ヤングタイマー ①

季節は夏本番。

アルバイトが非番の凛子と真希はいつものようにカフェ・ゴトーに集まって過ごしている。


課題ラッシュにアルバイト連勤の疲れも重なり、凛子はテーブルの上のアイスコーヒーにすら手をつけずに冷房の風を浴びながら宙を仰ぎ見ていた。


アイスコーヒーの氷が溶け、グラスに結露した水滴がテーブルへ滑り落ちる。意識が太陽系の向こうへ旅立っている凛子をよそに、真希はタブレットでなにやらネットサーフィンをしていたが、不意に口を開いた。

「北海道の夏は短いわよ!カーミーティングに参加しましょ!」

「カーミーティング……どんなイベント?」ボイジャー1号とランデブーしていた凛子が真希の呼びかけで地球圏の重力に引き戻された。

「平たく言えば大きい駐車場や広場とかに集まって、車を見せ合っていろいろ交流しましょうってもの。小樽でオールジャンルのイベントがあるんだって。」

真希はタブレットで開いたイベントのWEBサイトを凛子に見せながら説明する。そこにはブログの告知記事が表示されており、その記事によると今年で3回目の開催となるイベントらしい。


「オールジャンル?」

凛子はタブレットに指を滑らせながら聞きなれない単語の羅列された告知記事に目を通す。

「どんな車でもOKってことじゃない。ペタペタのシャコタンじゃなくて私たちみたいなノーマル車でもってこと。」

アルバイト中の美佳が二人の会話を聞きつけ、横から入ってきた。


「そうそう。で、アワードもあって個人部門とグループ部門があるんだって。とはいっても、個人部門はきっとゴリゴリの改造車が持っていっちゃうけど……グループ部門なら私たちでもワンチャンあると思わない?」

真希は美佳に、ウインクをしながら指鉄砲を撃つ仕草を向ける。

美佳は無言でお盆を盾にして真希をあしらう。

「チャンスって……勝ってどうするのよ。」

「優勝景品はね~、十勝温泉の宿泊券だって!もちろん朝食バイキング!」


バイキングと言う言葉を聞いて美佳の目つきが一瞬で変わった。

「絶対勝とう。私は何をすればいい?セクシーコスプレでクルマの前でポーズ取る?」

「自分のツラとスタイルの良さを理解しているのは感心、だけど田舎のイベントでそんなことやったら炎上待ったなし。」真希が冷静に切り返す。

「ちっ、いいアイデアだと思ったのに。」


「三人ともクルマの国籍もボディタイプも違うから、グループを組むにしても単に女子大生トリオってだけじゃ訴求力がないわよね〜」

「そうだ、前に読んだ雑誌に書いてあったんだけど、私たちみたいな90~00年代くらいの車のことを『ヤングタイマー』って言うんだって。」

「ほう〜、じゃあエントリーするグループ名はそのまま『ヤングタイマー』にしてみない?」

「ヤングタイマー……そう言われるとなんか、ちょっとレトロでカッコいい感じがするね。」


「ヤングタイマーは、ヨーロッパで人気が高まってるね。特にドイツやオランダなんかでは、古さと新しさのバランスがちょうど良くて、若い車好きに注目されているらしい。」

後藤も横から会話に加わってきた。


「あ、マスター。マスターのコレクションにもヤングタイマーな車はあるんですか?」美佳が早速覚えた言葉を使って後藤に尋ねる。

「ふむ、私のコレクションはかなり古いか、逆に最新型かに偏ってしまってるんだけど……ああ、そうだ。」

何かを思い出した後藤は、カウンターの後ろから小さなアルバムを取り出し、それを広げながら三人に話し始めた。

「これは、私が20代の頃に初めて手に入れた車、ダットサンの240Zさ。」


写真には1台の日産・240Zと、その隣に若き日の後藤が写っていた。

写真はサービス版の小さなものだが、塗装面やメッキモールの状態からは良く手入れされていることが伺えた。


「わあ、かっこいい。名車ですね〜」真希が覗きこむ。

「ありがとう。この車は安かったのだけど、手に入れたとき外装は色あせていてひどい状態だった。私は240Zが辿ってきたストーリー、レースの歴史を調べ込んで、レストアを通じてこの車に落とし込んだんだ。」


凛子も後藤の写真を見ながら考えを巡らせた。


写真の240Zは漆器のような深いワインレッドで、特徴的なロングノーズにオーバーフェンダー、ワタナベのスポーツホイールが装着されている。

きっとサスペンションも交換され、ノーマルの状態から車高が落とされているに違いない、と推察した。


なるほど、確かにステッカーなどは貼っておらずビジュアルはクリーンだが、センスよくセレクトされたパーツが全体の雰囲気を只者ではないものに昇華している。

これまでカフェ・ゴトーで目にしてきた後藤さんの車はどれも改造の必要が無いような高級車だけども、氏の手に掛かればどんな車だってハイセンスに仕上がるだろう。


車のストーリーとはどういうものが考えられるのだろう、ジェミニはレースに出ていたのだろうか?

そういえば、三ヶ月以上乗ってるのに、ジェミニのことまだ全然知らなかったな。

トランクに貼られている「handling by LOTUS」というバッジはどういう意味なのだろう。

もっとジェミニのことをよく知って、この車で自分の世界を広げたい。


「じゃあアワードに向けて、何やっていこう?まずは洗車から始める?」


凛子が考えに没頭している間に後藤は仕事に戻り、真希に声を掛けられて我に帰った。

そして、自分の目標に向かうため二人を巻き込む決意を決めた。


「それも大事なんだけど、コンセプトをしっかり持って、アピールポイントを考える必要があると思う。わたしたちの車はまだほとんどノーマルだから、それぞれの車の特徴や歴史、自分が乗ったエピソードや思い出をまとめたりかな。」


それまでぼんやりと考え事をしていた凛子がはっきりと意見を述べたことに、真希と美佳は顔を見合わせて少し驚きを見せた。


「なるほど……私たちの車の特徴や思い出をしっかり伝えることができれば、カスタムに関係なく評価してもらえる、かな?」

「きっとしてもらえるわ、あたしたちのヤングタイマーを輝かせて、アワードを獲得するのよ!」


<続>

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