第79話 愛しています

一ヶ月が経とうとした頃のある朝、急に優希は三人で空中散歩に行きたいと2人に紙を見せながら、お願いをする。

杖をつけば1人で歩けるようになっていた優希だが、未だに声が出ず、身振り手振りでの表現と口をパクパクさせて会話をしていた。

それでも、相談事がある時や話が長くなる時は、どうしても筆談での会話になっていた。

優希のお願いに2人は今夜時間を作ると約束をし、政務へと向かう。

その後ろ姿を見ながら優希は少し寂しそうな表情を見せた。


その夜、月は綺麗な満月だった。

2人は優希を支えながら絨毯に乗ると、まだ魔力が回復していない優希の代わりに魔石に魔力を注ぐ。

絨毯はゆっくりと空へと上がり、月灯りが一番感じられる所で浮遊する。

優希はその明るさに綺麗と口をパクパクさせて喜ぶ。

その笑顔を見て2人も微笑んだ。

それから優希は両手を胸の前で広げ、交互に上下に動かした。

「それは手話というやつだな?確か・・・嬉しいだ!」

クロードの言葉に優希は頷き、にこりと笑う。

優希は少し前から身振り手振りで伝えている内に、以前、仕事に就くための訓練学校で手話を習った事を思い出し、簡単な単語ではあるが覚えている範囲の手話を使って会話していた。

特に、こんな些細な感情を表す時には、よく使う様になっていた。

少しの間、静かに月を眺めていたが優希は予め書いていたのか、まとめてあった紙の束を一枚ずつめくり始めた。


(今日は2人にお願いがあって連れてきてもらいました)

その出たしの文字に2人は眉を顰める。

(最後まで我慢して聞いてください)

優希は強調するように紙を指で叩く。2人は黙ったまま頷き、紙を見つめる。

(お二人とも結婚をしてください)

「なっ・・・!」

クロードが声を発そうとするのを、優希が唇に指を当てて静止する。

クロードはその仕草にグッと堪えて口を閉じる。

その隣でモーリスも眉を顰めたまま優希を見つめる。

(俺はお二人と結婚はできません。だから、お二人とも別の方と結婚してください)

優希はニコリと微笑みながら一枚、一枚とめくっていく。

(でも、できればわがままを一つ聞いて欲しいです)

(お嫁さんに注ぐ10の内の愛情を、1だけ俺に下さい)

(俺はこの先、魔力が回復できるのかも、声が出るのかもわかりません。何故なら俺の大きな役割は終わったからです)

(俺の大きな役割はこの国の平和と、お二人と王様との仲をもう一度紡ぐ事でした)

(もう三人の絆は切れる事はありません。その絆がこの国を安泰へと導くはずです)

(そして、安泰へ向かった後、残るお二人の役目は後継を残す事です。それは俺には出来ません)

(今の所、俺の気持ちはクロードさんにあります。でも、モーリスさんも大好きなので、後継を産めない俺が贅沢に2人の内のどちらかなんて選べません)

そこまで捲った後、優希は少し寂しそうな表情で微笑むと、ゆっくりと次を捲った。


(俺はもう少し回復したら王城を出ます)

その文字に我慢が出来なくなったのか、クロードが口を開く。

「何故だ!?私の側にいてくれると言ってくれたではないか!」

すると優希はペラペラと紙を捲り、また文字を2人に見せる。

(側にいたかったです。でも、結婚できない俺がここにいるのは不自然です)

「私は優希と結婚したいのだ!私の気持ちは知っているだろう?」

すると優希はまたペラペラと捲り、文字を見せる。

(クロードさんの気持ちはよくわかっています。よくわかっているからこそ、クロードさんがモーリスさんや国に対する想いも、よくわかっているつもりです)

「俺のせいか?俺が気持ちを伝えたから出ていくのか?」

モーリスがやりきれない声で問いかけると、優希は首を振りまた紙をめくる。

(違います。俺は正直嬉しかったです。最初は戸惑ったけど、あんなに俺を毛嫌いしていたモーリスさんが、俺の事を好きだと言ってくれて、本当に嬉しかったです)

「お前は俺達が何を言うのかわかってて、答えを全て書いていたのか?」

優希はニコリと微笑んで、またページを捲る。

(王城を出てしばらくは神殿に身を寄せるつもりです。そこで女神様に祈りを捧げながら今後を見据えるつもりです)

(ずっと考えてました。お二人にとってどういう形が一番いいのか、ずっとずっと考えていました)

(でも、戦いに向けて準備していく中で、お二人がどれほど国を愛しているのかを知りました。だから、これが一番の解決方法では無いかと思ったんです)

いつの間にか優希は涙を流し始め、紙を捲る手が震え始めていた。

(でも、俺は少しだけわがままを言いたのです)

(クロードさんへの愛もまだ諦めなれない。それでいて、モーリスさんの気持ちも感じていたい。ここにいては欲張りな自分が大きくなるんです)

(だから、俺はここを離れます。でも、1だけでいいので俺への愛情を残していて欲しいのです)

そこまで伝えると、優希はパタンと紙の束を閉じ足元へ置く。

そして、口をパクパクさせながら、手話を使う。

自分とクロード、モーリスを指差し、その後から口を動かす。

(俺はクロードさんとモーリスさんが・・・・)

親指と人差し指を立て、顎の下に持ってくるとゆっくりと引く。

そして口は(大好きです)と伝える。

それからニコリと微笑み、人差し指を立て自分の胸に円を描き、左手に拳を作り横にするとそれを撫でるように右手で円を描く。

その後を口が追うように(心から愛しています)と伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る