勇者シャインと勇者たち③
「……まあ、及第点だな」
「それはどうも。お茶いる?」
「頂こう」
兵士達の視線から逃げるように僕の家へとやってきたエヴリルの、微妙に埃が残っている部屋を見て顔を顰めながらも大きく溜飲を飲み込むように吐き出した言葉だった。
(エヴリル、綺麗好きだから。よく掃除してた)
いや別に僕も綺麗なの嫌いなわけじゃないからね。
ていうかどっちかといえば綺麗なの好きだから。
君は知らないだろうけど未来で僕は将校の制服を身に纏ったそこそこ美麗な軍人とし……
(へーえ。それで“リザ“を落としたってワケなんだ、ふーん)
藪蛇だ……
違うんだ。
別にリザとは何も、うん。
何も…………ナイヨ…………
(は?)
「おい……なんか聖剣ピカピカ光ってるぞ」
「ちょっとご機嫌斜めみたいだね」
(誰のせいだと思ってんの!)
でもさ。
僕は君以外の人を好きになることはない。
それだけは信じて欲しいんだ、だって僕これまで君のことをずっと想い続けてたんだし。
それだけは証明できるよ。
「……収まったな」
「神器なんだし、まあそういうこともあるんじゃない?」
「…………いや、ないが。少なくとも聖兜は一度も」
「じゃあ聖剣だけかもしれないね、はっはっは」
お湯が沸いたので安物の茶葉を入れた茶漉しにダバダバ入れていく。
……久しぶりかもな、自分で淹れるの。
もしも、シャインが僕の元に現れたら。
いや、僕が君の元に行けたなら。
それまで離れていた年の分、僕は君の全てを担いたかった。
それ程までに焦がれていたんだ。
何でもかんでも清く正しく美しく、とはいかないけれど、僕が少し手間を惜しまなければ出来ることは一通り学んできた。
流石に花畑は範囲外だけどね?
ちょっとした花言葉くらいなら……って感じだ。
「はい、どうぞ。大したものではないけど」
「……意外と手慣れてるんだな」
「見た目に似合わないかな」
「部屋にそぐわないんだ」
それはそう。
ゴミ屋敷に住んでるくせに紅茶は淹れられるの、おかしい話だ。
小さくカップに口をつけて味わっているエヴリンを眺めつつ、本題の考察に移るとしよう。
剣士シリアス。
僕は彼女のことを何一つ知らない。
だが、彼女の調子がすこぶる悪くて、それをどうにかしなければ勝ちの目が見えないということはわかる。
エヴリンは一人で解決できないと踏んで僕の元までやってきた。
相応に信頼を得られている、という認識でもよさそうだね。
君はどう見る、シャイン。
(ン、あ、えーっと……なんて?)
よしわかった。
「シリアスについて、だっけ。何があったの?」
「どこからどう話したものか……」
(あ、はい! はいはーい、私わかります!)
聖剣がでしゃばっている。
「とりあえず彼女がどうなっていて、何が問題で、どうすればいいか。これを教えて欲しい」
「簡潔でいい。そうしよう」
「事実の共有をしないことにはまともな話し合いにはならないからね」
(あ、はい。はいはーい、私役立たずかも……)
シャインは元気だね。
僕にしか君の声が聞こえないのが残念なくらいだ。
(バカにしてる?)
まさかそんなこと!
「シリアスは……今、とても落ち込んでいる」
「落ち込んでいる」
「勇者特性がうまく使えない」
(!?!??!?!)
「おっと……」
「解決して欲しい」
「僕に対する期待がデカすぎる」
「私達を救った男に、それくらいは期待してもいいだろう?」
ウッ……
僕は勇者シャイン。
やはり勇者シャイン足る者、仲間の不安や課題を手助けし成長していくのは……必然か……
(勇者特性がうまく使えない……!? 私そんなの知らない!)
シャイン……
(な、なんだようっ! 私が何かしたかようっ!)
「私では、どうにもうまく言葉をかけられなくて。励まそうにも、勇者特性が使えないなんて味わったことがないし、今彼女が戦力にならないのが非常にまずいのもわかるから親身になって励ますのも……こう……うまくできない。だから、あの啖呵を切って見せたシャインなら出来るんじゃないかと思って」
「流石にその未来は見えなかったな……」
「万能じゃないのはわかっているが、頼む。どうにか……」
エヴリルは頭を下げた。
彼女が多忙なのは理解している。
シャインの話ぶりから察するに、パーティーの細かい調整等を行なっていたのは恐らくエヴリルだ。
スケジュール管理、敵部隊の観測や自軍との情報共有に作戦立案食事衛生管理エトセトラ。
それは今でも変わってないんだろうな。
そうだろう、シャイン。
(大体その通りです)
なんで敬語?
別にそれはそれで新鮮だからいいけど。
「──わかった、任せてくれ。僕がなんとかしよう」
うん、なんとかしなくちゃいけないからね。
どちらにせよ計画通りだ。
寧ろ、シリアスに違和感なく近づける理由が出来てよかったよ。
剣士シリアスの勇者特性はメンバーの中で一番出鱈目で強力なものなんだろ。なら、それは必ず戦力になる。
僕は僕一人で世界を救えるなんて思っちゃいない。
仲間だ。
戦える仲間が必要だ。
勇者特性、それを備え超人達が、最低でもあと一人は。
(……それに関しては、心当たりが無くはない。だから今は気にしなくていいよ)
ン、了解。
それなら僕は目前にある問題に集中していいわけだ。
気は楽だね。
「! そうか、やってくれるか……」
「あ。エヴリル、君も無理するな。君の替えはいないんだぞ」
「…………あ、ああ。わかった。……久しぶりに、そんなことを言われたよ」
…………なあシャイン。
もしかしなくてもさ、勇者一行って……君がいないと本当にやばかったんじゃないの?
(そ、そんな事……ないと思うよ。みんな強いし、すごいし、うん)
説得力が全然ないね。
でも僕は君のイエスマンだから、そう言うのならそういうことにしておこう。
「それで、シリアスはどこに?」
僕は彼女のいる場所を知らない。
エヴリルは勝手に僕を訪ねてきてくれたけど、自分からいくなら探さないとだめだ。
それはちょっと時間がかかりすぎるので聞いたんだけど、エヴリルはゲフッと紅茶を吹き出した後咳き込んで紅茶薫る素敵な部屋にしてくれた。
「ゲホッ、ゲホゴホっ……」
「おいおい、大丈夫か」
「だ、大丈夫だ。し、シリアスの場所だったな、うん」
その表情は優れない。
さらりと垂れた髪の毛をそっと耳にかけて、彼女は目を逸らした。
(あっ…………)
シャインが何かを察した。
何かなシャイン、僕にとって都合のいい事だとすごく嬉しいんだけど。
(いや…………エヴリルが髪を耳にかけたでしょ)
……?
ああ、確かに。
たまに女性がやってドキッとする動作だよね。
シャインが子供の頃たまに学園でやってたの、僕すごい好きだったな。
(今はそういうのいいから。あれね、エヴリルが何かを誤魔化そうとしてる時の癖だよ)
…………なるほど。
そういうこともできるのか、君の知識があれば。
「あ、あー……実はな、シャイン」
「……かなり嫌な予感はするけど、一応聞くよ」
「うむ。…………うむ」
「…………エヴリル?」
「……わからない……」
……………………うん?
うん。
うーん…………
(あっ…………)
「わからないんだ。シリアスのベッドはもぬけの殻で、温もりすら残ってなかった。荷物もなくて、どうすればいいかわからなくて……」
「よしわかった。エヴリル、僕が全力でどうにかするから作戦は任せたよ、ほんとに」
(シリアス!?!??!? どこ行ったの!?)
動揺するシャイン、打ちひしがれるエヴリル、焦る僕。
消えた剣士を探す新たな軌跡がここに始まった。
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