんっ!」


 隣でソラが作業している間に肉を切る。

 今回使うのはロース肉とバラ肉で、それを一口サイズに切っていく。


「できたよ!」


「よし、そしたら玉ねぎと合わせてくれ。そこに、森で拾ったオレンジを絞ると……そしたら、そのまま十五分くらい放置だ」


「それだけなの?」


「ああ、それだけだ」


 すると、様子を見ていたクレアさんが話しかけてくる。


「どういう意味があるのだ?」


「玉ねぎには、肉を柔らかくする効果があるんですよ。あと、オレンジには臭みを取る効果があります」


「オレンジはなんとなくわかるが……玉ねぎはどうしてだ?」


「お父さん! わたしも気になる!」


 ……どうする? 酵素とか言っても話が通じなそうだ。


「玉ねぎの成分……出汁みたいなものが、肉の繊維に染み込むんです。それが、肉を柔らかくしてくれるってわけだな」


「なるほど、それなら少しはわかる」


「うんうん!」


 良かった、これくらいなら通じるのか。

 別に知識チートする気はないし、あんまり知識を広げないようにしないと。


「その間にスープを作ります」


 骨を鍋にいれ、熱湯で湯がいたら……それを一度捨てる。

 もう一度鍋に入れ、きのこと一緒に水から煮る。


「おっ、例の水からってやつだな?」


「ええ、そうです。これで、美味しいスープができるでしょう」


 この拾ったきのこは、解体場で食べられる物だと聞いてある。

 見た目は舞茸に近い感じだし、いい出汁が出そうだ。


「そしたら、オレンジソースを作るか」


「「オレンジソース??」」


「……もしかしてない?」


「私は聞いたことないな」


「わたしもです!」


「……そうなのか」


 ……いや、おかしくもないか。

 日本でも、最初は驚かれただろうし。

 とりあえず、フライパンにオレンジを絞る。

 握力が半端ないので、一瞬で汁を出し切る。


「これと、剥いた皮を足して煮詰めていくと」


 本当なら白ワインなども欲しいが、今はこれで良いだろう。

 まずはシンプルを味わいたい。


「お父さん、お肉を漬ける時間たったよ!」


「おっ、そうか。それじゃ、肉を焼いていこう」


 移動式のコンロの火をつける。

 そこに油を入れ、森で拾った香草と一緒に肉を焼いていく。


「……うん、良い香りだ」


「……ほんとだ、独特の臭みが抜けて良い香りがする」


「良い匂い!」


獣肉独特の香りもしつつ、それが嫌な臭いの手前で止まっている。

これが消臭効果があるオレンジの効果だ。

前の世界でも、消臭スプレーや洗剤として使っていたりしたし。


「……うまそ」


「いやいや、ディアーロの肉だぜ?」


「でも、臭くないわよ?」


 それまで怪訝そうに見ていた人たちも、興味深そうにしている。


 よしよし、デモストレーションは成功だ。


 どうやら、ディアーロは美味しくないという認識らしい。


 それを塗り変えるのも、料理人の楽しみの一つだ。

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