第3話 おっさん、魚を捕まえる

 ひとまず道があるので、音を辿りつつ、そちらに向かう。


 周りには草原や森が広がっており、本当に大自然って感じだ。


 空気も美味いし、心地よい風も良い。


「というか……ほんと、ここはどこだ?」


「ふぇっ? ……そういえば、おじさんは何処からきたんですか?」


「いや、これがわからん。説明して理解してもらえるかはわからないが、突然穴に落ちて……気がついたら、ここにいたってわけだ」


「そ、そうなんですね。えっと……捨てられてた絵本で見たような気がします。こことは違う異世界から、ときおり人が現れるって。その人は、神に選ばれし者だって」


「神に選ばれし? ……別に誰にも会ってないしな。神のお告げとやらも聞いてないし」


「ごめんなさい、それ以上はわからないです……」


「別に謝ることはないさ。教えてくれてありがとな」


「えへへ……はいっ」


 ほんと、わけがわからない。

 ドラゴンがいたし、耳と尻尾のある女の子もいる。

 ……いや、考えるのは後でいいか。






 そして移動を開始して、十分くらい経つと……。


「よし、見えてきたか」


「あっ! 川です!」


 目の前には大きな川が流れている。

 あとは、生き物がいるかどうか……。


「ん? ……いやいや、そんなわけあるか」


「どうしたんですか?」


「いや、この距離から……川の中にいる魚が見えた気がした」


 今、一瞬……望遠鏡のように、画面がズームしたような気がする。

 そして、十メートル以上離れている川の中が見えたような……。


「そうなんですか?」


「いや、気のせいかもしれない。とりあえず、ここを動くなよ。川の近くっていうのは、獣が来やすい場所でもある」


「は、はい」


 川辺までいき、そこに少女を降ろす。

 ここなら見晴らしの良いので、何かくればすぐに駆けつけることができる。

 そのまま、静かに川に近づくと……視線の先には優雅に泳いでいる魚が見えた。


「さて、見つけたのは良いが……どうやって獲る?」


 近くには見渡す限り小石や枯れ木、遠くには草むらがある。

 釣りに使えそうなものもないし、そんなに時間はかけてられない。


「……昔、ボーイスカウトでニジマスの掴み獲りをしたな」


 その時は岩で囲った生け簀だから、苦労しつつも獲れた。

 しかし、野生で泳いでる魚は別だろう。


「まあ、とりあえずやってみるか」


 なるべく気配を消しつつ、魚から離れた川の中に入り……待つ。

 魚を捕まえるコツは、捕まえるという意思を見せないこと。

 意を見せると、動物は本能でそれを感じ取る。

 剣道で習っていた瞑想を思い出し、その場でじっと待つ。







 ……いまっ!


 視界の端に入ってきた魚を、右手ですくい上げるように対岸へ飛ばす!


「よし! できた!」


「わぁ……! すごいです!」


「いや、自分でもびっくりだよ。とりあえず、もう少し捕まえてみるから待ってなさい」


「は、はい」


 その後、魚が近づいてくるのを待って……合計で4匹の魚を得ることに成功した。

 なので、一度川から上がることにする。


「す、すごいです!」


「ありがとう……いや、こんなに上手くいくとは」


「こう、シュパッで感じで……目に追えなかったです」


「なに? ……ああ、身体能力が上がってるんだったな」


 何も力だけが強くなるってことではないらしい。

 目の良さや反射神経も上がってるということか。


「そ、そうだと思います。ごめんなさい、全然役に立たなくて……」


「まあ、それは後で考えるとして……」


 その時、キュルルーという可愛らしいことが聞こえる。


「……ご、ごめんなさい!」


「……ははっ!」


「ふえ!? な、なんで笑うんですか!?」


「いや、すまんすまん。良いことだ、腹が減るということは生きている証拠だからな」


「……生きてる証拠……わたし、生きてて良いのかな?」


 ……軽々しく応えて良い内容ではないな。

 だが、これもまた……運命というやつなのかもしれない。

 俺も昔、人に聞いたことがあるからだ。


「ああ、もちろんだ。生きてちゃいけない人などいない……無論、悪いことをすれば別だが」


「わ、わたし! 何も悪いことしてないです!」


「なら良いんじゃないか? まあ……とりあえず、飯にするか」


「わ、わたしも良いんですか?」


「ん? ああ、もちろん」


「で、でも、何もしてないのに……」


 ふむ、自己肯定感が低いな。

 多分、そういう生活を余儀なく送っていたのだろう。


「いや、そんなことないさ。川の場所も教えてくれたし、その他にも教えてくれた」


「でも、そんなことは誰でも知ってます……」


「だとしても、俺に教えてくれたのは君だ。それに、目の前でお腹を空かせた子供がいるのに、それを放って自分だけ食べられるほど落ちぶれちゃいない」


「……」


 少女は、まるで何を言われたかわからないような表情をする。

 ……それだけでわかる。

 この子が、どんな扱いを受けてきたのか。


「だから安心していい。この魚は、きちんと分けるから」


「……本当ですか? あ、あとで嘘とか言いませんか……?」


「ああ、本当だ」


「……グスッ……あ、ありがとうございますぅ」


 俺はゆっくり近づき、その頭に手を置く。


 そして、しばらくの間……少女が泣き止むまで待つのだった。








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