第69話 月夜の願い

「いいですか?お二人とも。俺は魔力回復してから初めて魔法を使います。なので、しっかりと絨毯を捕まえてくださいね。それから、俺の事も支えてくれるとありがたいです」

まるで何かが起こるのを確信しているかのように、優希がドヤ顔で2人に話す。

「優希、今日は私が魔力を注ごう。あまり無理はするな」

優希の表情にクロードが側でハラハラしながら声をかける。

「お前は病み上がりだ。練習を兼ねてなら別の方法でやればいい」

モーリスも不安そうに声をかけるが、優希は手をかざし2人を静止させる。

「ダメです。これは俺の訓練でもあるんです。まったく、すぐ俺を甘やかす。クロードさんだけならまだしも、最近はモーリスさんまで甘々だ。正直、俺は2人の対応に困ってます。これでは俺は成長しません」

はっきりと断る優希に2人はたじろぎながら言葉を返す。

「私達は優希が心配なだけだ」

「そうだ。何も訓練を怠れとは言ってない」

「それがいけないんです。いいですか?俺がこんなに膨大な魔力を持ったのは、前回の時以来です。その時は訓練する間もなく力を感情のままに暴走させ、命を危険にさらしました。甘やかすだけが愛情ではありません。

今回は訓練する時間がある。でも、決してその期間は長くないんです。

訓練が一日でも足りずに、上手くコントロールできない事で皆さんを危険に晒したくないんです。その後悔がきっとあの時みたいに感情のまま暴走させる危険があるんです。俺はあの時、力が足りない自分を悔やみました。目の前で傷付いている2人をどうしても守りたかったんです。

あの時みたいな後悔は二度と味わいたく無いし、約束したように命を安易に手放したく無いんです」

説得力がある言葉と、切実な願いが優希を通して伝わってくると、2人はぎゅっと唇を固く結ぶ。

「・・・お説教はこれくらいにして、ほらっ、出発しますよ」

優希は2人の返事を待たずに、中央に備えられた魔石に魔力を注ぎ込む。

すると、そこからは眩い光が放たれ、凄い勢いで絨毯は一気に上へと舞い上がり、その勢いで絨毯の端がクルンと捲れ上がる。

「お、落ちるっ!」

「優希!大丈夫だ。私達がしっかり支える。だから、集中するんだ!」

「優希、俺達の支えている手を感じ取れっ。集中力を分散するんだ!できるな!?」

2人の声に優希は頷き、目を閉じる。

背中には2人の腕が交差して優希を支えている。

その温もりを拾う様に意識を向ける。

その安堵するような温もりを感じ取った瞬間、広がった魔力の光が幅を萎め穏やかな輝きに変わる。絨毯も勢いを止め、並行を保ちゆらゆらと動く。

「いいか、優希。常に注ぐ必要はないんだ。移動する場合は注ぐ必要があるが、停滞させる時は魔法石に貯めておけばいいんだ」

クロードの言葉に頷き、既に遥か上空に来ていた絨毯を少しづつ降下させ、程よい高さまで来ると、魔法石に魔力を溜め込むように注ぐ。

「よくやった。それでいい」

優希の姿にモーリスも素直に褒める。優希はゆっくりと手を離し、絨毯が安定したのを確認すると安堵のため息を深く吐く。

「落ちるかと思った・・・・これは、魔力の放出時の力加減を覚えるべきですね。訓練する箇所がわかって良かった・・・」

優希の安堵のため息に釣られて2人もため息を溢すと、双方から手を伸ばし優希の頭を撫でる。

「わっ!見てください!月も星も綺麗です!」

頭を撫でられながら優希は空を見上げ、大声を出す。

優希の声に2人も空を見上げる。

「俺が住んでた街って高い建物が多くて、星とかを見るってなったら時間かけて田舎の方に行くか、山を登るかしないといけないんです。だから、こんな満天の星は初めてみました。月もこんなに大きくて、とても綺麗だ。これを見れるのもこの世界に来たからですよね。クロードさん、モーリスさん、俺を呼んでくれてありがとうございます」

夜空の星の様にキラキラとした満面の笑みを浮かべる優希に、2人は呆然と見惚れる。

「あっ、流れ星!」

星を指差し嬉しそうに声を上げると、キョロキョロと2人を見つめる。

「この世界にもあるんですか?」

その声に我に返った2人が声を揃えて何がだ?と答える。

「俺の世界ではですね、流れ星に願いを込めると叶うって話があるんです」

「・・・とても素敵な言い伝えだな」

「あぁ・・・」

言葉短めに返事をすると、2人はまた星を見上げた。

優希の指先は何度も流れる星を追っていた。

「そうだ!星に願いを込めませんか?」

「何をだ?」

「優希!優希の願い事は私が叶えてやるぞ」

「ダメです。星に願う事に意味があるんです。そうだなぁ・・・」

ぶつぶつと呟きながら考え込む優希は、しばらく俯いた後、顔を上げて目を閉じ空を見上げる。

「戦いが無事に終わって、また三人揃って空中散歩ができますように・・・」

優希が溢す言葉に2人は胸をぎゅうと締め付けられる。

そして2人も空を見上げ、瞼を閉じる。2人の願い事はただ一つ・・・

(優希の笑顔を守れますように・・・・)

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