第78話 慈しむという約束
「優希、喉乾いてないか?」
「果物はどうだ?」
ベットの上で体を起こし、枕を背にあてもたれ座る優希に、2人が甲斐甲斐しく世話を焼く。その姿を苦笑いしながら見つめる。
優希が目覚めてからずっとこの状態が続いていた。
起きたばかりだと言うのに、付きっきりで何やかんやと世話をする2人にため息を溢す。
優希は枕元にあった紙を取り出し、何かを書き始めた。
(お二人とも仕事はいいんですか?)
「あぁ、大丈夫だ。2、3日休みを取った」
「お前が寝ている間、しっかりと政務はこなしていたからな。今はすっかり元に戻りつつあるんだ」
(そうですか。それは良かった)
優希はまた文字を書き、2人に返事をする。
長い間寝込んでいた優希の体力はすっかり落ち、1人では起きることもままならなかった。文字を書く手も震えるくらいだ。
そして、何故か声が出なくなっていた。
医者は長期の寝たっきり状態で喉元の筋力も落ちた事と、急激な高熱と低温で体内の器官バランスが狂ったせいで、喉に支障をきたしたのかもしれないと説明してくれた。
寝ている間、多少の水分を取る事は出来ていたが、栄養が全く取れていなかったから栄養不足もあって、それも原因の一つだから今はとにかく取れるだけの食事と体力を付ける事が先決だと付け加えた。
それでも生きながらえたのは、きっと神のご加護だとも話してくれた。
(みんな無事ですか?何か異変はありませんか?)
優希の文字に2人はため息を吐く。
「優希のおかげで皆、無事だ。街も大した被害もなかった。これも事前に優希が避難対策を練ってくれたおかげだ」
クロードが安心させるかの様に、優希の隣に座り髪を撫でる。
その温もりに優希は頭をすりすりと寄せる。
「人の心配などせずに、今は自分の事だけを考えろ。皆がお前の回復を願ってくれている。その期待に応えてやらねばな」
モーリスもまた優希の隣に座り、手を握る。優希は答える様にぎゅっと握り返す。
それから口を大きく開け、パクパクさせる。
その表情を見て2人は笑みを溢す。
モーリスは持っていた小さく切った果実を口に運ぶと、優希はそれをパクりと口に入れゆっくりと口を動かす。
それでも飲み込みが難しかったのか、少しむせてしまう。
クロードは優しく背中を摩りながらゆっくりでいいと声をかけると、優希はにこりと笑った。
一週間ほど経った頃、優希は自分で寝起きできるほど回復していたが、まだ1人で歩く事ができず、日中はずっとウィルに世話をしてもらっていた。
幸い優希の足が不自由だった頃の手すりなどが残っていたので、優希はそれを伝い歩く練習をしていた。
体は常に痛く涙が出そうではあったが、足が不自由だった頃に比べるとリハビリは楽な方だった。
長い事寝込んだいたせいで、また体のどこかに不自由な所が出るのかと懸念していたが、手も足もしっかりと動く。
その事実が優希は嬉しかった。
起きたばかりの時は文字を書くのも必死だったから、もしかしたらと言う不安が拭いきれていなかったからだ。
リハビリすればするほど、しっかり体は機能していく。
その安堵と一緒にまだ声が出ない事に少しだけ不安を感いていた。
そして、喉はどうやって鍛えるのかと頭を悩ませていた。
少しずつ声を出す練習はしているのものの、一向に出る気配がない。
それでも、無理して喉を痛めないように、歩きながら焦らず少しずつ練習をする。
「優希様、そろそろ休憩しませんか?あまり無理をされると逆効果です」
ウィルの言葉に優希は頷き、手を引かれながら椅子へ向かう。
ふぅとため息を吐きながら腰を下ろすと、ウィルに紙とペンという仕草をする。
ウィルはニコリと微笑んで、すぐに優希の膝元へ紙とペンを運ぶ。
優希はペコリと軽く頭を下げ、何かを書き始めた。
(久しぶりにウィルさんの淹れた紅茶が飲みたいです。水は飽きました)
その文字にウィルは微笑んで、すぐに紅茶を入れる準備をする。
淹れ終わった紅茶を啜りながら美味しいと口を動かす。
ゆっくりとカップを下ろすと優希はまた文字を走らせる。
(俺、ちゃんと笑えてますか?)
その文字を見たウィルは不思議そうな顔をする。
(俺、顔の筋肉も落ちたのか、笑う度に顔が引き攣るんです。だから、うまく笑えてるのか心配になって。前みたいに笑えてますか?)
心配そうな顔で紙を見せる優希に、ウィルは力強く頷き大丈夫ですと答える。
その答えに優希は安堵のため息を溢す。
(良かった。みんなに安心させたいのもあるけど、クロードさんとモーリスさんには沢山笑顔を見せてあげたいんです。特にクロードさんは俺の笑顔が大好きですから)
そう書いた紙をウィルに見せながら笑顔を作る。
そんな優希に、ウィルは優しく微笑む。
「優希様、これからは周りの人を慈しむだけではなく、ご自身も慈しんでくださいね。優希様がご自身を慈しむ事で周りの者は笑顔になります。暖かい笑顔で、暖かい優しさで私達を包んでくれる優希様は、私達にとってとても大切な存在です。
だからこそ、ご自身を自愛して下さい。それが私達の心からの願いです」
ウィルがそう言葉をかけると、優希は目を潤ませ何度も頷いた。
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