工具選びはクルマ好き女子の嗜み?(後編)

凛子と真希の会計が終わるのを待っていた美佳が話しかける。

「買い物おわった?ねえ、お腹空いたからなんか食べに行こうよ」

「わたしハンバーガーが食べたいな」

「じゃあ上の階にダイナー入ってるからそこ行きましょ、そこで戦利品見せ合いよ。」

「戦利品って、なにその言葉チョイス笑」

「うっ、普段周りにいるのが工学部の男子だと、ついオタッキーな語彙がさ……」


ダイナーに着いた三人はそれぞれ食べたいものを注文し、各々のハンバーガーセットを受け取って席に着いた。

美佳はお馴染みの健啖家で、大サイズのダブルパティバーガーにかじりつくと一口で1/3を飲み込んだ。


「あんたほんとよく食べるわよね……」バーガーのラップを開けてすらいない真希が呆れ顔をする。

「父さんにいつも言われていたのよ、『人間いつ食べられなくなるかわからない、だから食べられるときに食べておけ』って。」美佳は口をモゴモゴさせながら返事をする。

「お父さん自衛隊のひとって言ってたもんね。じゃあ家族みんな食べるの早いんだ〜なんかすごそう。」

「ふう……そうそう、兄二人も鍛えてるし毎日の食事の方がよっぽど戦場だったわ。」


「それより買ったもの見せてよ。」話している間にバーガーを食べ終え、美佳はラップをくしゃくしゃと丸めながら凛子に求める。

「うん、見て見て」凛子はポーチからバーコのレンチを取り出した。

「へえー、なんか金属の肌が黒光りしてていい工具!って感じがするね。持ってみていい?」

「もちろん!ね、なんか重さもちょうどいい感じがするよね。」

「うん、それにここの調節するネジの動きもガタツキとか無くていい感じ。ありがと、これいくらくらいしたの?」

「3,800円くらいだったよ、でもこの手に持った感触や重み、造りのよさを実感して気づいたら買っちゃった。」

「うわ、結構するのね。でも一生モノと考えたら高くはなさそうね!」


「そうよ、いいこと言うじゃない!いい工具は一生モノだから実質無料なのよ!」横から真希が口を挟む。

「な〜にが実質無料よ、あんたが凛子焚き付けて買わせたんじゃない笑」

「美佳も一人でなんか買ってたじゃない。なに買ったのよ?」

「ん?んーこれよ。」


次に美佳が自分の買ったものをテーブルに置いた。

それはHAZET製の折りたたみレンチだった。

レンチは青いプラスチックのケースで一体になっており一見するとおもちゃのようにも見えたが、手に取るとレンチ一本一本がしっかりとしたもので、真希はそれを見て目を輝かせた。

「おお、これいいじゃん!HAZETの折りたたみレンチって、珍しいよね。HAZET知ってたの?」

「知らないけど、有名?」

「ドイツの工具メーカーよ、そこにドイツ製って書いてあるじゃない。」

「へええ、ジャーマンポテト。ポテト余ってるならちょうだい。」真希の皿に手を伸ばすも、チョップで弾かれる。

「まだ食べてんのよ、まったく食い意地張ってるわね。」

「けちー。」

「この手の工具にしては大きい気がするけど……車に置いておくならさして問題にならないわね。BMWともドイツ同士だしぴったりね。」

「そうね。バイト先の椅子やテーブルのネジを直すのに、いつもはカウンターの引き出しに置いてある棒レンチを使うんだけど、今度からエプロンにこれを仕込んでおこうかしら。」

自分の出番が終わりポテトをつまんでいた凛子は、制服から折りたたみレンチを取り出し、常連客たちからチヤホヤされる美佳が容易に想像できた。


「あたしが買ったのも見てよ。ほらこれ。」真希が赤いグリップのドライバーを取り出して、二人に見せた。

「わあ、グリップの赤と黄色がカワイイ感じだね。PB Swissって書いてある。」

「ぱっと見普通のドライバーね、でもスイスというと時計とか精密機械のイメージよね。」

「そうなのよ、ドライバーってどんな家にもある基本的な工具だけど、だからこそ精度が大事なのよね。うちの親父があたしに持たせた工具で唯一ちゃんとしたものがPBのドライバーだったの。その頃から使ってたドライバーが摩耗してきたから、新しいのを買ったのよ。」

「ふうん、好きなのねえ。」美佳が納得した顔をする。


女子大生三人の会話は尽きない。

次の休みにはどこにドライブに行くか、新作のドリンクはどうだ、ドラマの俳優がああだ────

すっかり夕暮れを迎えた頃、三人はショッピングセンターで解散して各々の帰路についた。


    ◇


帰宅後、夕飯と風呂を終えた凛子は自室にいる。

グリップの感触、ずしりとしたヘッドの重み。

凛子はベッドに横たわり、バーコのアジャスターを何度も開いたり閉じたりした。

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