第5話 恐るべきテクノロジー

 侍と味噌汁に夢見る未来世界をブチ壊された私だったが、まだ諦めきれなかった。

 この侍風未来人にも、まだ聞きたいことはある。


「……ご職業は? 侍?」

「いや、流石に侍という職はないぞ。

 して、定職には就いておらぬ」

「つまり無職と?」

「まぁ、これよ!」


 言うと侍はスマホを突き出してきた。

 そしておもむろに――。


「切腹!?」

「ありがとうございます。

 日本オケハザマでございます。

 はい。お問い合わせの件につきましては、

 誠に申し訳ございませんでした。

 ええ。申し訳ございませんが、

 AIの指示通りでございまして……。

 ご理解頂き、誠にありがとうございます。

 失礼致します」


 そう言って侍はハラキリスタイルを解いた。


「……今のは?」

「クレーム処理の仕事だ」

「はぁ!? だってさっき無職だって!?」

「働き方革命が起こってな。

 噛み砕いて言えば、AIが経営する企業に誰でもその場で社員となって働き、報酬を得られる社会となったのだ」

「えっ!? いやぁ!? だって!?」

「詳しくはスマホで」

「えぇぇぇ……」


 侍に刀を渡されて、私は恐る恐る検索した。

 それによると、この時代では政府、企業の意志決定は厖大なビッグデータを無数のAIが解析して行っているとのことだった。


「AIに支配された未来!?」

「AIは支配しとらんぞ?

 あくまで最適解を推奨してくれる装置に過ぎん。

 まぁ、ほぼ皆その最適解通りに行動するのだがな」

「いや! 事実上の支配じゃん!!」

「何故そうなる? その根拠は?」

「だって全人類がAIの出した最適解の通りに生きるという事でしよ!?」

「それにより我等は最適な生を謳歌できる。

 だが気に入らねば無視しても良い。

 故に、支配されてはおらぬ」

「……確かに!」


 受け入れ難いが、これは私の懸念したAIによる支配とは違う。

 あくまで超優秀なサポートシステムに過ぎない様だ。


「ふむ。

 むしろ、おぬし等の時代の方が恐ろしいぞ?

 目まぐるしく変化する社会情勢を、限られた知識と経験だけを頼りに組織、運営していくなぞ……。

 それこそ、正に戦国時代ではないか」

「むむむむむ……!」


 確かに言われてみればそうだ。

 業務を把握しきれていない上司に振り回されていた会社員時代を思い出す……。

 落ち度があるからクレームになる……。

 全く落ち度が無ければ、そのクレームは単なる思い込みという事だ。

 この時代のAIは、人類が培った全てのノウハウを活用し、人々の思い込みさえもケアできるらしい……。

 すごいけどさ……。すごいけどさぁ!?


「ロボットが働く社会じゃないのかよ!?」

「ロボットより――」

「コスパ悪いからやめたってんだろ!?

 もういいよ!!」


 実際、ロボットを量産するより人間がAIの最適解に沿って働く方が最も費用対効果が高いとの事だ。

 そういう風に技術発展していったらしい。

 それはまだわかるのだが……。


「……わからん。

 いくらAIが完璧だとしても、人にはそれぞれ能力に差があるはず……!

 だからこそ能力に差が無いロボット達が――!」

スマホを体に当てると、人類の保有する如何なる技術も習熟できるぞ?」

「はぁ!?」

「よし! 表に出ろ!」

「はあ!?」


 侍に促され、私は外に出た。

 出た瞬間にカチッとオートロックの音がしたが、別の誰かがスマホをかざすと普通に入っていった。


「余所見か、余裕だな」

「いや、それほどでも」


 何を隠そう私は柔道黒帯だ。

 未来のエセ侍に負けるなどとは思えない。


「一応言っとくが、私は柔道五段だ。

 素人相手に本気は出せない」

「心配無用!

 なら某も、柔術で手合わせ致そう!」


 そう言って、侍はまたもハラキリスタイルでスマホを腹に当てた。

 多分意味の無いその所作に腹が立った私は、隙だらけの侍に席巻した。

 直後、見事な背負い投げを食らい、動きを封殺されてしまった。


「ま……! まいった……!」


 このエセ侍、滅茶苦茶強かった……!


「この様にスマホを体に当てると、技能は瞬時に習得できるのだ。

 今や人類は、最も若い世代がと最強となった」

「……身をもって思い知りました!」


 実は、スマホの知識で既にわかってはいた事だったのだが、どうしても納得できなかった。

 だって、それなりに長い歳月を費やした武術が、一瞬で労なく得た技能とやらにまるで歯が立たないなど、どうして納得できるだろうか?

 悔しさを通り越して、ただただ呆然するばかりだ。


「……でも、これ。

 脳に危険とか無いですか?

 要は脳と筋肉に刺激を与えて、アスリート並に身体を作り替えるって事らしいけど……」

「ん? 何が危険なのだ?」

「いやいやいや!

 脳の情報を書き換えてる訳ですよね!?

 つまり、本来の自分でなくなるのではないですか!?」

「心配ご無用!

 記憶の改ざんはされんし、そこは首尾よくAIが自意識に影響が出ない範囲でやってくれる」

「いや! いや! いや!

 そんなよくわからないものに体を弄られるってどうなんですか!?」

「なら聞くが、21世紀では車社会だったな?

 多くの人間が自動車に乗っていたが、そのテクノロジーの全容を熟知して操縦していたのは、ごく一部の技術者だけではなかったのか?」

「むむむむむ……」

「物理法則に基づく演算予測もせぬまま、ほぼ直感を頼りに己の力を超える物体を動かすなど、その方が余程危険ではなかろうか?」

「むむむむむ……!」

「医療についてもそうだ。

 外科手術にしても薬品投与にしても、患者は大雑把な概要しか聞かず、医者に命を預ける。

 選択の余地が無かったのであろうが、確信の持てぬ賭けに身を投じておるようにしか見えぬと言わざるを得ない」

「ムムムムム!」

「少なくとも我等は、スマホより用いるテクノロジーについての詳細を把握しておる。

 故により安全で効果的に使用しておるのだ」

「わかった! わかりました!!」

「うむ! わかってもらえて何よりだ!」


 そう、わかってしまったのだ。

 侍に言われた通り、私はその詳細もロクに知りもしないのに危険かもわからない未知のテクノロジーを嬉々として利用した結果、望んでもいない斜め上の未来に行き会ってしまった。

 ついでに、言えば私は未来どころか自分の生まれた時代のテクノロジーについてさえ、よくわからないまま使用していたのだ。

 こんな滑稽な話があるだろうか?


「……私は、もっと過去を知るべきだったかもしれませんね。

 できる事なら、21世紀に帰りたい……」

「帰れるぞ?  スマホがあれば」

「えっ!?」


 驚く私の額に、コンッとスマホの柄が当たった。

 その瞬間、目の前が真っ暗になった。

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