第9話 別れの時

翌日、いつも様に訓練をしているとどこからか鳥に鳴き声が聞こえ、目の前に大きな鷹が現れた。2人の頭上を迂回して、ゆっくりとクロードの腕に止まる。

クロードは鷹の足元から紙の包みを取り、手紙らしき物を見始めたが、すぐにクロードの顔が曇る。

優希はその表情から別れの時が来たのを悟った。


夕食後、それまで重々しい雰囲気だったクロードが口を開いた。

「優希・・・話がある・・」

クロードが言葉を発したと同時に優希は立ち上がり、慌てて部屋に駆け込む。

優希の行動に、察しているのかとため息を付き、クロードは俯いた。

しばらくすると何かを抱えて、優希が戻って来た。

テーブルにそれを置くと明るい声で、クロードに話しかける。

「昨日、街でこれを買ったんです」

そう言ってクロードに見せる。それは白い便箋が入っている包みだった。

「俺、頑張って字を覚えます。ペンと練習用の紙はクロードさんが買ってくれたから、一生懸命練習してこの便箋使って手紙を書きます。だから、住所・・・送り先を教えてもらえませんか?」

優希は寂しさを感じさせまいと、目一杯明るく微笑む。

「優希・・・」

「そ、それと、これ!」

小さな小箱をクロードの目の前に差し出す。その箱を取り、蓋を開けると銀色が混ざった小さなガラスの小瓶が入っていた。その小瓶には赤い紙で折られた何かが入っていた。

「これは・・・」

「あ、中に入っているのは鶴です。俺の世界では願い事がある時、折り紙って紙で千羽鶴を折るんです。千羽には全然足りませんが、クロードさんの願いが叶う様に心を込めて作りました。あ、あと、この小瓶、クロードさんの目みたいにキラキラして綺麗だったから・・・」

クロードは小瓶を手に取り、優しく撫でる。

そして、買いたい物があるからと、雑貨屋の外に待たされた事を思い出す。

これを購入した資金は、恐らくあの時貰ったコイン・・・。

「大事に取って置くようにと言ったのに・・・私の為に、あのお金を使ったのか?」

「俺、特に使う予定ないし、お肉とかもクロードさんが沢山買ってくれたからしばらく要らないし、それに野菜の苗も買って、今日2人で植えたから食べ物には困りません。もし、お金が必要となったら、街に行って仕事探すか、ここで取れた野菜を売るから大丈夫です」

いつまでも笑顔を崩さず明るく答える優希が愛おしくて、体を引き寄せ抱きしめる。

「元気でいてくださいね。俺も頑張ってここで生きていきます」

優希もクロードに背中に手を回し、トントンと背を叩く。

「あぁ・・」

「もし・・もし、また時間が出来たら、会いにきてくれますか?」

「約束する」

「ありがとうございます」

その言葉を最後に2人は沈黙のまま抱きしめあった。


その夜、一緒に寝ようという優希の提案にクロードは頷き、クロードの部屋のベットで横になる。

元々、この家には二つ部屋があり、昔母が使っていたという部屋にクロードは寝泊まりしていた。

ランプの灯りだけで薄暗い部屋に沈黙だけが流れる。その沈黙を割くように優希は口を開く。

「クロードさん・・・さっき、俺、会いにきてと言ったけど、やっぱり会いに来なくていいです」

突然の言葉にクロードは優希の方へ顔を向ける。優希もクロードの方へ顔を向け、話を続ける。

「俺の知る魔法の物語では、異世界に来る人は何かしら役目を持っているんです。大袈裟に言えばこの世界を救うとか。転生物でも前世を思い出して、ストーリーを進めたり、生きる為に逆らったり、復讐したり・・・それも一つの役目です。そういう人達って、大抵元の世界で亡くなってたり、必要とされて召喚されたりするんです。でも、俺は亡くなってもいないし、召喚された訳でもない。ただ、偶然見つけた光に触れたらここに来てしまった。何の役目もなく、ただ1人でこの世界で生きてきたんです」

「優希・・・何がいいたいんだ?」

クロードの不安な顔を見て、優希は寂しそうに笑う。

「何の役目も、誰からも必要ともされずに、いきなりここに現れた。だから、もしかしたら戻る時もいきなり戻るかも知れないんです。俺にはここにいる理由がないから・・・。俺がここから離れられなかったのは、森が怖かったのもあるけど、いつどこでそうなるのかわからなかったからです。俺は気が付いたら湖の側に居たんです。だから、もしかしたら湖のそばにいたら戻れるんじゃ無いかと思ったんです。まぁ、・・・戻れず5年もここにいるから、場所じゃ無いかも知れないんですけどね」

「・・・・」

「だから、いつ戻るかも知れない俺に、会いに来なくてもいいです。たまに、たまにでいいので、俺に手紙をください。あの手紙預かり所に届くように、手紙を書いて下さい。そしたら、俺、たまに街に出て届いているか見に行きます。そしたら、俺、楽しみができるし、寂しく無いです。逆に、定期的に手紙を書くので、それが止まったら、俺は帰ったと思ってください」

優希から発せられる言葉は、この先もう二度と会えないかも知れない事を示していた。

そして、その時を1人ここで待ちながら、自分は必要とされていないと感じながら過ごす優希の姿が想像され、クロードは胸が締め付けられる。

「クロードさん、もう一度ハグ・・・抱きしめてくれませんか?もう少しだけ、人の温もりを感じていたいんです」

声を震わせ手を差し伸べる優希の手を引き寄せ、クロードは力強く抱きしめた。

クロードの胸元で優希の啜り泣きが聞こえる。

クロードはただ黙ってずっと優希を抱きしめた。優希が泣き疲れ眠りについても、腕を解かずずっと抱き締め続けた。

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