工具選びはクルマ好き女子の嗜み?(中編)
日曜日、凛子は真希の家の近くのホームセンターに向かった。
駐車場に着くと、真希のプジョーはすでに到着していた。
「美佳は寝坊したから後から来るって。」
「あら笑 ま、先に入って見てよう。」
「じゃあ、まずは基本的な工具から選んでいこう。」
二人が店内の工具売り場に向かうと、真希が説明を始めた。
「まず出先でどこまでのことをするかによって、買う工具が決まってくるわね。よくあるのはバッテリー周りの脱着、プラグや吸気周りのセンサーの点検かしら。」
「このあいだモトコンポ直した時や、プジョーのセルモーター替えてたとき、真希はよくラチェットレンチを使ってるよね。」
「そうね、ラチェットだとソケットを持てばいいから嵩張らないし、片方向だけ回せるのが便利だからあたしはラチェットをよく使うな。ただ、ラチェットだと狭い場所に入らないとかあるから、そういう時はシンプルなこういうレンチが役立つのよね。」
真希は陳列されている10mmのコンビネーションレンチを手に取って語る。
「他にも、これみたいに平たい形状でラチェットハンドルみたいな送りギアが付いたものもあるわね。」
「ううむむむ……なんか似た形でもいくつか値段の違うのがあるよね。何が違うの?」
「機能が同じでも、メーカーによって値段が違うわね。例えば、このレンチセットはプライベートブランド品で安いけど、中国製であまり精度は良くなさそうだわ。あくまで日曜大工向けって感じかしら。」
「やっぱり製造国で品質の違いってあるんだ。日本製のものはいいの?」
「そうね、日本メーカーの工具は高品質よ!だけど、う〜ん、ここのホームセンターだと国産メーカーのは無いみたいね。」
「あ、本当だ。このギア付きのレンチには Made in Taiwan って買いてあるね。」
「ホームセンターで扱うくらいの値段のものなら、余程ひどいものには当たらないと思うけどね。百均ショップの工具とかは使っちゃダメよ。」
「う〜んそっか、それなら国産メーカーのものを見てから買うものを決めたいな。」
「じゃあやっぱりうちのバイト先見に行くのがいいかしら?バイト先で扱ってないものはここで買っていきましょ。」
凛子は真希のアドバイスを受けながら、LEDライト、タイラップ、軍手、パーツクリーナーなどをカゴに放り込む。
工具を買いに来たはずが、ホームセンターでは雑多な用品を買うだけになった。
「思ったより早く買い物おわっちゃったね。」
「あたしの工具貸すから、美佳を待ってる間に必要な工具のサイズ調べましょ。」
「そうしよう、いつも助かるよ〜」
凛子は真希の工具を当てがって、ジェミニに必要な工具のサイズを調べていく。
「真希の工具はお父さんから貰ったやつなんだよね。」
「車に積んでるのは、倉庫に転がってたのから使いそうなサイズかっぱらってきたのよね。だからさっき偉そうなこと言ったけど、あたしの工具も微妙なやつごちゃ混ぜなの。」
「そうなんだ、でも今まで無事に使えてるしいいんじゃない?」
「まあ……それはそうだけどやっぱり気分を盛り上げる道具は大事なのよ!笑」
二人が手を動かすよりおしゃべりに夢中になっていると、美佳が遅れてやってきた。
「おは〜、遅れてごっめーん!あれ?もう買い物おわった?」
「やっと来たわね。この店だとちょっと満足のいく品揃えじゃなかったから、あたしのバイト先に行こうって話してたのよ。」
「ええっ、真希のバイト先高級品ばっかって言ってたじゃない。行ったとこで買えないもの見たってしょうがないんじゃない?」
「焦ることはないんだから、まず上を知ってから自分の落とし所を考えたっていいでしょ。それにせっかく三人でいるんだからテンション上がるもの見たいっしょ。」
「確かに、軍手やタイラップも大事だと思うけど、あんまり買い物して楽しいモノでは無かったかなあ……笑」
「そ。じゃあ真希のバイト先に移動しましょ。先導よろしく。」
三台は幹線道路をしばらく走ると、ショッピングモールに到着した。
真希のプジョーが先頭で立体駐車場に入っていく。
美佳、凛子が真希に続いてスロープを上がり、三台は隣り合ったスペースを見つけてそこに車を停めた。
「わあ、真希のバイト先ってショッピングセンターの中にあるんだ。てっきり路面店だと思ってた。」
「そうそう。だから仕事後にご飯食べて帰るのとかも結構楽なのよね。空調効いてるから涼しいし。」
「ああ〜いいなあ。スタンドだと外いる時間長いから、最近制服汗まみれで……」そう言ってる凛子はいま着ているポロシャツもうっすら汗ばんでいる。
凛子と真希をよそに、美佳は並んだ三台の盛れる写真を撮ろうとスマホを構えてうろうろしていた。
「ねえ、立体駐車場ってなんか不思議な雰囲気よね。打ちっぱなしのコンクリートや外の明暗差、映える感じがするわ。」
「えー?もうなに言ってんの、置いてくわよ。」
「……むすっ」マイペースを軽くあしらわれ、美佳はむくれながら二人の後を追った。
三人は駐車場から下のフロアに降り、真希のアルバイト先である工具ショップに到着した。
ショッピングセンターであることから店内は天井が高く開放感があり、ブティックのような雰囲気さえ漂っている。
レギュラー商品の他にレジ前のテーブルにはセール品が陳列されており、それらには手書きのポップが添えられている。
「おおおっこれが真希のバイト先なんだね、なんか工具がどれもピカピカで凄くない!?」
「でしょ?こっちには工具の収納キャビネットとかも並んでるよ。」
「あっちの方にはなんかアパレルもあるね。へえ〜意外。こんなポップな感じなんだ。」
「あら、真希さんこんにちは。今日はお友達連れてきたの?」レジの女性店員が真希に話しかけた。
「あ、山下さん、おつかれさまです。そうなんです、友達が車に積んでおく用の工具を買おうと思ってて。」
「いいわね〜、ゆっくり見ていってね。」
真希が山下と話している間に凛子は一人で棚に並ぶ工具をいろいろ手に取り物色していた。
「これが真希の言ってたKTCね、10mmのコンビは1,200円かあ。隣のは3,000円……あれは、何?7,000円!?なんでこんなに値段が違うの?」
「それは仕上げの違いや、ブランド料なんです。」
独り言を漏らしていたら後ろから不意に話しかけられ、凛子はひゃっ、と声をあげて振り返る。
すると、白いシャツに店のエプロンを掛けた、すらりと背の高い壮年の男が立っていた。
「すみません、驚かせてしまった。こんにちは、店長の久世と言います。真希さんのご友人なんですね、ご来店ありがとうございます。値段が違うのにどれも同じようにみえて悩みますよね。」
「そうなんです、真希はKTCがいいよって言っていたので自分もそれにしようと思ったんですけど、こんなに値段が違うと気になって……」
「じゃあ、まずこの3,000円のやつと比べましょう。このネプロスという工具は実はKTCのもう一つのブランドなんです。だから全体的な造りはKTCと同等です。何が違うかというと、標準品は持ち手が梨地になっているのに対して、ネプロスはポリッシュ加工でピカピカ。また、品質管理も標準品より厳密だから個体差がより小さいかもですね。」
「個体差?」
「工具は大量生産品なのでどうしても誤差が出てしまうんです。あっ!もちろん、KTCのような大手メーカーなら標準品でも十分な精度の範囲で品質管理されていますよ!ネプロスはさらにこだわりを持つプロ、趣味の人のための道具となっています。」
「なるほど、KTCはすごいって話は真希から聞かされていました笑、じゃあ安かろう悪かろうではなく、安いのにすごいってことなんですね!」
「そうですね、買って損することない、間違いのないチョイスだと思います!」
「じゃあ、こっちの7,000円のは……」
「これはSnap-Onというアメリカのメーカーです!分厚いメッキと錆びたボルトナットでも舐めにくい絶妙なサイズなど工具の品質ももちろん素晴らしいのですが、破損した際の交換保証があるというのが最大の特徴なんです。」
「なるほど!だからこんなに値段が高いんですね。」
「……と、言いたいところなのですが、実は保証の対象になるのは整備工場などを回って直接販売しているセールスから購入したものに限られてしまうので、われわれのような小売店でのプライスタグはほぼブランド料のようなものです。」久世は苦笑しながら答えた。
「言い切ってしまうんですね笑」
「ええ、ですが、工具を集めること自体も趣味性の深い世界でして、これを指名でお求めになる方も少なく無いのですよ。それにSnap-OnもKTCもレンチ以外にも様々なツールをラインナップしていて、それぞれメーカーの特色が出ておりますのでぜひゆっくりご覧になっていってください。」
「はい!ありがとうございます。」凛子は久世に礼を言い、他の棚を見ることにした。
「こっちの棚にはラチェットレンチとソケットがあるね。これもKTCやSnap-On、コーケンっていうのもあるんだね。」
「いたいた。こっちの棚見てたのね。」入れ替わりに真希が凛子の元に戻ってきた。
「あ、真希。さっき店長さんにメーカーのことを教えてもらったんだ。真希はKTCをお勧めしていたけど、それぞれ特色があるんだね。」
「そうそう、ソケットもほら、並べてみると同じサイズでもメーカー毎に高さや厚みが違うでしょ。作業状況によって必要な高さは違うから、プロの整備士は同じサイズのソケットを複数メーカーでいろいろ持っているくらいよ。」
「う〜ん、奥が深い。買い出したらキリが無いね、これは。」
「沼よ!沼!」
「ところで、もう探してた工具は見た?」真希が話題を切り替える。
「真希がおすすめのKTCのレンチは価格と性能のバランスが良さそうだけど、必要なサイズを揃えるにはちょっとお金が足りないかなあ。」
「そうねえ、特にうちは定価販売だからうちで買うと高くつくかも。たまにセット商品がセールで安く出るんだけど……そうだ、そしたらモンキーレンチを持っておいたら?狭い場所には使いにくいけど、凛子の用途には十分かも。」
「モンキーレンチって真希の工具箱にも入ってる、ぐりぐり回してサイズ合わせるやつだよね?でもあれサイズ合わせてもガタガタしてたし、今日これだけいい工具をいろいろ見るとちょっと欲しいと思えないんだけど……」
渋る凛子を見た真希は、とあるレンチを棚から取って凛子に渡した。
「これならそんなことは感じないんじゃない?」
「なにこれ、全体的に薄いのにずっしりしてて、がたつきが少ない!ほらこれ、挟む部分が全く隙間なくくっつくって凄くない!?」
「モンキーレンチなんて邪道ってよく言われるけど、バーコだったら本締めやインパクトの抑えに使っても負けないわ!」
「へええ、バーコってなんか面白い響きの名前だね。」
「向こうに並んでるカラフルなキャビネットもバーコのやつよ。あたしはあの水色のキャビネットが欲しいのよね〜。」
「部屋に置くの、結構大きくない?」
「大丈夫っしょ〜、それは買ってから考えればいいこと笑」
アパレルコーナーから戻ってきた美佳は、盛り上がる二人を横目にセール品コーナーに陳列されていた工具を手に取った。
「ん、これカワイイ。せっかくだし買ってこ。」
(後編に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます