勇者シャインと剣士シリアス②


 ──結果だけを伝えるのならば。


 僕らは間に合わなかった。


 街から出発しおよそ一時間走って、山を一つ越えた時点でそれは悟った。


『………………うそだ……』


 シャインの呟きが孤独に響く。

 山の傾斜の向こう、木々に紛れた空を埋め尽くす魔物の軍勢。

 巨人、アメーバのような化け物、大山と見間違うサイズの怪鳥、その中央に燦爛な飾り付けを施された不相応な移動要塞。


 それらが先陣を切る形でゆっくりと行軍をする中心。


『うそ、ああねぇ、嘘だっ……シリアス、シリアス──ねえブレーヴ、シリアスがあそこにいるのっ!!』


 聖剣となった彼女は叫ぶ。

 その身を震わせることすら出来ず、文字通り手も足も出ない鞘に収まったまま、一振りの剣は嘆く。


「……シャイン」

『ねぇ、シリアスが……もう、動いてないのっ。生きてない、もう死んでる。ウォーダンもシリアスも、わたしのせいで、わたしが……』

「シャイン」


 遠目に見える移動要塞。

 目立つように配置された磔のような砲台。

 そこに、吊るされた、崩れた人型。


 悪趣味だ。

 人の死を何度も何度も見て来た。

 魔軍は暴力性をそのまま加速させた化け物が多く、人間が食われる前に痛ぶられることなんて日常茶飯事。

 だからこそ余計人類は憤怒をたぎらせ、それでもなお勝ち目のない戦争を前に疲弊した。


『……【オロス】。お前が、お前が、ウォーダンを、シリアスを……!』


 シャインは感情を露わにしている。


 それを見るたびに、僕は思う。


 ──あの勇者一行は、君にとってかけがえのないもので。


 その思い出を僕はこれから、全て塗りつぶして、シャインの全てを奪うんだと。


「ごめんね、シャイン」

『…………あ、え、ああっ……ま、まって。待ってブレーヴ』

「いいや、待たない。ここで踏み止まって取り返しが付かなくなった時、君は後悔するだろう」


 僕は冷静だ。

 シャインは動揺している。

 無理もない、かつて共に戦場を駆け抜けた仲間が無惨に殺された挙句その死体まで弄ばれているんだ。


 付き合いが浅く、ただ応援している立場だっただけの僕でさえ、剣士シリアスの死には衝撃を受けた。


 少し言葉を交わしただけで彼女がどれだけ善人かもわかった。

 だからこんな未来は、認めない。


『やだ、やだよブレーヴ。死なないで、お願いだからっ』

「大丈夫、大丈夫だから。シャイン、君は少しいま混乱しているだけなんだ」


 首に聖剣シャインを当てた。

 僕はこれから幾度となく死ぬだろう。

 遠目に見るあの軍勢を相手に、無傷で生き残れるわけがない。

 もしもそれが可能だったのならば、とっくに人類は救われているんだから。


 君はこれから僕の死を幾度となく見るだろう。

 時に泣き叫ぶような恐怖を味わうこともあるし、うまく死ぬことが出来なくて醜い姿を晒すことだってある。そして今もなおこの震える両足が、死の恐怖は何一つ和らいでないことを証明している。


「僕らはずっと一緒だ、シャイン」

『…………ずっと、一緒』

「そうだ。僕が本当の意味で死に果てるまで、君が聖剣から喪われるまで、互いの存在が消え去らない限り僕達は一蓮托生だ」


 君に積み上がった後悔がある。


 僕に積み上がった後悔がある。


「君が僕を殺す。僕は未来の君勇者シャインを殺していく」

『…………わたしは、わたしの記憶があれば、それが大事だってわかってる。だから、ブレーヴにこんな運命を背負わせて、苦しませ続けて、みんなが死ぬ姿を見るのは、罰で、当然で……』

「僕は君の栄光を奪う。仲間達と刻んだ大切な思い出を僕で上書きして、この世界から君のことを奪っていく」

『その分、ブレーヴは苦しんでるんだから、そんなのは……っ』

「だから一蓮托生なんだ、シャイン」


 決して君を恨むわけがない。


 僕は君に選ばれた。

 それは光栄なことで、名誉だ。

 他のどんな誰に讃えられるよりも嬉しい。


 でも、君は僕に死を押し付けたと思っていた。


 僕らは互いを想っている。

 恋慕のような甘酸っぱいものではない。

 ドロドロとしたコンプレックスと負い目こそが、僕らに共有された一番の感情と思い出だ。


『…………そっ、か。そう、だよね。うん……』

「君は僕のもので、僕は君のもの。ただそれだけを、僕は世界に求めていく」


 吐き気がする。

 勇者シャインは、僕のような男が成り代わっていい存在じゃないんだと、何度も何度も言っているように。


 それでも僕は奪うんだ。

 彼女の全てを、刻まれた価値を、この世界そのものからシャイン・オムニスカイを奪い去る。


奪おう・・・。世界から何もかも、僕は奪っていくよ」


 魔軍の侵攻。

 シャインの栄誉。

 シャインと勇者一行が刻んだ旅路。


 それら全てを、僕がこの身に奪うんだ。


 覚悟はしてある。

 シャインもきっと、真の意味でそれを悟った。


 君の考えが浅かったとかそういうわけじゃない。

 ただ、僕は一足先にそれに辿り着いたんだ。

 たった一人で三年間足掻いて足掻き続けて、もしも・・・があるのなら。


 僕は一体どうやって生き抜くんだろうか。


 そう考え続けてだらしなく最後まで足掻いたからこそ今の僕がある。


「だから──どうか僕のことを殺してくれ、勇者シャイン」


 僕だけは彼女のことを勇者だと呼ぶ。

 君の全てを僕のものにする。

 ああ、くそったれ。

 喜んでいいはずがない。

 僕はそれを惜しみ嘆き、世界中に彼女の全てを公開して真の勇者だと崇めるべきなのに。


 シャイン・オムニスカイは。


 手の届かないみんなの勇者から、僕だけが知っている孤独の勇者になった。


『…………うん。わかってた。なのに、甘かったね私』


 シャインの声色が落ち着いた。

 動揺はまだ残っているだろうけど、混乱は収まったらしい。


『ごめんねブレーヴ。もう迷わないし、受け止めるよ』

「……ああ。おかえり勇者、僕は君を受け入れる」

『うん。私の勇者、どうか世界を救ってほしい。勇者シャインわたしを塗りつぶして』


 そうして僕達は、真の意味で勇者となった。


 シャイン・オムニスカイブレーヴ・テネブラス・ウェールスから、勇者シャインBrave shineに。

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