第5話 おっさん、魚を食べる

 ぱちぱちと心地いい音と、魚の焼ける香りを堪能しつつ……。


 これからのことに、想いを馳せる。


 すると……少し安心したからか、一気に不安が押し寄せる。


 これからどうする? 俺は何をしたら良い?


 ……さて、どうしたもんか。


だが、まずは……出会ったこの子を優先すべきか。


「一応、確認なんだが……ソラは、これからどうしたいとかあるか?」


「ふえっ? ……したいこと……考えたことないです。ただ、あそこには居たくないって」


「そっか。んじゃ、とりあえずどっかの街でも探すとするか。商人さんが、どっちからきたとかはわかるか?」


「そ、それならわかります! あっちの方から来たと思います!」


「了解。それじゃあ、食べたら向かうとするか」


「あ、あの……」


「うん? どうした?」


「い、いえ……」


 ……おっと、いかん。

 そりゃ、この子も不安だよな。


「まあ、なんとかするから安心して良い。少なくとも、見捨てるようなことはしない」


「は、はい……」


 偶然だったとはいえ、救ったからには責任がある。

 当面の目標は、この子をきちんとした場所に連れて行くことだな。





 その後、ひっくり返しつつ待ち続け……。


「そういえば、喉が渇いてきたな。ソラ、あの川の水はそのまま飲めるものか?」


「は、はい! 山から流れてる水で、村の人達が飲んでたので……確か、誰もお腹を壊したりはしてないです」


「なら平気か。よし、ソラも飲むか?」


「はい!」


二人で両手で水をすくい、口に含む。


「冷たくて美味しいです!」


「うん……美味いな」


いわゆる、天然水といったところか。

料理人にとって、水はとても大事だ。

知らない場所だが、とりあえず飲み水と食べ物が確保できたのは助かる。


「いつも、井戸にある泥水ばっかりでした……」


「……そうか。じゃあ、これからはたくさん飲むと良い」


そういうと、コクリと頷く。


「そういえば、ついでに水浴びもするか?」


「え、えっと……汚いですか?」


「いや、俺は気にしないが……着替えもないし、乾かすのも大変か。じゃあ、あとで街にでも行ったら服を買うか」


「で、でも、お金ないです……」


「あっ、それは……まあ、あとで考えるか」


その後魚の場所に戻り……匂いと勘と、しっかりと両面が焼けたのを確認する。


「よし、良いだろう」


「わぁーい!」


「ほら、熱いから気をつけて食べなさい」


 さきに、ソラに串を渡す。


「へっ? い、良いんですか?」


「ん? どうした?」


「その、先に食べて……あっ、毒味とか」


「いや、違うし。普通に、子供から食べるもんだろ」


 ……全く、こりゃ治すのは大変そうだ。


「……い、いただきます——お、おいひい! あついよぉ〜!」


「お、おい、ゆっくり……いや、いいか」


 ソラは涙を流しながら、必死に魚に噛り付いている。

 俺も飢えていた時に食わしてもらった時、物凄く嬉しかったことを思い出した。

 なので、今は放置するべきだと思い、俺も大きな魚にかぶりつく。


「うめぇな……!」


 ニジマスに似た姿通り、淡白な味わいがある。

 しかし脂はのっていて、ジュワッと口の中に溢れる。

 その身は旨味が凝縮されて、全身の細胞が喜んでいる。


「ん〜!」


 ソラの表情は、幸せでいっぱいだった。

 言葉にせずとも、伝わる……美味しいということが。

 ある意味で、俺が一番好きな顔だ。

 この顔を見たいから、俺は料理人になったんだ。


「美味しいです! こんなに美味しいの食べたの始めてです! ……い、いつも、冷たくなったモノしか食べてなかったから」


「そうか、なら良かったよ。じゃあ、お腹いっぱいになるまで食べような?」


「あ、ありがとうございます……?」


「そうそう、子供は甘えておけば良いんだよ」


 首をかしげるソラに、出来るだけ優しく諭す。

 俺自身も施設を出た後、そうやっておじさんに育ててもらったからだ。

 当時の俺は酷かった。

 街に出ては喧嘩をし、暴れまわり、色々な意味でダメだった。


「……はぐはぐ」


「そうそう、それで良い」


 でも、あの人に引き取られて変わった。

 その時に知った……人っていうのは、関わってきた人間で変わると。

 親に捨てられた俺だが、おじさんには厳しくも優しくしてもらった。

 俺はそのおかげで、真っ当な人間として生きられたし、そうなりたいと思った。

 おそらく、この子は……完全に俺を信用しきっていない。

 俺とて、あの人に引き取られた直後は……当たり散らして酷かったものだ。

 俺も、この子に……何かしらの形で、影響を与えられたら良いと思う。




 ◇



 ……この人は、なんでわたしに優しくしてくれるんだろ?


 食べたこともない美味しい魚を食べながら、そんなことを考えてしまう。


 いきなり空から降ってきた、土方ソーマっていう男の人。


 ドラゴンを倒して、わたしを救ってくれた人。


 その姿は憧れとは少し違ったけど、求めていたヒーローそのものだった。


 さらに、わたしを縛り付けていた首輪を外してくれた。


 それを誇るわけでもなく、わたしに恩を着せる事もなくて……。


 見ず知らずのわたしに優しく接してくれたり、名前をつけてくれたり……。


 本当に、わけがわからない。


 わたしは、人族に優しくされたことなんかない。


 だから、心の中で……ずっと憎んできた。


 言わなかったし、表に出さないようにしてたけど。


 でも、この人は違うのかな?


 美味しいご飯をくれたり、わたしに笑いかけてくれる。


 でも、その理由がわからない。


 子供は甘えるものとか、笑えば良いとか……そんなこと言われたことないもん。


 何か、ほかに目的があるのかな?


 だとしたら何? わたしをどこかに売る? でも、わたしなんか売れるわけない。


 それとも……そういう趣味の人?


 実は最近……村の中の人で、わたしをそういう目で見てくる人もいた。


 こんなガリガリで貧相なのに……本当に怖かった。


 もうすこし、あそこにいたらと思うと……震えが止まらない。


 ……でも、お父さんは違う気がする。


 ううん、違うと思いたい。


 でも、まだ少しだけ怖い。


 だって、裏切られたら……もう、耐えられないから。

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