第14話 おっさん、作業をしてたら……弟子を取る?

 その後、泉に浸かり、汚れを落としていく。


「冷たいが気持ちいいな。それに、めちゃくちゃ綺麗だし」


 辺りは緑に覆われ、空には星が出てきて……いっそ神秘的ですらある。

 これで、魔物でも現れなければの話だが。


「……異世界か……」


 よく考えれば、こうして一人になるのはこっちに来て以来か。

 ほんと、どうするかね?


「まずは良き人に出会えたことを喜ぶか」


 これでも、人を見る目はあるつもりだ。

 客商売が長かったし、店を経営する者として交渉もしてきた。

 それこそ、アブナイ橋を渡ったのも一度や二度ではない。


「まずは、ソラのことだな。それが済んでから、自分のことを考えるとしよう」


 幸いにして、料理なら何処にいてもできる職業だ。





 幸い魔物も出ることなく、気持ちよく泉に浸かる事が出来た。


 そしてタオルで体を拭いたら、急いで森を出る。


 すると、すでに火が焚かれ、近くにはテントも張ってあった。


「お父さん!」


「おっと、どうした?」


 飛び込んできたソラを受け止めると、頭をグリグリされる。


「ふふ、帰ってくるか心配だったのだろう」


「ああ、なるほど。大丈夫だ、魔物も出なかったしな」


「そういう意味ではないと思うが……」


「はい?」


「いや、良い。ミレーユ、まずはソーマ殿の髪を乾かしてやってくれ」


「はい、わかりました。ソーマさん、失礼します——ドライ」


 次の瞬間暖かい風が吹き、俺の髪があっという間に乾いていく。


「えっ?」


「魔石にはドライの魔法が込めてある。それを使って、お主の髪を乾かしたのだ」


「なるほど……それで、三人とも泉から帰ってきたときに乾いていたのか」


 いわゆる、ドライヤーのようなものだ。

 しかも魔石……なるほど、異世界ならではって感じだ。


「さて……魔石だが、先ほども言ったが魔法を込められる。このよう生活に便利なので、魔物を倒すことは大事なのだ。その他の詳しいことは……」


「ええ、わかってます。まずは、食事にしましょう」


「ふふ、そうしてくれると助かる。野菜やフライパンなどはあるから自由に使ってくれ」


「わかりました。では、作っていきますね。お二人は、のんびりしててください」


「私は明日の用意をしてますね。クレアは適当にしててください」


「適当って……じゃあ、作るのを見てて良いか?」


「ええ、構いませんよ」


 すると、ソラが俺の服を掴む。


「お、お父さん! わたしもお手伝いできるよ!」


「ん? そうなのか?」


「え、えっと……雑用で下処理とかさせられてたから」


「そうか……じゃあ、手伝ってくれるか?」


「うんっ!」


 迷ったが、ソラの自己肯定感につながると思い手伝わせることにする。


「まずは、野菜を切ってくれるか? 人参、玉ねぎ……後はキノコ類だな」


「が、頑張る」


 クレアさん達が持っていたテーブルの上で、ソラが包丁とまな板を使って作業していく。

 その手つきは慣れたもので、中々堂に入っている……それを喜ぶわけにはいかないが。


「さて、俺はスープを作るか。そういえば、熱湯とかってありますか?」


「ああ、使うと思ってすでに温めてある。何に使うのだ?」


「それをイノブタの骨にかけるんです」


「なに?」


「煮る前に熱湯かけると、いい出汁が出るんですよ」


「ほう? なるほど、料理人の知恵ってやつだな」


「そんな大層なことじゃないですけどね」


 会話をしつつも、骨に熱湯をかけていく。

 すると、隙間に挟まった血が流れていく。

 これが雑味となるので、なるべく取った方がいい。


「そしたら、この骨を水から煮ます」


「なに? お湯をかけたのに、水から煮るのか?」


「ええ、そっちの方が美味しくなるんですよ」


 小さな銅なべに魔法で水を入れて、そこに骨を入れていく。


「お父さん! 切れました!」


「おっ、えらいぞ。じゃあ、そのまま鍋に入れてくれ」


「うんっ!」


「野菜も水からなのか?」


「ええ。基本的に、土から生えた野菜は水から煮た方がいいんです」


 むろん、異世界だから違うかもしれないが……まあ、見た目は一緒だし。

 というか、同じ食材だし呼び方も一緒なのか……よくわからん。


「ふーむ、初耳だな」


「わ、わたしもです。お父さんすごい!」


「いやいや、俺は習っただけだし。それこそ、先人の知恵ってやつだよ」


 それを火にかければ、あとは沸騰するのを待ってアク抜きをするだけだ。

 肉を焼くのは、まだ早そうだ。


「ふふ、祖先に感謝という考え方か……嫌いじゃない」


「まあ、それに近いかと。それより、パンとかはありますか? もしくは、お米とか……」


「コメはないが、パンならあるぞ。あとで、切るとしよう」


「わかりました」


 ほっ、どうやらパンはあるらしい。

 そして、米はない……だが、知らないと言われてなくて良かった。

 ソラが、一生懸命にアク抜きをしているのを眺めていると……。


「それにしても、ソーマ殿は強いな」


「いえ、たまたまドラゴンを倒したからでしょう」


「いや、もちろんそうなのだが……あのオーガを一刀両断した時の太刀筋は、それは見事なものだった。異世界では、剣を習っていたとか?」


「ええ、そうですね。俺の世界には五行の形という剣術がありまして……それを二十年くらいは続けてました」


 俺を育てたおじさんは、剣道の達人でもあった。

 精神を鍛えるという名目で、よくボコボコにされたっけなぁ。


「に、二十年……私がよちよち歩きの頃からか。ちなみに……それは教えて頂くことは可能だろうか?」


「はい?」


「い、いや! すまない! そうだな、剣の技は秘伝とも言う……そんな大事なものを、見ず知らずの私に教えてくれるわけ……」


「別にいいですけど」


「わかってる、私が無茶な頼みを……へっ?」


 すると、クレアさんがポカンとした表情を浮かべる。

 うむ、美人さんはどんな顔でも美人さんなのだな。


「い、良いのか!? しかも、私は女なのに……」


「ええ、俺でよければ。別に、秘伝でもないので。それに女性とか男性とか関係ありません」


 そもそも、前の世界では誰でも習うことはできたし。

 いや、おじさん直伝の技だけは特別だけど。

 すると、クレアさんが俺の両手を握る。


「あ、ありがとう! ソーマ殿!」


「わ、わかりましたから!」


「わわっ!? す、すまぬ!」


 慌てて、手を離す。

 会って間もないが、どうやらおっちょこちょいな女性らしい。


「コホン……まあ、街に着いたら詳しい話をしましょう」


「ソーマ殿、感謝する。これで、私にも師匠が……ふふ」


 師匠……いや、別に良いけど。


 おっさんは異世界にて女性騎士の弟子を取る……なんぞや?

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