第4話 おっさん、名付け親になる
ひとまず、少女が泣き止んでから気づいた。
物凄く、今更なことに。
「そういえば、名前はないのか?」
「ふえっ? ないです、その……奴隷だったから」
「そうか。ちなみに、俺の名前は土方相馬だ」
「おじさんの名前……ヒジカタソーマ?」
「いや、そうま…… まあ、好きに呼ぶと良い」
「好きに……お父さん」
「……はい?」
なに? お父さん? いやいや、俺は独身なのだが?
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、謝ることはないが……お父さんか」
「そ、それじゃ」
「いや、お父さんでも良いさ。君の好きなように呼ぶと良い」
多分、この子は不安なのだろう。
それで安心できるなら安いものだ……まさか、お父さんと呼ばれる日がくるとは。
「い、良いんですか?」
「ああ。しかし、君に名前がないのは不便だな」
「……あ、あの! もし良かったら、お父さんがつけてください!」
「お、俺が?」
そんな責任重大なことを、俺がやって良いのか?
こちとら、独身のおっさんだというのに。
いや、たった今お父さんになったのか。
「い、いやですか?」
「……いや、そんなことはない。じゃあ、君さえ良ければ」
「あ、ありがとうございます……嬉しいです」
「おいおい、泣くんじゃない」
「グス……でも」
「嬉しいときは、笑うんだよ。俺は、そう教わった」
「笑う……こ、こうですか?」
少女が、慣れない様子で微笑む。
やはり、子供には笑顔が一番だ。
「ああ、それでいい」
「えへへ……」
さて、安心してもらえたのは良いが……どうしたもんだが。
この子の見た目は、犬みたいな耳と尻尾がある。
女の子だし、可愛らしい方がいいよな?
「うーん……ちょっと考えてもいいか?」
「は、はいっ! えへへ……楽しみ」
まあ……両親はいなそうだし、奴隷だっていうから扱いは悪かっただろう。
仕方ない、しばらく面倒を見るか……まあ、見捨てるつもりもないが。
両親に捨てられたのは、俺も一緒だからだ。
中学に上がる前に、両親が離婚して別々の家庭を持ち……俺は両方から捨てられた。
親戚のおじさんに引き取られてなければ、どうなっていたか。
その人に育てられた俺は、何とかお礼がしたいと迫ったことがある。
その時に言われた……『もし、困ってる人や助けてと言っている人がいたら、その人に返してやれと』
その後、気を取り直して作業を始める。
「さて、まずは木と枯れ葉がいるか」
「わ、わたし、手伝います!」
「……よし。じゃあ、頼めるか? ただし、俺の目の届く範囲にいること」
「は、はい!」
あまり何もさせないのも、また違うと教わってきた。
この子に必要なのは、おそらく自尊心だろう。
自分が存在して良い理由が欲しい……俺がそうだった。
「俺は魚を洗って、河原の石をどかすかね」
適当な葉っぱをちぎり、川の水で洗った魚をおいておく。
次に川から少し離れた場所に、スペースを確保する。
「これでよしと」
「お父さん! 持ってきました!」
タイミングよく、少女が枯葉や木材を持って駆けてくる。
「おっ、良いタイミングだ。ありがとな」
「……えへへ」
ただお礼を言っただけなのに、とても幸せな表情を浮かべた。
どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。
「それじゃ、そこのくぼみに木を並べてくれるか?」
「はい! あっ……でも、火がありませんよ? わたし、獣人だから魔法は使えないし……お父さんは魔法の無い世界からきたって言ってたし」
「大丈夫だ、最悪火の付け方は知ってる。それに、少し試してみたいことがある」
「そうなんですか? ……じゃあ、とりあえず置いちゃいますね」
少女がくぼみに木を置いたのを確認し、その木の先端に指を近づける。
多分、今の俺の身体能力ならできるかもしれない。
俺は親指と中指を擦り合わせて……。
「スゥ——はぁ!」
思い切り弾く! ……どうやら、成功したようだ。
木の先端に火花が出て、徐々に燃え広がっていく。
「わわっ!? すごいです! 火も使わずに!」
「いや、自分でもびっくりした……」
まさか、指パッチンの摩擦で火が付くとは。
できるかなーくらいの軽い気持ちだったのだが……やはり、以前の身体とは違うようだ。
「えっと、そしたら枯葉を足していきますね……よいしょっと」
「それじゃあ、串焼きにするか」
余った木を包丁で軽く剥ぐ。
こうすれば、中は綺麗なので串として使える。
「そこに魚を刺して……あっ、塩があったな」
俺はポシェットの中を探り、そこから瓶に入った塩を取り出す。
最後に店を閉めるときに、調味料の忘れ物を回収していたんだった。
「それって、し、塩ですか?」
「うん? もしかして、塩って貴重か?」
「い、いえ、そこまでじゃないです。ただ、そんな綺麗な塩は見たことないです」
ほっ、良かった。
質はともかく、塩があるなら何とかなる。
「なるほど。とりあえず、少しだけかけると……これで火の近くに置けば、あとは待つだけだ」
「はいっ……ワクワク」
「……クク」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「いや、気にしなくて良い」
少女は興奮した様子で、魚をじっと見つめている。
その姿は、ようやく年相応に見える。
「こ、このあとはどうするのですか?」
「いや、特には決めていないな。まあ、食べる準備をしてからで良い。その前に、名前を決めておくか」
「は、はい……なんだろ」
澄み渡る空を見上げ思案する。
そして、彼女の顔を見たとき、一つの単語が浮かんできた。
「ソラ」
「ふえっ?」
「今日から、お前の名前はソラだ……嫌か?」
今のところ全体的に汚れているが、その青い瞳だけは綺麗に輝いている。
まるで、この澄み渡る空のように。
「い、いえ! ……ありがとうございます! 嬉しいです!」
「おう。じゃあ、よろしくな」
「えへへ、私の名前……お父さんに会えて良かった」
ソラの笑顔を見ながら、自分の不安を押し消す。
当たり前だが、俺とて不安がないわけじゃない。
しかしこの子がいるから、俺は大人のふりをすることができる。
この子は助けられたと思っているかもしれないが……。
本当に助けられているのは、俺の方かもしれない。
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