第68話 戦いの前に
「クロードさん、モーリスさん、見てください。俺、だいぶ歩けるようになりました」
生まれたての子鹿の様に足を震わせながら、寝室の隣の応接間に優希が現れる。
「優希!何をしてるんだ!?」
慌てて立ち上がるクロードとモーリスに、優希は手出しは無用と手をかざす。
「もう三日も寝たんです。よく食べて、よく寝たので今度は体力をつけないと」
側で寄り添うウィルにもう少しと何度も声をかけながら、ゆっくりと歩を進める。
部屋の半ばまで来て、ウィルの名を呼び助けを乞うとクロードが頬を膨らませる。
「私がいるのに、何故、私の名を呼ばないんだ」
「クロードさんはすぐ甘やかして抱えるからです。ウィルさんは俺の頑張りを応援してくれてるから、こうやって手を掴んでくれるんです」
隣にいるウィルに優希はニコリと笑うと、ウィルも笑顔で返す。
それを見たクロードはますます不貞腐れ、隣にいたモーリスも眉を顰め、乱暴に腰を下ろす。
「モーリスさんまで何をそんなに怒ってるんですか?」
キョトンとした顔で尋ねるが、モーリスは顰めっ面のまま優希の問いかけに答えず、そっぽを向く。
優希は納得できない顔をしながら、長椅子まで辿り着くと今度はクロードに手を差し伸べ、支えてもらいながら一緒にゆっくりと腰を下ろす。
「それより、魔物の動きはどうですか?」
ふうとため息を吐きながら、優希はテーブルに並べられた書類に目をやる。
「まったくお前は・・・。魔物は各地の森を中心に出現し始めている。王宮の騎士団と街にいる護衛隊を集めて、分散して討伐している所だ。幸い、最初の頃と比べて数が少ないから何とか回している」
モーリスは書類の中から配置の図面を見せながら答えた。
「一度目の討伐で、ある程度の魔物の種類や性質は見定める事ができた。それも討伐の助けとなっている。あと、優希の作った絨毯が役に立っているぞ。おかげで移動に時間を取られる事がなくなったからな」
クロードは優希の頭を撫でながら、よくやったと褒める。
優希は笑顔で頷いたあと、急にスッと真面目な顔をする。
「女神様が言うにはあちらに動きがあって、近い内に王城に現れるだろうと言ってました」
「ここに現れるのか!?」
クロードの驚いた声に、モーリスは冷静な声で答える。
「狙いは王家の珠と優希か・・・」
「はい。僕に対しては邪魔だと認識しているのと復讐の為です。そして、その為には王家の珠を手に入れ、あちらも力を取り入れる必要があるんです。まずは力を手に入れ、俺を倒してから一気に攻め入る作戦だと思います」
優希の話に2人は眉を顰め、互いの顔を見合わせる。
それから、優希へと視線を向けると2人は口を開く。
「優希、約束してくれないか?1人で絶対に無理をしないと」
「そうだ。俺達はお前を守るためにここにいる。今のお前は俺達より魔力は上だし、力も優っているかもしれないが、俺達がいる事を忘れるな」
「わかってます。あの眠りの中でお二人が悲しむ姿も、大司祭様やウィルさん、邸宅のみんなが俺の事を想っている姿も見えました。俺はみんなが悲しむ結果を望んでいません。笑顔の未来を望んでいるんです。俺だけの仕事は終わりました。これから先は全力で頼るつもりです」
力強く返事をする優希に、2人も力強く頷く。
それから優希は少し俯き、それに・・・と言葉を漏らす。
「俺は最初から自分の力が、自分の為には使えない事を知ってました」
「何だとっ!?」
優希の言葉に2人が声を荒げる。優希は苦笑いしながら言葉を繋げる。
「最初は擦り傷程度は治せてたんです。それが、力が大きくなるにつれて何故か自分に使えない事がわかったんです。防御の力も自分には使えません」
「それはどう言う事だ?」
クロードが心配そうに優希を見つめ、問いかける。
「つまり、俺の力は全て誰かを守るために備わっているという事です。傷を治す力も守る為の力も全てはお二人を、この国を守るために与えられた力なんです」
「そんな・・・」
「・・・まるで俺達に全てを捧げる為にいるような物じゃないか」
辛そうな表情を浮かべる2人とは反対に、優希は笑顔を浮かべる。
「嘆いている場合ではないですよ。俺はみんなと笑顔の未来を望んでいると言ったじゃないですか。だから、俺はみんなを守り、2人は俺を守ってください。頼みますよ?俺の命はお二人にかかってるんですからね」
明るい声で話す優希に釣られ、2人も笑みを溢す。
「必ず守ってやるからな」
「当たり前だ」
2人はそう答えると、優希に優しく微笑む。
「そうだ!その前にお二人は今夜暇ですか?」
甘ったるい和み雰囲気をぶち壊し、優希が唐突に尋ねる。
2人は呆れたように優希を見るが、互いに何もないと返事を返す。
「それでは三人で絨毯デートしましょう。今日は月がとても綺麗だそうですよ。本当はクロードさんと2人でと思ったんですが、最近、モーリスさんが甘えん坊なので兄弟三人仲良く出かける事にしました」
「優希!私は兄弟ではなく婚約者だぞ!?」
「俺もお前の兄弟なんかではない!」
「もーそこは合わせてくださいよ。俺は年上として、お二人のお兄ちゃんとして、お二人を平等に可愛がってるんですから。あっ、もちろん、兄弟愛と婚約者愛は分けてますよ?」
優希の返事にクロードは笑みを浮かべるが、隣でモーリスはクロードを睨む。
そんな2人の空気を読めない優希は2人に時間を告げ、それまで休むといい残し、また生まれたての子鹿の様な足取りでゆっくりと部屋を出ていった。
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