第77話 小さなシミ
部屋が慌ただしくなって数時間が経った頃、大きな足跡を立てながら数人の神官が部屋に雪崩れ込む。
そして、その後ろから大司祭が箱を持って現れた。
「間に合いましたか?」
息を切らしながら声をかける大司祭に、クロードとモーリスは何事だと尋ねると、息を整えながら優希のそばへと近寄る。
「お告げがあったのです。優希様の体にもう一度神殿の宝玉を入れなさいと・・・・」
大司祭はそう言いながら、ベットの傍に箱を置き、珠を取り出すと優希の胸へと当てる。
すると、その珠が煌めき、ゆっくりと優希の体内に入っていった。
「どう言う事だ?」
クロードの問いかけに、大司祭は顔を上げ応える。
「どうやら、優希様の体に邪の染みができていたそうなんです」
「邪だと?」
モーリスが眉を顰めて尋ねると、大司祭は大きく頷く。
「恐らくあの戦いの際に、直接邪悪な者に触れた時に体内に埋め込まれたのだと。最初はほんの小さな水滴の様な物だったので、神もその程度であれば、優希様自身で消し去ると思っていたようでしたが、そのシミが大きく育っていたとおっしゃっていました」
「何故、今頃・・・」
クロードが悔しそうな表情を浮かべ声を漏らす。
「それが、最初は疲労からくる衰弱と魔力の枯渇だったのが、急に優希様の負の感情が湧いてきて、邪に飲み込まれているそうです。邪は負の感情を好物としますから・・・きっと、最初は何かのきっかけで生まれた感情が小さなシミを刺激して、それが起きようとしている優希様の意思を阻んでいるようなんです。急変したのはそれが原因です。小さく垂れたシミがじわじわと染み込んで、広がっている状態なのです。恐らく優希様が戻りたいと強く望んだから、そうさせまいと一気に邪が膨らんだのでしょう」
「それで!?優希は助かるのか!?珠が手助けになるのか!?」
大司祭に詰問するクロードをモーリスが嗜めると、クロードは拳を握りしめ、優希へと視線を向ける。
「珠は聖なる祈りから出来ているので、浄化の為に体内へ入れました。その手助けを神がするから今すぐ優希様の元へ行けと・・・ただ、これはあくまでも応急処置です。確率は半々・・・あとは優希様の打ち勝つお気持ち次第です。
お二人とも、あの時みたいに優希様の手を握り声をかけ続けるのです。きっと、その声は届き、優希様の励みとなります。私達はまた神殿に戻り、神殿から祈りを捧げます。
どうか、優希様を救って下さい。このまま逝かれるような事があっては、悔やみきれません。これではまるで、優希様はこの国の為に命を捧げに来ただけではないですか・・・私もあの明るい笑顔がもう一度見たいのです。どうか、どうかよろしくお願いします」
大司祭は深々と頭を下げ、数人の神官を残し部屋を出て行く。
クロードとモーリスは優希の手を取り、もう片方の手でクロードは頬を撫で、モーリスは髪を撫でる。
そして、優希の名を呼びながら戻ってこいと何度も声をかけ続けた。
数時間が経ち、朝日が昇り始めた頃、冷たかった優希の体が次第に熱を帯び始め、握りしめていた手の指がピクリと小さく動いた。
その振動が伝わったのか、2人は声をかけながら優希の手を両手で摩る。
「優希っ!もう少しだ。もう少しだけ頑張れっ!」
その声かけにまた、指が小さく動く。
「そうだ!偉いぞ!お前ならできる。自分を信じろ」
自然と握った手に力が入ると、それに反応するかの様に何度も小さく指は動き続けた。
「優希、私達には優希が必要なんだ。皆、優希の事を心の底から愛している。もちろん私とモーリスもだ。優希、頼む・・・・戻ってきて、また私達の側にいて欲しい・・・」
「戻って来い、優希。まだ、俺への返事も聞かせてもらってないぞ。それにまた、三人で空中散歩に行くんだろう?戻ってくるんだ」
2人の声かけに、いつしか優希の閉じた瞼から涙が溢れる。
そして優希の口から息を吐くかの様に小さな声が漏れた。
「待ってて・・・・」
掠れたか細い声に2人は涙を流し、待ってると笑顔で答えた。
それから二日後、優希は意識を取り戻しゆっくりと目を覚ますと、相変わらずそばで見守ってくれていた2人の姿を見つけ、静かに微笑んだ。
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