第65話 幸せを願う
「な・・・泣きすぎです」
か細い声にクロードとモーリスが顔を上げる。
視線の先には弱々しく微笑む優希がいた。
全ての治療が終わった後も2人は、優希の側を離れず祈り続けていた。
「手・・・手がビチョビチョです・・・」
「あぁ・・・優希・・・優希・・・・」
クロードは更に涙を流しながら、優希の頭を撫でる。
「お前は・・・お前は何でいつも無茶をするんだ・・・」
モーリスも優希の反対側の頭を撫でる。
「大丈夫・・・だから・・・待っててと・・・」
掠れた声で言葉を捻り出した後、優希は咳き込む。
モーリスは慌てて側にあったコップに水を注ぐと、クロードはゆっくりと優希の体を支えるように、抱き抱え体を起こす。
「無理をするな。まだ熱があるんだ」
「ほら、水を飲め」
モーリスから受け取ったコップを震える手で持ち、クロードに手を支えてもらいながら一口飲むとうぅと唸り声をあげる。
「喉が・・・喉が痛い・・・」
「あぁ・・・きっと体が火傷状態だったから、喉も痛んでるはずだ。ゆっくり舐める様に飲むんだ」
クロードの言葉に頷き、口に少し含んでは少しづつ喉に流し込む。
「何があったのか聞きたいが、今は休んでくれ」
「熱がもう少し引いたら、お前を連れてクロード邸に戻る予定だ」
「わ・・・わかりました・・・あの・・・手が・・・」
「手が痛いのか?」
クロードが慌てて、優希の手を取ると優希は首を振る。
「ふ・・・2人が・・・泣きすぎたせいで・・・手が・・・包帯が・・・濡れてて、キモチワルイ・・・・」
優希の言葉に2人は唖然とするが、すぐにふっと笑みを溢し、すまなかったと包帯を取り換え始める。
その笑顔に優希も笑顔で応えた。
「優希、頼むから無茶をしないでくれ」
「まったくだ・・・」
クロードとモーリスがそれぞれの手を手当てする。
その様子を見ながらふふッと笑みを溢す。
「俺・・・気絶してから、これまでの事が走馬灯のように見えたんです」
ボソボソと話始めた優希の話を、2人は手を止めて聞き入る。
「何だろう・・・俺、ずっと寂しかったのかも知れません。親がいなくても平気だと思ってたけど、その分、俺より小さい子達の面倒を見る事で、自分の存在意義を示したかったのかも知れません。周りの人に優しくして、面倒を見て、明るく振舞って、自分はいらない子じゃない、可哀想な子じゃないって証明したかったと思います」
「優希・・・・」
「・・・・・」
「ずっとそうやって暮らしてきたから、ここに来てもその癖が抜けないんです。誰かの為にやる事が当たり前になってたんです。でも、明らかに違う点がありました」
優希はそう言うと2人の手をそっと握る。
「いろんな場面を見てきたけど、俺、ずっと本気で笑ってなかったなって。それを見て、ずっとつまんない生き方をしてきたなって思ったんです。そんな事を考えなくても俺は俺なのに・・・ここでの最初の5年間も本当につまらない物でした。でも、クロードさんに出会って、モーリスさんやウィルさん達に出会って、心から笑ってる自分がいたんです。
それはきっと、みんなが本当に心から俺を愛してくれて、想ってくれたからだと感じるんです」
握った手を自分の顔まで引き寄せると2人の手を頬に当てる。
「俺をこの世界に呼んでくれてありがとうございます。2人の声、ちゃんと聞こえました。みんなの声も・・・俺の名前を呼んでくれて、俺を暗闇から引き上げてくれてありがとう」
少し涙混じりに囁く優希の声に、2人も顔を歪ませる。
そして優希に握られた手を、握り返す。
「優希、私達こそお礼を言うべきだ。戻ってきてくれてありがとう。優希、愛してる・・・」
クロードも涙まじりにお礼を述べると、黙り込んでいたモーリスが口を開く。
「お・・・俺も愛しているぞ」
気まずそうにそう呟くモーリスに、2人は溢れる涙も引っ込み、目を丸くする。
「わぁ・・・クロードさん、俺、耳までおかしくなったみたいです・・・」
「・・・優希、それは・・・」
「失礼なやつだな。せっかく俺が素直に言ったのに・・・」
耳を赤らめながら文句を言うモーリスに、優希はごめんさいと謝りながら笑った。
「こいつは・・・・」
「モーリス、それではダメだ」
呆れた顔のモーリスに、クロードは真剣な顔で答える。
「俺は諦めるのはやめるぞ」
「わかった。受けてたとう」
2人のやり取りを見て優希は慌てて、手を握り返す。
「なんの喧嘩ですか?喧嘩なんてしてる場合ではないですよ!まず先に、俺の手の包帯を巻いてください。取れました」
2人の手を掴んだまま持ち上げ、解けている包帯をヒラヒラと揺らすとニカっと笑う。
そんな優希を見ながら、モーリスはため息を吐き、クロードは笑う。
2人はまた優希の手を引き、包帯を巻いていく。
和やかな雰囲気の中、優希はこれからの事を考えていた。
この笑顔を守るために、この笑顔と共に生きて行くために、できること、やるべき事を思い浮かべた。
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