第75話 優希の噂

翌日、城内は後処理に追われていた。

街での被害や、城内での被害を早急にまとめ、修繕へと対策を練っていたからだ。

昨日の敵の数は、人間は数人という程度で、あとは大型の獣を数十匹魔物化させただけの敵襲だった。

それでも、兵士の中にはまだ魔物退治を経験していない者もいたので、準備をしていたとはいえ苦戦を強いられた。

多くの負傷者を出した戦いではあったが、優希の治癒魔法で全員が無事という奇跡的な快挙を収めた。

囚われた数人の敵は、魔法を無力化させる牢に入れられ、捌きを待つ事になっている。


大活躍した優希だったが、騎士や兵士達の間で優希に纏わる噂が流れていた。

(普段は温厚だが、戦闘になると人が変わる)

(笑いながら敵を叩きたき落とす姿は、悪魔さながらだった)

そんな噂が飛び交い、騎士達の間で暗黙の決まりができた。

(優希を怒らせてはいけない)(決して血を見せてはいけない)

大活躍した優希の力を褒め称えるより、よほど戦闘時の優希が怖かったのか、そんな不名誉な認識が強く残る事になった。

あの日、優希が血を見て怖がっていたのを見た兵士は、あまりにも大きくなりすぎた噂にその事を話すかどうか悩んだ挙句、口を紡ぐ事にした。


一方、優希はというと、たださえ体力を持っていかれる治癒魔法を広範囲に放った事と、また一時的とは言え魔力増加の宝玉を体内に入れた事で、高熱を出し意識をなくした。

優希本人には効かない自身の治癒魔法、他にこの力を持っている人がいない今は、人間が出来る範囲での治療をし、優希自身が持ち直すのを待つしかなかった。

今度はいつ目覚めるかわからない。

その事がクロードとモーリスの胸を痛めていた。

自ら暴走させたわけではないが、優希はそれに近い状態だった。

初めての戦闘で疲労していたのに本敵を倒した後、一瞬で広範囲の敵を浄化し、治癒魔法まで使った。

以前もやった方法ではあったが、あの時の優希は意識はなく、恐らく神が力を貸した。それ以前に、昔とは規模が違う・・・。

その上、今一番杞憂しているのは優希から魔力のマナが感じ取れない事だった。

つまり枯渇している状態なのだ。

色んな要因が混ざり、意識を無くしている優希がこのまま目を覚まさないのでは無いかと皆が不安に襲われていた。

熱で顔は赤らんでいるのに、上がらぬ息使い。

汗を大量にかいているのに、水を欲さない口元。

氷を小さく砕いて口の中に含ませるが、それでも小さくしか喉元は動かず、大半は口から漏れてしまう。

死の狭間に陥るのはこれが初めてではない。

その度に優希は打ち勝ってきた。だが、奇跡が何度も起こるとは限らない。

会議場で王から元の世界に戻すべきではないかと提案されたが、そうそう行き来できる事ではないから、安全に戻る確証も、そして戻れたとしても今度はこちらに戻れない可能性が大きいと魔法塔の使徒達に釘を刺される。

その夜、クロードとモーリスは思い詰めたような顔で静かに優希を見つめていた。


「クロード王子、モーリス王子、少し宜しいでしょうか?」

いつの間にか部屋に入ってきたウィルがそっと声をかける。

2人がウィルに視線を向けると、ウィルは優しく微笑む。

「以前・・・優希様がおっしゃっていたのを思い出しまして・・・優希様はきっと元の場所へ戻る事を望んでいないと思います」

ウィルの言葉に2人は眉を顰める。

「元の場所には育ててくれた方や、友達、体が不自由になってから親切にしてくださった方々がいますが、ここの人達みたいにご自分の事を心から必要だと言ってくれる人はいなかったと仰っていました。ご自分はその他大勢の中の1人だと・・・親にも不要と捨てられたからか、誰かに優希様は必要な人間だと言われたかったと・・・。その他大勢で埋もれていく存在ではなく、ご自分が確かに存在している1人の人間だと認めて欲しかったと話していました」

ウィルはそう話した後、優希の机から一枚の紙を取り、それを2人に渡す。

「なんだ?これは?」

クロードの問いかけにウィルはまたニコリと微笑み、口を開く。

「戦闘が無事に終わったら、お二人やこの邸宅でしたい事を書いていらしてました。ここの世界はご自分を必要としてくれて、愛してくれる人が沢山いる。そして可愛い弟が2人も出来た。家族ができた事が一番嬉しいと笑顔で仰ってました。

だから、ここでずっと暮らしたいとも・・・・。もし、元の場所へ戻って、命が助かっても、それでまた体が不自由になった時、優希様は1人で生きていかなければなりません。

万が一・・・万が一ダメだった時、優希様は1人寂しく逝ってしまわれます。

私は優希様に1人寂しく逝ってほしくありません。万が一の時でも、ここでなら愛する人達に看取ってもらえます。ですから、優希様を元の場所に帰さないで頂きたいのです」

ウィルはそう言い終えると、頭を深々と下げた後、静かに部屋を出ていった。

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