第38話 本当の姿
1ヶ月近くクロードとの会話が続いたが、だんだんと話す時間は少なくなっていた。元々は優希の魔法で作ったブレス、元の世界に戻り、魔力などない優希には治す力なんてなかった。
「優希、今日はいい知らせがあるんだ」
ブレスが通じると同時に、クロードの明るい声が聞こえた。
「召喚の魔法陣が書かれた文章が見つかったんだ。今、それを解析している。もうすぐ会えるかもしれない」
クロードの明るい声に対し、優希は少し戸惑いを感じていた。
「優希・・・?もしかして、ここに来るのは不安か?」
「・・・・」
「私がいければいいのだが、この魔法は呼び出す事しかできない」
「・・・・クロードさんはここに来るのは不安では無いんですか?」
「私は優希が側にいればそれでいい。何も怖くない。だが、行くことは叶わない。・・・優希、ここに来るのは嫌か?」
「嫌では・・ないと思います」
元気のない返事にクロードが優しく声をかける。
「記憶がないのだから、ここに来るのは不安だろう?だが、ここにいる者達は皆、優希を想っている。特に私の邸宅の使用人達は心待ちにしている。・・・いや、この言い方は良くないな。優希に負担をかけてしまう。だが・・・私はここに、私のそばに来て欲しい・・・」
クロードの切ない言葉に優希は胸が熱くなる。本当はすぐにでも行きたい。
記憶がなくて不安も確かにあるが、クロードに会ってみたい。
でも・・・今まで考えないようにしてきた不安が込み上げてくる。
「優希?泣いているのか?」
優希は涙を流しながら、自分の部屋を見渡し、それからゆっくりと自分の足に視線を下ろす。
「クロードさん・・・俺、クロードさんに言ってない事がある」
「どうした?」
相変わらず優しい声で尋ねるクロードに、鼻を啜りながら大きくため息をつく。
「俺、目が覚めたら病院に居たっていいましたよね?」
「あぁ・・」
「俺、結構重症だったんです。いつ死んでも不思議じゃないくらい」
「・・・そうだったのか」
「お医者さんのおかげで命は助かったけど、俺、脳・・・頭の中にまで悪いのがいっちゃって・・・多分、記憶がないのもそのせいです」
「そうか・・・もう、大丈夫なのか?」
「病気は治りました。でも・・・」
「でも?」
「左足が上手く動かなくなりました・・・」
そこまで言い終えると、優希は嗚咽を漏らす。
「本当はクロードさんに会いたいし、そこに行きたいけど、今の俺は国から身体不自由者として援助してもらってて、部屋中には掴まって歩く器具や、転ばないように段差を無くしたり、外では足に器具を着けて、杖を使わないと歩けません。それもゆっくりしか・・・」
「・・・・」
「俺、多分クロードさんの事が凄い好きなんだと思います。クロードさんの気持ちも凄く伝わっています。だから、尚更、この姿でそこに行く事が怖いんです。それに・・・」
「・・・・・すまない。私がちゃんと優希を守ってやれば・・・」
「それが、一番怖いんです!」
申し訳なさそうな声で謝るクロードに優希は声を荒げる。
「クロードさんは俺が、クロードさんを、クロードさんの世界を救ったといいました。昔の俺なら、クロードさんが大好きだった俺なら、謝ってほしくない!俺が一番怖いのは、クロードさんの愛が同情に変わる事です!」
「優希、そんな事は・・・」
「断言できますか?俺はその同情心で周りに助けられる事もあるから、ありがたく受け止めるけど、時にはその同情心がその人の負担に、迷惑をかける事も知ってます。だから、その人が離れても仕方ないって諦めてきたけど、クロードさんが重荷に感じて離れるのは辛い。はぁ・・・ごめんなさい。少し時間をください」
「待て!ゆ・・・」
クロードの言葉を遮る様に通信が途絶える。
ブレスを握り締めながら優希は泣き続けた。
足が不自由になっても、記憶が戻らなくても優希は前を向けていた。
持ち前の明るさで、生きているんだから何とかなると自分に言い聞かせて今までやってきた。
でも、クロードの存在がわかってからはずっとその事が恨めしかった。
クロードの話を聞けば聞くほど、楽しいと思う反面、優希の胸を苦しめていた。
素直に飛び込めない事実が悲しかった。
ある程度の事は自分で出来るし、きっとクロードは支えてくれるとわかってはいた。だが、あんなに毎日愛してると囁いてくれるクロードの気持ちが、変わるのだけが怖かった。
「ひどい事言ってごめんなさい・・・」
八つ当たりにも似た感情でクロードにきつく当たった事を後悔しながら、その夜は泣いて過ごした。
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