第23話 俺にください

約束の時間が近づき、優希とクロードは身支度を始めた。

クロードはいつもの様にコートを羽織るとフードを深々と被った。

それを見ていた優希は、クロードにコートを脱ぐ様に伝え、長椅子に座らせる。

そして鏡台からブラシと編み紐を取り出し、クロードの背に回る。

通知が来てから、優希は考えたい事があると部屋に篭った為、あれからほとんど会話をしていなかった。

クロードの髪を溶かしながら、優希はゆっくりと口を開く。

「クロードさん、今日はフードを被るのはやめましょう」

「そ、それは、できない・・・」

優希の言葉に俯き、ズボンをぎゅっと掴む。優希は髪が結えないと顔を上げさせた。

「クロードさん、今日は後ろで一つにしますね。それから、この編み紐で結います」

優希がクロードに見せた紐は、最初にメイドが作ってくれた紐だった。

あれから何本かメイド達が編んでくれていて、鏡台にはそれが並べられていたが、優希はあえてそれを選んできた。

「これはクロードさんが第一歩を踏み出した記念の紐です。そして、ウィルさん以外の人がクロードさんの為に、初めてプレゼントしてくれた好意が詰まった紐です。大丈夫です。少なくともここの人達はクロードさんを愛してくれてます。だから、自信を持ってください。この邸宅の主人として、今日は堂々と行きましょう」

優希は器用に紐を使い、いつもの様に髪を結い上げていく。

「それから、今日俺が話す事には一切口を出さないで下さい。下手に口を挟めば、余計な誤解を生みかねませんから。もし、クロードさんの言葉が必要だと思った時には、クロードさんの手を握ります。だから、隣にいてくれますか?」

「もちろんだ」

優希の手を取り、掌にキスをする。優希はふふっと笑い、行きましょうとクロードを立たせた。


「醜態を晒しながら来るとは・・」

重々しい雰囲気の中、ため息交じりに王が呟く。

クロードはその声に体を強ばらせていた。

優希はクロードの手を握り、王へと視線を向ける。

「俺は、クロードさんを尊敬しています。俺の前でクロードさんを侮辱しないで下さい」

「な、生意気な奴め!」

優希の言葉に怒りを表しながら王は優希を睨んだ。

優希は気にしないそぶりで話を始める。

自分はここの世界の人間でない事、人気のない森で五年間過ごして来た事、見よう見まねで微々たる魔法しか使えなかったが、クロードに出会い、色々教えてもらったおかげでここまで力が使えた事、そして、初めて治癒の力を使った日までクロードはこの力について何も知らなかった事などを伝えた。

「俺はこの力を使ってこの世界をどうにかとか考えていません。今はただクロードさんと、あの邸宅の皆さんと静かに暮らしたいだけです」

最後まで力強く話す優希に、モーリスが口を挟む。

「それは叶える事はできない。たとえ別の世界から来たとは言え、この国に来たのであればその力はこの国の為に使うべきだ」

「そうですね・・・もし、俺がこの国に来た当初だったら、俺もそう思ったのかも知れません。ですが、俺は自分の意志でここに来たのではなく、5年も何も無いまま生きる事に1人で必死に生活してきました。今更、国の為に尽力を尽くす義務はありません。感謝の義務を果たすとしたら、それはこの国ではなく、クロードさんに果たすべきだと思っています」

優希の言葉に今度は王が口を挟む。

「それの何がそこまでいいのか・・・この国に来たのであれば、王である私に従うべきなのではないか?」

怪訝そうな顔でクロードを見ては、ため息を吐く。

「俺は自分の意思でここに来た訳ではないといいました。逆に捉えれば、また俺の意志と関係なしに突然元の世界に戻るという事です。俺は誰かに必要とされて召喚された訳でもなく、特に役目が無いまま過ごしてきたんです。例え、これからこの国の為に働くという事で役目を与えられたとしても、後で取って付けた役目です。本来の役目でない事は事実なので、いつか戻るかも知れないと言う事に変わりはないです」

「ならば尚更、その僅かな時間を国の陣営に尽くしてくれないか?」

モーリスが食いつく様に口を挟むが、優希は表情を変えずに首を振る。

そして、ゆっくりと王へと視線を向ける。


「王様に一つお聞きしたいです」

「何だ?」

「王様が愛する人を亡くし、悲しまれる気持ちはわかります。ですが、何故、家族の形を壊してまでクロードさんに辛く当たるのですか?」

「優希!」

「貴様っ!」

声を荒げるモーリスとクロードに、王は手を翳し静止させる。

「この者が呪われているからだと安易にわかるだろう?」

「そこが不思議なんです。呪われているとわかっているのなら、何故その原因をとことん突き止めなかったのですか?どういう経路で前王妃まで病に伏せたのか、調べなかったのですか?」

「知ったふうな口を聞くな!調べたが何も出てこなかったのだ!」

今度は王が声を荒げるが、優希は怯む事なく話を続ける。

「では、もう一度調べて下さい。今、宮中で後継者争いが出ていると聞きました。俺が現れた事で何か綻びが出るかも知れません」

「そ、それは・・・」

「昔はとても仲が良い家族だったと聞いています。それを引き裂いた原因があるのであれば突き止めるべきです。王様もこれ以上悲しみを息子達に押し付けないで下さい。互いに思う事があったとしても、俺はモーリスさんがクロードさんを嫌っている様には見えません。クロードさんもこんな冷遇を受けながらも、王様やモーリス様に対して苦言をされた事は一度もありません。それどころか、2人に対して申し訳ないと常日頃口にしております」

優希の迷いのない言葉が、周りの人達の口をつぐませる。

「クロードさんの邸宅の使用人達は皆、口を揃えて前王妃は愛情に満ち溢れた優しいお方だったといいます。そんな素敵な方を愛したあなた方なら、この今の状態を望まれていないとわかっているはずです。王様が愛した様に、息子達もまた母を愛していたはずです。その悲しみをどうして分かち合い、互いに励まし合い、支えあっていこうと思わないんですか?」

「・・・今更、どうしろと・・・」

沈黙していた王がぼそりと呟く。

「やり直す事に、始める事に遅い事などありません。まずは、俺の存在を明かし、綻びを見つけてください。原因を突き止めてくれたら、俺はこの国に力を貸す事を約束します」

「優希・・・」

「クロードさんも呪いの被害者です。俺はどんな時でもクロードさんの味方でいます。俺の見てきたクロードさんは誰よりも優しくて強い人です」

そう言うと優希はクロードに視線を向け、優しく微笑む。

そして、クロードに目をパチパチして合図を送り、手をぎゅっと握る。

それから、また王に視線を向けると口を開いた。

「それから、俺にクロードさんをください」

その言葉に、その場にいた全員が口を開け、絶句した。

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