第36話 懐かしい声

モックに入り、飲み物を三人分頼むと、先に席を取っていた美久が自分が運ぶと、戻ってきていた。

飲み物が置かれたトレーを渡し、席に着くと優希は5年以上の記憶がないと伝えた。気がついたら病院にいて、一時は危篤になったが何とか回復した事、足はその時の後遺症だと話した。

それから、記憶の無い5年の間に優希と会った事があるのかと尋ねた。

美久はまた涙を流しながら、あの世界の事を話し始めた。

最初はからかっているのかと思ったが、美久の真剣な顔と横で聞いてる母親と名乗る女性が、静かに優希を見つめていたので、優希も黙ったまま最後まで話を聞いていた。


「出会ったのはほんの僅かでしたが、私は優希さんに救われたんです。この世界に戻れ、またこうして家族と暮らせる事ができたのも優希さんのおかげです。あれから・・・死ぬかもしれないと優希さんが言葉を残してから、すぐここに戻されたけど、会えなかった間もずっと優希さんが心配で、両親に頼んで探してもらってたんです。一緒にいた時間があまりにも少なかったけど、優希さんが一緒に閉じ込められてる時に、施設で育ったことや、どの辺に住んでたとか、どこの高校に通っていたとか話してくれてたから、それを頼りに探して施設までは辿り着いたんですが、もう無くなってて、そこから時間がかかってしまいました」

鼻を啜りながら美久は話し続けた。

「交番で施設の事とか、優希さんの名前を伝えて調べてもらってたら、たまたま尋ねてきた刑事さんが優希さんを知ってると教えてくれて、住所は流石に教えてくれなかったですが、この辺に住んでいるはずだと聞いたので、母と夕方くらいから探してました」

「夕方からって・・・そんな何時間も探してたんですか?」

「はい。どうしても会って無事なのか確かめたかったし、何よりお礼が言いたかったんです」

一度引っ込んだ涙をまた浮かべて、優希を見つめる。

すると横から母親が優希に声をかけた。

「私達も最初は信じられなくて、何か怖い目に遭って混乱しているのかと思ってたんですが、日常にも慣れ、夜間ではありますが高校にも通い始めて、気持ちが落ち着いてきたはずなのに、ずっとその話を、あなたの話をしていて、雲を掴むような事でしたが、それでも一緒に探してたんです。ですが、手掛かりを見つけた頃からやっと信じる事ができて、こうして会えて本当の事だったと確信が持てたんです。この子がいなくなって、主人や子供達とビラを配ったりしてずっと探してたんです。優希さん、この子を私達の元に帰してくれてありがとうございます」

母親は優希の手を取り、何度もありがとうと頭を下げる。

優希はまだ何も思い出せないでいたが、見つめ合う親子が微笑ましくて自然と笑顔になっていた。

その後は連絡先を交換して別れたが、優希は美久から聞いた名前が頭から離れずにいた。


自宅に戻り、リュックの中身を片付けるとベットに雪崩れ込む。

腕を額に当て、少し頭が痛くなる内容を思い出す。

確かに昔は転生とか異世界の本を好んで読んでいたが、まさか自分がその世界に行っていたとは、いまだに信じられない。

それから、美久が言っていた2人の名前・・・その国の王子達だと言ってた。

その2人を家族だと、そしてその内の1人を婚約者だと優希が言っていたと聞いた。

別れの時も2人は寄り添い悲しんでいたと・・・。俺が異世界で王子と婚約・・・なんて不思議な話だ・・・そう思いながら、ポツリとその名を口にする。

「クロード・・・」

ずっと頭から離れない名前、何故か懐かしくもあり、切なくなる名前・・・ぼんやりと何度もその名前を口にする。

すると、額に置いていた腕のブレスが光り、どこからか声がした。

「・・・き。・・・優希なのか?」

慌てて額から腕を離しブレスを見ると、声が聞こえなくなる。

優希は光ったままのブレスを腕から取り、耳に当てる。

「優希・・・無事なのか?返事してくれ・・・」

思い出せないのに、優しいその声が胸を締め付ける。

「誰?」

「優希!?あぁ・・その声は優希だな・・・良かった・・生きていたんだな」

涙声に聞こえるその声は、どこか聞き覚えがある気がした。

「あなたは誰?」

「私がわからないのか?クロー・・・」

何かを言いかけて、その声は途切れた。そして、光は消える。

優希はその先の言葉がわかり、何故か涙が溢れた。

彼がクロードだ・・・。

そう確信すると涙が止まらなくなり、ブレスを握りしめた。

美久が言ってた事は本当なのだろうか・・・だとしたら、俺はこの人の婚約者で、この人を愛していたのか・・・?

苦しくなる程切ない胸が、今日ほど記憶がない事を悔やんでいた。

彼の事を思い出したい。この気持ちが何なのか知りたい。

そんな想いが溢れ出して止まらなかった。

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