ヤングタイマー ②
家に帰って、凛子はタブレットでジェミニのことを検索しだした。しかし、ジェミニはインターネットが普及する以前の車であり、現在でも一部に根強いファンがいるとはいえ、スカイラインGT-RやAE86のように絶大な人気があるわけではなく、思うように情報が集まらない。
凛子が調べた中で分かったことといえば、どうやら当時いすゞは米国・GM社の傘下であり、同じく傘下であったことが縁でロータスと協力関係を結ぶことになったということ。
ロータスといえば、現在に至るまで続くスポーツカー専門メーカーで、その特徴はパワーやハイテクではなく、ドライビングの本質を捉えた本格的な設計による小型軽量な車造りであるということ。
ジェミニもそのバッヂに書かれている通り、サスペンション周りにロータスの手が加わっているようだが、他のグレードや新車当時のコンディションを知らない凛子にとっては、それがどのような違いなのか具体的に理解することができない。
凛子はベッドに転がりながらふぅと溜息を吐き、どうしたものかと暫し考えを巡らせる。そうだ、あの車のことを知るならネットなんかよりも頼りになる人がいるじゃないか。
◇
「うん、車のことで聞きたいことがあるって?」翌朝コーヒーを飲みながら、凛子は悟にジェミニのことを切り出した。
悟は当時のことを思い出しながら語りだす。
「そうだな、ロータスは標準グレードに比べて、街中では硬さを感じるけどサスペンションを積極的にストロークさせる方向のセッティングになっている。実は、あのジェミニにはもう一つスポーツグレードがあって、そちらはドイツ車的な造りでね。高速の安定感は良かったんだけど、北海道みたいな下道走行が多くて舗装の悪いところで乗るにはロータスの方が良いと思ったんだ」
凛子は日頃ジェミニを運転していて、キャラクターのギャップを感じていたが、悟の説明を聞いて納得した。
札幌の中心部を走行しているとき、市電の軌道や割れた舗装、縁石などを横切るとジェミニにははっきりと衝撃が感じられた。これまで実家の車や教習車に乗ったときには街中でそのような感覚を受けたことがなく、正直言ってあまり快適とは思っていなかったし、それは古い車だから仕方の無いことなのだと思っていた。
しかし、速度の上がる郊外に出ると、ジェミニは決して大柄な車体ではないにも関わらずどっしりと安定感のある走りをするようになる。
かと言って鈍重という訳ではなく、曲がりくねった山道では身体がシート、ハンドル、ペダルを通じて車と一体になっているようなドライブフィールがあった。
「そうだ、この間のドライブも楽しめたよ。いい道を教えてくれてありがとう。確かに、ジェミニって街中よりも山道とか走るとイキイキしてる感じだね。なんて言うか、サスペンションとエンジンと、色々な部分のバランスが良いって感じ。」
「凛子もそう感じるか。実は、エンジンにもロータスの手が加わっているんだ。」
そう言うと悟は、元々シングルカムだったエンジンをツインカム化するにあたって、ロータスが設計したシリンダーヘッドを採用したこと。
そのシリンダーヘッドがロータスらしくスポーティーな、高回転まで回してパワーを絞り出す設計となったことで、エンジンの耐久性など大幅な設計の見直しが必要となったことを付け足した。
「自然吸気のテンロクで135馬力は、当時としてはようやったと思ったけど、その後すぐにホンダがVTECで160、170馬力平気で出すようになって、こりゃ敵わんわって思ったな。」
「そうなんだ。でもわたしは今のジェミニでも全然パワーに不満無くて、楽しく乗れてるよ。」
「そう言ってくれると、関わった一人として嬉しいよ。そうだね、凛子が言ったように車というのはトータルのバランスがとても大事だ。日常を支える道具であり、非日常に連れていってくれる相棒でもあるべきだと俺も思うよ。」
フィーリングの話は理解できるものの、メカとなると基本的な仕組みすら危うい……真希を見習って自分も車の勉強をした方が良さそうだ。
凛子は悟に礼を言い、メモや悟から渡されたジェミニの資料を持って自室へ戻った。
<続>
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