勇者シャインと剣士シリアス①


『あ゛ぁ~~……生き返るうううぅぅ……』

『シャイン、女の子が出す声じゃないですよ』

『いーのいーの! どうせ私の好きな人には伝わらないし』


 お風呂に身を浸らせてゆっくりと息を吐く。

 

 今日もしっかり戦い抜いた。

 魔物の数は日に日に増え続けている。

 私とシリアスはどんどん最前線に近付いていて、身体に出来る傷も増えてきた。

 だからこそ一日の終わりにはゆっくりと休息を取って、翌日に備える。


 不備が積み重なれば身体は一気に崩れてしまうから。


『しかし意外でした。シャインは案外文化に対する造詣が深いんですね』

『むっ……失礼だな』

『あ、ごめんなさい。そう言う意味では無くて、ええと……』

『……ま、田舎生まれだし。故郷はもう無くなっちゃったし、そういうところにちょっと敏感なんだ』

『……なるほど、そういうことでしたか。でしたら、猶更失礼を』

『いいっていいって! 私のことあんまり話してなかったのも悪いしね』


 そう言いながら私はお湯の中で足を延ばす。


 わずかに香る柑橘類の匂い。

 綺麗な湯船から沸き立つ湯気が空に溶けて、雲一つない星空は戦争中だってことを忘れさせてくれるくらい綺麗だった。


『……私の出身地はさ。森に囲まれた村で、街まで遠くて、時折現れる魔物を狩って生計を立てるハンターと細々と農場を経営する小さな家族が集まって出来た場所だった。だから私の家系はハンターなんだよ?』

『ハンター……命の価値という物を誰よりも理解している、尊くて強い人達です』

『んふふ、ありがと。でも私、ハンターより農家になりたかったんだよね』


 うん。

 私は本当は勇者でもハンターでもなくて、農家になりたかった。


 ハンターは大変だ。

 朝早くから夕方まで必死こいて森の中を駆け回って得物を探して、農地の周りに罠を仕掛けて何かあれば駆け付ける。

 

 勇者はもっと大変だ。

 人々を救うような、めちゃくちゃ偉大な人間にならないといけないんだって。本に書いてあった人は大昔に人類を救って、その身に着けてた神器なんてものを大陸中に隠したなんて噂もある。


 だから、っていう訳じゃないけど。

 私は、なんでもない農家の……お嫁さんに、なりたかった。

 畑仕事をする彼にお弁当を作って、一緒に木陰で涼みながらシートを敷いて。

 お昼ご飯を食べながら、仕事に一生懸命な彼に、あーんとかしたりしてさ。

 

 選ばれた勇者でもない、ただの一般人として。


『…………農家に、なりたかったなぁ……』

『……なれますよ』

『……にへへ、そうかな?』

『ええ。戦いが終わって、全てが平和になって――私達の勝利で終わるんですから』


 同じ空を見上げていることを信じながら、私達は笑い合った。








 街中探し回った。

 なんなら駐屯地にいた兵士達にも一声かけて人海戦術もとった。

 ネズミ一匹通さないような厳戒態勢を敷いてひたすら探し回った結果――シリアスは街から既に脱出している事がわかった。


(……シリアス…………)


 シャインは心配そうにつぶやいている。

 多分この声が僕に聞こえてることすら忘れてるだろう。

 

 数年間をたった二日で埋める事は出来ないが、それでもある程度シャインがどういう人の成長したのかは理解できた。


 人を気遣い、自分を犠牲にする。

 彼女はそういう子になった。

 昔から周囲をよく観察している傾向はあったから真っ当に育って――しまった。


(え、あっ……ごめん。一番不安なのはブレーヴなのに)


 そんなことはない。

 正直なところ、僕はそこまでヤバいと危機感を抱いている訳じゃないんだ。

 

(……そうなの?)


 うん。

 居なくなったのが今日の明け方、もしくは昨日の夜なら間に合うと思う。

 まだ試してないからわからないけど――……


 …………あ、そっか。


 それをすれば、ああ、うん。

 

(ブレーヴ? どんな手が……)


 気が付くな。

 気が付いてしまった?

 シャイン、君が気にするようなことじゃない。

 ただまあ、僕が使える最も効率的な手札があるということだけ知っていてくれればそれで――


(…………もしかして……)


 …………それに関しては、あとで考えるとして。


 シリアスはどこに行くと思う?

 

(――……多分だけど。でも……いや、大丈夫)


 互いに思う事は多い。

 でもそれは相手を思い遣っているから起きている。

 僕らはこんな風に思考まで共有していられるのは、どうしてだろうね。


 僕は嬉しい。

 絶対に手が届かない希望の光が、消えてなくて僕だけのものになって手元に来た。

 身の丈に合わない未来目指して進んでいる自覚はあるけど、それ以上に嬉しいのさ。何度死ぬことになるか想像すら出来なくても、君がいるなら共に諦める理由にはならない。でもそれと同じくらい、君の前で情けない姿は晒したくない。


(シリアスは外に出て、魔軍の場所に向かってると、思う)


 ――――……一番考えたくないルートだ。

 もしもそれを実行しているのなら、シリアスの感情は。


(あの子は良くも悪くも素直なんだ。そして責任感が強くて、私達と旅をした経験もないから若い。なんだかんだ一緒に成長したんだしそれくらいはわかる)


 そうだよな。

 勇者一行のファンボーイでしかなかった僕と、その一員だったシャイン。

 理解度は全く違う。

 僕は君の意見を全て信じると決めてたが、それにはこういう理由が含まれているんだ。


(だから……その、もし追いかけるなら。あっ、いや、なんでもない。ごめんね)


 ……?


 心配してくれるのか?


(うっ……そう、です。いや本当に何様だって話だし、私がブレーヴをこんな道に引き摺り込んだんだから言う資格も無いんだけど。でもやっぱりそのぅ、ち、知人っていうか? 友人って言うか幼馴染を死に誘導してるのは私だから、でも謝って許されたい訳じゃなくて……)


 シャインはピカピカ光ったり光らなかったりしながら言い訳を繰り返す。


 シャインは優しいなぁ。

 僕は君の優しさに甘えてばかりだ。

 気にしないでくれと言っても、僕も君も互いに気にし続けるんだろう。

 

 多分そこが譲れない場所なんだ。


 僕は君に死ぬ姿を見て欲しくない。

 情けないから。


 君は僕に死んで欲しくない。

 苦しまないで欲しいから。


 だからさ、シャイン。

 

 悪いのは僕なんだ。

 何度も何度も死ななくちゃ敵を殺し切れない、矮小で貧弱な僕が悪い。

 だから君は君のまま、ありのままで居てくれ。

 そうでなければ……僕も少し、滅入ってしまうよ?


(…………わたし、なんて言えばいいかな……)


 そうだねぇ。


 友達を助けて、って言ってくれればいい。


【勇者シャイン】の友達である、剣士シリアスを助けてくれって。


(…………ごめんね。ありがとう、ブレーヴ)


 ん、構わない。

 僕の方こそ謝る事ばかりだ。


 君にとっては喪失の旅。

 僕にとっては簒奪の旅。

 世界で唯一君だけが僕の罪を知ってくれる。

 だから、どうか僕の事を許さないでくれれば、それだけで十分なんだ。


「あ、おいブレーヴ。剣士さまだが……」

「ああ、見つからなかったんだろ。大丈夫だ」

「大丈夫って……ああいや、そうじゃなくてな。聞き込みしてたら一つだけ情報が出てきたんだよ」


 !


「聞かせてくれ」


 やはり頼るべきは人海戦術だ。

 人は集団になってこそその真価を発揮する。

 雑兵も100集まれば魔物を殺せるように、僕らは一人では生きていけない存在なのかもしれない。


(エモいね……)


 エモ……?

 ごめん、よくわかんない。


(え!? 王都で流行ってたのに……?)


 僕が王都に初めて行った時にはもう敗戦ムードだったので……


「ああ。……剣士さま、深夜に街の外に出て行ったらしい。それも、南の方に」

「…………ん、わかった。ありがとう」


 シャインの推測通りだった。

 シリアスは街の外に出て行った、それも南側――つまり魔軍に奪われた土地の方へ。

 魔軍幹部である【巨腕オロス】へ、最期の抵抗をしに行ったと考えていい?


(……うん)

 

 なぜそう考えてしまったのか、わかる?


 僕の質問に対し、シャインは少し――およそ三十秒――の間考え込んでから、僅かな光を発するとともに続けた。


(わかる……と、思う)


 それは僕が聞いてもいい?

 君が聞かない方が良いと判断するなら、何も聞かずに彼女を追いかけよう。


(いや、大丈夫。ブレーヴも、シリアスの事は知っておくべきだから)


 わかった。

 

「すまないけど留守にする。エヴリルに何か聞かれたら、日が暮れるまでに戻るとだけ伝えておいてくれ」

「……おいブレーヴ、お前まさか」

シャイン・・・・


 僕と顔馴染みであろう兵士に、僕は一言告げる。


「僕の事はシャイン・・・・と呼んでくれ。ブレーヴの名は、使わないで欲しい」

「…………いい、けどよ。お前一体、どうした?」

「色々あったんだ。この剣に手繰り寄せられて」


(っ…………)


 シリアスについての話は移動しながら聞きたい。

 それでもいいかな。


(――……うん、そうしよう。効率がいい)


 よかった。


 しかし良くない事もある。

 もしも万が一、シリアスが既に息絶えていた場合。


 僕は聖剣を振るわねばならない。


 敵にではなく自分に。

 僕は幼馴染の宿った聖剣で、僕の命を奪わなくちゃいけない。


(……ん。覚悟は、してる。何も気にしなくていいよ)


 ……ありがとう。

 

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