第85話 新たな命
「優希!今日はいい肉が取れたんだ。買っていってくれよ」
体格のいい中年の男性が、優希に向かって声を上げる。
その声に釣られて、優希は笑顔で振り返る。
「本当だ!助かります!俺、狩りはできるけど、捌き方がわからないから困ってたんです」
「そうかい?じゃあ、今度一緒に狩りをしに行くかい?」
「いいですね!俺、頑張るから、その代わり捌いたらタダで俺に分けてくださいね」
「もちろんだ」
優希は手にとった肉の塊を袋に詰めてもらいながら、笑顔で言葉を交わす。
優希が王都を出て、一ヶ月以上が過ぎた。
小屋に戻ってからは、以前のように自給自足をして暮らしていた。
変わったことと言えば、こうして時折街に来ては薬草や釣った魚を売りにこれている事だ。
以前とは違う1人ではない穏やかな暮らしに、優希は心から癒されていた。
街ではもう顔馴染みが出来、1人寂しくなった日は、共にお酒を交わしたりして何とか暮らしていた。
王城から出た日の夜、2人から通信機で連絡が来たが、優希は少し1人になりたいとだけ伝え、通信を途絶えさせた。
それからは、街にある預かり所に手紙が届くが、優希が返事を返すことはなかった。
1人で自分を叱咤しながら過ごしてきた森にいる事で、自分を勇気づけていた。
魔法もロクに使えず、試行錯誤しながら生きてきた過去。
そんな日が一日、また一日と増える度、自分に自信をつけてきた。
大丈夫だなんて根拠のない言葉で、自分を励ましてきた。
そんな想いが今の自分には必要だと感じていたからだ。
(優希様)
帰りの絨毯に乗って森に向かっていた時、バングルからウィルの声が聞こえる。
ウィルからの連絡だけは、何かあった時用に繋がる様にしていた。
ウィルも優希の気持ちを察していたから、あえて連絡を寄越して来なかった。
そんなウィルからの突然の連絡に妙な胸騒ぎを覚え、すぐさま返事を返す。
「ウィルさん、何かあったんですか!?」
(優希様、連絡しようか悩んですが、どうしても優希様の力が必要なんです)
「何が・・・あったんですか?」
いつもとは違う、戸惑いが滲む声に、優希の鼓動は早まる。
(昨夜から妃達が産気ついたのですが、また2人同時に陣痛が始まったのです)
「え・・・?」
(それだけなら連絡はしなかったのですが、お二人とも難産の様で、出血が多く、このままではお二人の母体もお腹の子達も危険なようなんです)
「そんな・・・・」
(大神官様が内密に邸宅に来られまして、どうにか優希様に連絡が取れないかと懇願しているのです。優希様の治癒の力を借りたいと・・・)
その言葉に、優希はすぐさま絨毯の向きを変え、スピードを上げる。
「ウィルさん、全速力でそちらに向かいます。なので、その間に妃達を同じ部屋に運んでください。俺が同時に救って見せます」
(優希様・・・・)
「三時間・・・三時間だけ待ってください。大丈夫、絶対死なせない。クロードさんの、モーリスさんの妃達も子供達も救ってみせる」
優希はその言葉を最後に、絨毯へと意識を集中させ、さらにスピードを上げた。
邸宅に着くと、ウィルが慌てて出迎えてくれた。
そして、妃達はここへ運んできたと優希を部屋に案内する。
そこには、久しく会ってないクロードとモーリスの姿があった。
久しぶりに会えた事で、2人の表情は嬉しそうでもあり、悲しそうにも見えた。
だが、一刻の猶予もない状態に、再会に浸る余裕はなかった。
「ウィルさん、手洗いの湯をお願いします」
そう言いながら、うっすらと目を開け、優希を見つめる妃達の側による。
優希達が使っていた大きなベットに、2人は並んで眠り、目には涙を浮かべていた。
「さぁ、2人とも手を繋いで。俺がその手に力を注ぎます。大丈夫、必ず助けるから、今は自分の体の事と、お腹の子が無事に産まれる事だけを願ってて」
優希の力強い言葉に、妃達は小さく頷き、互いに手を取る。
その姿を見て、優希は優しく微笑み、重なった2人の手に自分の手を添え、祈り始めた。
女神様、力を貸してください。
2人を、お腹の子を守ってください。
そう祈りを込めると、添えた手から光が溢れ始め、2人を暖かく包んだ。
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