第50話 発明家になる

「優希、何をしているのだ?」

長椅子に座り、机用の椅子の寸法を測っている優希に、クロードが声をかける。

「おかえりさい、クロードさん」

クロードの声に優希は振り返り笑顔で返事をする。

クロードはただいまと言いながら、笑顔を返し、優希の隣に腰を下ろす。

「モーリスさんから魔石を一つ貰えるので、車椅子を作ろうかと思って」

「車椅子?」

不思議そうに首を傾げるクロードに、優希はテーブルにある図案を見せる。

「俺の世界にはあったけど、ここには無いから作るんです。椅子にタイヤ・・・馬車の車輪を付けて、そこに魔石をつけて風魔法を込めるんです。コントロールは魔力になりますが、これで座ったまま移動ができるはずです。本当は歩いた方がいいんですが、仕事場となるとすぐに立ったり移動ができないし、ましてや手すりを付けるわけにも行かないので、これで移動するんです」

「なるほど・・・これが本当にできるのであれば、工夫次第では民にも使えるな」

優希の図案を眺めながらクロードは答える。

「はい。いずれはそのつもりです。細かい部分は魔塔の皆さんが一緒に考えてくれるそうですし、完成して上手く動く様であれば、ぜひ神殿でも使いたいと大司祭様が言っていました」

笑顔で話す優希に、よくやったとばかりにクロードが頭を撫でてやる。優希も満足げにふふっと笑う。

「あと魔法の絨毯も作る予定です」

「それは何だ?」

「言葉のまんまです。絨毯に風魔法を付けて宙に浮くようにするんです。風を使えば体を浮かせる事は可能ですが、俺にはバランス取る事もできないので、その絨毯に座って浮けば、階段も楽々です」

「それはいいな。出来上がったらまずは優希と宙を散歩したいな」

「いいですね。アラジンみたいに空中デートですね」

親指を立て微笑むが、クロードにはアラジンの意味がわからず、優希はその物語を話すハメになった。


椅子の製作の間に少しでも魔力を上げようと、1週間経った今日も優希は部屋で訓練をしていた。

あの時の感覚を取り戻そうと、何度も日記を読み返しては、瞑想したり実践したりしながら過ごしてきた。

「優希様、モーリス様がお見えです」

ウィルの言葉に振り向くと、モーリスが入ってきた。

「いらっしゃい。モーリスさん。部屋、移動しますか?」

優希の問いに、ここで構わないと告げ椅子に腰を下ろす。

あれから仕事が始まっていたが、魔塔に行くには1人での移動は難しく、その度にお世話になるのも気が引けるので、車椅子ができるまでクロード邸宅の一室を開け、そこを集まりの場にしていた。

「今日は魔石をいくつか持ってきただけだ」

そう言って袋をテーブルに置く。

優希はそれを受け取り、中を覗くと魔石が5個も入っているのに驚く。

「こんなに沢山いいんですか?」

「あぁ。練習もあるだろうし、幾つか作っておけば成功した時にすぐにでも他の物に使える」

「なるほど・・・さすがです。じゃあ、早速一つ試してみましょう」

優希は袋の中から魔石を取り出すと呪文を唱え始めた。

魔石がゆっくりと光を放ち、しばらくすると優希の体が揺れ、光が止むと同時に体が傾く。

「おい、大丈夫か?」

モーリスが慌てて立ち上がり、テーブル越しに優希の体を支える。

優希はモーリスに支えられながら大丈夫と答える。

「モーリスさん、そこの絨毯取ってもらえますか?」

テーブルの端に置かれている絨毯を指さすと、モーリスが手に取り優希に差し出す。優希は受け取った絨毯をテーブルに広げ、中央上にあるポケットに魔石を入れる。

そして、その上に腰掛けると魔石に手を充て魔力を注ぐ。

すると、ゆっくりと絨毯が凪き、宙へと上がり始める。

「おぉぉ・・・どうです?モーリスさん」

少しずつ上に上がっていく優希を、座ったまま見つめながらモーリスは驚きの表情を見せる。

「これがうまくいけば、移動も楽になり、騎士のブーツに魔石を埋め込んで、訓練次第では実践に使えるはずです」

「なるほど・・・それは凄い」

感嘆の声でモーリスは呟く。モーリスの頭上まで上がった瞬間、絨毯の動きが止まり落下し始めた。

モーリスはすかさず立ち上がり優希を抱き止める。

「びっくりした・・・やっぱり、俺の魔力不足ですね。さっき、魔石に貯めるだけでもクラクラしました」

「お前は・・・それならそうと何故言わない。魔力だけなら俺の力でも貸せただろう?」

「そう言えばそうですね。思いつかなかったです」

笑いながら答える優希に、モーリスは呆れ顔でため息をつく。

ゆっくりと優希を椅子に座らせると、そのままモーリスも隣に腰を下ろす。

「・・・・前に話していた婚姻の事だが、お前はそれでいいのか?クロードとは話したのか?」

急な話題に、優希はきょとんとする。

「俺の為とかは考えなくて良い。すでにクロードは俺の力に十分なってくれている。だから、心配しなくていい」

「それは嫌です。第一モーリスさんの力になる事は、クロードさんの昔からの望みでした。それに俺も力になりたいと本当に思ってます。婚姻の事は・・・本当はクロードさんも俺も嫌ですが、この国の為には世継ぎを作るという意味でも必要な事ですし、モーリスさんの支えになるという意味では間違ったことでは無いです。モーリスさん、今まで沢山の重荷を背負ってきたじゃないですか。それに加えて家族の事とか王妃の事で悩んでたモーリスさんも、クロードさんとはまた違った孤独を味わったはずです。俺はクロードさんも、モーリスさんも救いたいんです。幸せになって欲しいんです」

うそ偽りのない言葉をまっすぐにモーリスへと投げかける。

優希の力強い眼差しに、モーリスも目を外せずにいた。

「・・・お前は向こうに戻ってから成長したな。お前のそう言う真っ直ぐな言葉や表情は嫌いではない・・・」

もっと早く出会いたかった・・・その言葉をグッと堪えるモーリスの表情は辛そうに見えた。

優希はそっとモーリスの頭に手を伸ばし、髪を撫でる。

モーリスは体をビクッと震わせ、目を大きく開く。

「俺は2人のお兄ちゃんになります。これでも俺の方が年上ですからね。これからは俺が2人を支えて、こうやって沢山頭を撫でて甘やかしますね」

「何を言ってるんだか・・・」

「モーリスさん、今まで1人でよく頑張りました。これからは一緒に頑張りましょう」

優希はそう言って微笑むと、また頭を撫でる。

モーリスは優希の手を振り解き、戻ると伝えると席を立ち部屋のドアを開けると、クロードが立っていた。

「・・・誤解するな」

モーリスは一言だけクロードに言い放つと、部屋を出ていった。

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