第13話 初めの一歩

昨夜、本邸から戻ったクロードは案の定暗い顔をして、何か考え事をしながら塞ぎ込んでいた。

夕食もあまり取らず、部屋に篭っては、ため息を何度も吐いていた。

翌朝、そんなクロードを見かねた優希は、ヨシっと意を固めて部屋のドアを開ける。

「おはようございます!」

「あ、あぁ・・おはよう。今日も元気だな」

「はい!今日はクロードさんにお願いがありまして・・・」

優希はニヤニヤしながらクロードに近づく。

優希の不敵な笑みに、クロードはたじろぎながら飲みかけた紅茶を置く。

「お、お願いとはなんだ?」

「今日はクロードさん、鍛錬の日じゃないですよね?」

「あ、あぁ。今日は1日優希の訓練に付き合えるぞ」

「よし!じゃあ、先に朝食を食べてから話します。俺、昨夜は久しぶりに頭使ったからお腹ペコペコです」

眉を顰めお腹を摩る優希。今まであまりお願い事をしない優希が、改まってお願いがあるという言葉に内心ドキドキが止まらないクロードは、朝食も喉を通らずチラチラと優希の顔を伺っていた。


「・・・で、お願いとは何だ?」

早々と朝食を終えて、2人で長椅子に腰掛けると、優希は明るい表情でクロードを見つめた。

「俺、気づいたんですけど、ここに来てほぼほぼ部屋に篭りきりなんです。ほら、食事もクロードさんの部屋で取るし、訓練も外では出来ないから」

突然口を開き、人差し指を立て優希は真剣な顔をする。

「そこで、今日はこの邸宅をクロードさんに案内して欲しいです」

「いや・・・それは・・・」

「お願いはそれだけじゃ無いです。案内している間、そのフード付きコートは着ないでください」

「な、何故だ?」

「クロードさんと堂々と屋敷を歩きたいからです。ダメですか?」

クロードの腕の裾を引っ張り、わざとらしく寂しそうな顔で見つめる。

クロードはうっと小さく声を漏らし、目線を逸らす。

「だ、だめだ。私は父から篭っているようにと言われているんだ」

「それは、部屋限定じゃ無いですよね?」

「そ、それはそうだが・・・い、いや、それにだな、私がフードも被らずに歩き回ったら皆が怖がるだろ?」

「それなんですけど・・・」

優希は徐に立ち上がり鏡台からブラシをとって、クロードの背に回る。

そして、後ろからクロードの目の前に一本の紐を垂らして見せた。

「じゃーん!これ何だと思います?」

「あ、編み紐か?」

「当たりです!ここの世界は髪を結う時に、ゴムではなくて編み紐を使うって聞きました。それで、ウィルさんにどうしたら手に入るのかと聞いたら、メイドさんが作ってくれるって教えてくれて、メイドさんに赤に映える色の編み紐をお願いしたんです」

優希はクロードに編み紐を持っててと手渡し、クロードの長い髪をとかし始める。

「俺はクロードさんの髪が、風になびいてサラサラ揺れるのが好きなんですけど、クロードさんが言う様にこの髪が怖いっていう人がいるなら、その髪になびいている姿がライオンの立て髪に見えて、威圧感を感じるのかなぁと思って・・・」

器用に髪を束ね、右肩から垂れるようにして編み紐で括り始める。

「ら、ライオン?」

「あれ?この世界にライオンはいないんですか?うーん、そうだなぁ、獅子はわかりますか?」

「獅子はわかるが、立て髪というのは・・・」

「うーん、説明が難しいですね。今度、絵に描いて見せますね。よし、できた。クロードさん鏡見てください」

クロードの手を引っ張り、鏡台の前へと連れて行くと、綺麗に束ねられた髪は右肩から流れ、顔を少し隠しつつも顔立ちがわかるようになっていた。

そして、クロードは髪に結ばれた編み紐に目に止まる。

それに気づいたのか、優希は優しい声でクロードへ話しかけた。

「俺、孤児院でも子供の髪を結ったりしてたから得意なんです。上手にできたでしょ?あと、編み紐をよく見てください。白地に金糸が映えて赤髪に見合うでしょ?これ作ってくれたメイドさんが、クロードさんに似合う色合わせを考えて作ったって言ってました」

「そうなのか?」

クロードの返しに、優希はこくりと頷くと、小さく微笑んだ。

「クロードさん、必ずしもみんなが、クロードさんを怖がったりはしてないって事です。それに、この邸宅は小さいけどクロードさんの世界でもあるんです」

「世界・・・?」

「はい。ここではクロードさんが主人です。クロードさんの好きなように模様替えしたり、堂々と邸宅内を歩いたり、できればここの使用人さん達とも仲良くして欲しいです。それには、まず、クロードさんから歩み寄りましょう。その一歩として今日は俺と邸宅内を散歩します」

「だ、だが・・・」

「無理にとはいいません。でも、俺がこうして手を握って歩きます。前に一緒に街に出かけた時の様に、クロードさんが安心して歩ける様にずっと手を繋いでます」

優希はクロードの手を取り、ぎゅと握る。

クロードは、握られた手の暖かさを感じながら、優希を見つめた。

「王様には籠ってろって言われてるんですよね?じゃあ、邸宅内に籠るって事でいいんじゃ無いですか?外に出るわけじゃないし、お金とかを派手に使わなければ、俺はこの邸宅内なら何をしてもいいと思うです。だから、まずは俺と邸宅内を散歩してここに何を置きたいとか、これは嫌いだから撤去するとか、色々考えながら歩きましょう。自分の世界を自分好みに変えるって、絶対楽しいですよ」

満面の笑みで話す優希に何も言えず、黙ったまま見つめているクロードの手を、優希は引っ張り部屋のドアの前まで行くと、もう一度ぎゅっと手を握り、もう片方の手で親指を立てる。

「クロードさんの顔のかっこよさは俺が保証します。クロードさんの笑顔を見れば皆イチコロで虜になりますよ」

にかっと笑う優希の自信がどこから来るのかと不思議に思いながらも、優希の言葉や行動が嬉しくて、クロードは微笑む。

「そう、その笑顔です!これで、みんなの心を鷲掴みです」

そう言って優希は部屋のドアを開けた。

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